第45話 やめてよ。好きになっちゃうじゃん

 列車<増援>に気がついた敵ガレオン船の一つが、その機首を向けた。そして、艦両側に取り付けられたミサイルポットが開き、弾頭に火が入る。




 その時であった。戦場を駆ける列車の上で仁王立ちしている男は、腰を大きく引いて―突いた。突風、能力の拡張。足場を作る能力を応用し、彼が作り出したのは立方体。彼にしか知覚できないそれを、ハイペリオンは腰の一振で押し出した。




 それは運命の悪戯。勿論のこと、狙って出来る芸当では無い。ミサイルが射出される瞬間、そしてその角度。立方体との相対速度と、接触のタイミング。その全てが噛み合った結果―ミサイルは、その全てがポットの中で爆発した。爆発したミサイルに体勢を崩され、ガレオン船は船体を自ら放ったミサイルに擦ってしまった。連鎖的な誘爆により、ガレオン船は大きく傾いて墜ちていく。爆散するガレオン船を背に、ハイペリオンは天使を―自らを羨望の眼差しで見つめる少年に、サングラスの奥で目配せをした。




「心頭滅却すれば―この程度造作もありません」




『心頭』は卑猥な言葉だったか、『造作』は『ぞうさん』と掛けているのか―そんな事を考えてしまうほどに。あまりにも鮮烈でマスキュリンな光景によって、我妻天使の脳は焼かれてしまった。




「いや僕…マジで挿入<入信>しようかな…」




 腰の一振で宇宙戦艦を轟沈させる。ここまで来ると、『轟沈』すら卑猥な言葉に感じてくる。 それほどまでに圧倒的な『雄』。すごいな、格好いいな、と天使は思った。




 そんなことを考えながら彼は空間転移と飛行魔術の連用で紡錘形の駆逐艦に取り付くと、艦橋の上に『天逆鉾』を突き立てた。




「くそ〜、負けてらんないな」




 まるでスパゲティを巻くように。二股の鉾が、艦橋をぐるりと半回転させ、そのままぶちりと捩じ切った。




 まるで虫が湧くように溢れ出てきたウボス防衛軍の兵士たちを待ち受けていたのは、女王ボ=グによって統制されたレヴォールたちだった。彼らは陣形を組むと、暴力的なまでの膂力差で以て、出鼻をくじかれた兵士たちを葬り去っていく。




「この調子なら…」




 列車はバリケードの如く駆逐艦隊の進路を塞ぐように放置され、オートーメーションによって敵勢力側に砲弾を打ち込み続けている。そのため天使たち解放同盟勢力は、その弾幕の内側に入ってきた敵を機械的に葬るだけでよかった。彼我の戦力差は凡そ二倍。しかし、この分であれば案外決着は早そうだ―と少年は予想した。無論のこと、これ以上の『イレギュラー』が起こらなければ、である。




 轟音。砲撃が行われたのは、天使たちの知覚の外。それは、列車を挟んで向こう側―祭壇から放たれた。




「…ちっ、生きてたか」




 天使は舌打ちをした。彼は、砲手に心当たりがあった。飛来したのは、子供の脛骨ほどの大きさの『牙』。この一撃で、装甲列車の砲台の一つは機能停止に陥った。巨大な鋼の牙は音速を超える速度で装甲列車に着弾―装甲を穿つと、衝撃により炸裂した。




 それは立て続けに発射させると、まるでボール紙に千枚通しを突き立てたような軽快さで、特殊合金製の装甲を貫いていく。弾丸の一つが天使の体を掠めた。まともに当たれば一撃で終わりかねない、致死性の威力に臆することなく、我妻天使は苛立ったように振り返った。




 身体強化によって増強された視力。装甲列車に開いた直径一メートル強の穴から覗くこと、遠方―二キロメートルほど。見覚えのあるシルエットが、仁王立ちしている。




 竜盤類獣脚類―ティラノサウルス科。『暴君竜』の名で呼ばれる、世界で一番有名な恐竜。とある巨人の霊核をベースに、様々な種を取り込んだ結果―収斂するかのように、『彼』はその形を取った。




「…『レックス』。位置情報を送るわ―次は当てなさい」




 スポッターとして隣で指示を出す『翼竜』プトーリアから生体ケーブルを通じて送られた標的の座標に向け、レックスがその獰猛な顎<アギト>を開いた。両足を柔い粘菌の地面に突き立て、彼はコイル状に巻いた舌を伸ばした。弾丸となる鋼の牙を舌先で引き抜き、彼は器用にそれを喉奥へ引き込んでいく。そして、刹那の『溜め』のあと。青白いスパークが散り、臓腑に響くような重い音を伴って、弾丸が射出された。




 銀色の弾丸が、致死性の矢となって女王ボ=グの脳髄を掻き混ぜんと装甲列車の穿いて戦場を駆ける。しかし、標的を看破したその瞬間には―我妻天使は走り出していた。身体強化、空間転移による位置調整。情報・感覚の遮断により『タキサイキア現象』を引き起こし、時間の進みが緩慢になる。そして彼は、優しく撫でるように―『暴君の牙』に鉾を当てた。




「ご返却」




 立てられた中指を『幻視』し、プトーリアは舌打ちをした。その瞬間に牙は方向を変え、自身が貫いた装甲の隙間を縫い、持ち主の元へ帰らんと突き進んでいく。レックスはそれを自身の牙で以て相殺した。




「小癪な…!」




 苛立った様子のプトーリアは、すぐに冷静になった。マーキングしていたはずの『電気信号』は四つ。一つは悪魔―我妻天使。もう一つはレヴォール共の女王。残りの二つ、『クレマトリオム襲撃事件』の実行部隊である、大型の猛獣とサングラスの男―その二人は、何処に消えた。




「真上!?」




 恐らく空間転移。充填を始めた頃には、彼らはその場から逃がされていたに違いない。即座に判断し、プトーリアはレックスの照準を星空へ向かわせた。そんなレックスの頭を、直径三十センチメートルのゴム製ボールが打ち据える。




 殴られたような衝撃を受け、レックスが吠えた。遺伝子に刻まれた、被食者であった過去を想起させる獰猛な咆哮に、イシュバランケは果敢にも威嚇し返した。




「戦士の風上にも置けん臆病者共め。そんなに玉遊びがしたいのなら、俺が『球戯』で遊んでやる」




 食欲の赴くまま。涎を垂らしながら、レックスがジャガーに向けて疾走する。そんな彼の頭には、リングのような紋様が刻まれていた。




「…ただし。今の『ゴール』は―カウントさせてもらうがな」




 閃光、そして衝撃。今度は、『殴られた』ようなものでは済まされない。全身が押し潰されるようなインパクトを受け、レックスは転倒した。しかし彼は持ち前のタフネスで、すぐに頭を振って立ち上がる。レックスは本能的に理解しているのだ。『試合中に寝てはいけない』、と。




『見えない何か』に、レックスは撃ち抜かれた。トリガーは恐らく、あのゴム製の球。あれに当たることで、何らかの攻撃が発動する。プトーリアは羽ばたくと、月の空へ舞い上がった。本来翼竜の膂力では地面からの離陸・上昇は行えないが、勿論彼女は純粋なプテラノドンではない。




「当たらなければどうということは…!」




 彼女の両翼に装備された機関銃が火を吹いた。追撃を試みていたイシュバランケは身を翻すと、ボールを器用に頭の上に乗せる。




「忠告しておくが、飛ばない方がいい」




 本来は空を飛び回る生き物ではないのだろう、と彼は付け足した。




「はあ?何よ、それ」




 それを負け惜しみだと思い嘲笑したプトーリア。しかし、彼女は体に不調を感じた。妙に、飛びにくい。




「その空は少し―貴様には『荷が重かろう』?」




 重圧を感じた瞬間には、彼女は地面に叩きつけられていた。横たわっている間は、体に掛かる未知の『重さ』は緩和されるようだ。体を起こし、目眩を振り払った彼女の前で、男が腰を低く落としていた。その男は両足を開き、がっぷりと何かを支えるようにして立っている。




「失礼、レディ。フォークより重いものを持たせてしまいました」




 彼がそれを手放すと、重圧は泡沫のように消失した。




 プトーリアは、男―天空教日本支部司教『ハイペリオン』を睨んだ。彼女は機関銃の照準を司教に合わせると、くすりと笑った。野性味溢れるドレッドヘアーからは想像も出来ないほど、彼は『紳士』なようだ。




「…やめてよ。好きになっちゃうじゃん」


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