第48話 はじめての共同作業

 無数の火線が、空を裂く。肩に装備したガトリング砲と、横腹から伸びた生体ケーブルで有線操作される六基の砲塔―『ガンビット』。それらを巧みに操りながら、白亜紀の空の支配者が、月の夜空を飛翔する。




  魔術師でないハイペリオン司教には、例え拳銃並であっても火砲の一発一発が命取りだ。加えて、彼の戦闘スタイルは徒手空拳である。更に悪いことには、彼は生来の性格故に―女性を殴れない。




  戦況は芳しくなかった。持ち前のタフネスで誤魔化しているものの、既に肩に一発、上腕に一発弾丸を受けていた。彼は空気により立方体を形成すると、それを三発同時に打ち出した。両手と腰、三つの砲身から発射された『不可視の』それを、プトーリアは容易く回避してみせる。




  違和感を覚えたのは、二回目の『アトラス<英雄的苦行>』が、完全に読まれたときだった。




 「てっきり、貴女の能力は千里眼だと思ってましたが―」




  どうやら、予想は外れたようだ。ハイペリオンは天使の空間転移魔術により投げ出された後、プトーリアがスナイパー<レックス>に指示を与える『スポッター』の役割を果たしていたことを看破していた。それ故に、彼は翼竜の持つ異能を『千里眼』だと思っていたのだが。恐らくは自身の想定より、彼女の力は高次のものらしい。




 「―どれ、少し掘って見ましょうか」




  右を狙うと見せかけて―左。ケーブルの先にサブマシンガンが取り付いた『ガンビット』による攻撃を反射で避けつつ、彼はそう思案した。




 「馬鹿ね」




  それを嘲笑するように。翼竜はハイペリオンの放った空気塊をひらりと避けた。そして―飛び上がり『天』を掴んだハイペリオンを揶揄しながら、地上に降りる。




 「両手より低い位置にいると、意味無いのでしょう?」




  だから、『腰を落とす』動作が必要になる。そして『天』を掴んでいる間、彼は非常に無防備だ。




 「ロバのように、荷物を背負って―滑稽ね」




  その隙を見逃すほど、彼女は優しくない。




  銃弾が体を穿つ瞬間。ハイペリオンは一瞬だけ、『挿入クション』を使用する。五体に血が巡り、彼の体は黒く光ると、鋼鉄のように硬くなる。




 「ふん…っ!」




  撃ち込まれた九ミリ弾は、彼の体に穴を開けることなく、ぱらぱらと弾かれていく。しかし、既に開けてある穴からは、少なくない量の血が噴き出していた。




  銃弾は弾かれたが、まあいい。血が必要な力なら、『血抜き』してやればよい。少しずつ穴だらけにしていけば、あとは勝手に自滅してくれる。プトーリアは、勝利を確信したように微笑んだ。




 「いつまで耐えられるかしら?」




  彼が回避行動をする方向を読み取って―翼竜は弾丸を斉射した。堪らず、ハイペリオンは体を硬化させて乗り切った。




  がくり、と膝を着いた彼の前に、プトーリアはひらいと優雅に降り立った。




 「まだ続ける?無駄な殺生は好まないのだけれど」




  勝ち誇ったように言ったプトーリアに、司教は頭を振った。




 「ええ。途中で萎えてしまうのは、男の名折れというもの」




 「ふん、マスキュリニティな思想ですこと。今どき流行らないでしょう?」




  ハイペリオンはハンカチを取り出して切ると、肩の傷を止血した。筋肉を怒張させてしまえば忽ち吹き飛んでしまうだろうが、気休めにはなるだろう。




 「そうですね。しかしウラノスの使徒たる我々は、男性性<男らしさ>を諦めることはできませんので」




 「辛い生き方。地球外では『男は三歩下がって女を立てろ』が当たり前なのよ?」




 「それでも」




  彼は、敵に向けて歩みを進めた。




 「それでも、私たちは『三歩前に出て』パートナーを、家族を、友人を―愛する者を、護らねばなりません」




  それが、『天空教<Sons of the sky>』の生き方です―と彼は言葉を結んだ。




 「ふん、やめてよ。好きになっちゃいそう」




  ウボス防衛軍側の戦況は芳しくなさそうだ。それに、そろそろ公爵からテレパスで送られてくる救援要請が鬱陶しくなってきた。余計な問答をしている時間はない。プトーリアは揶揄うような声色でそう述べつつ、油断なく『能力』を使用した。




  プテラノドンの鶏冠。彼女のそれは、『電気』を受信するアンテナの役割を有している。彼女の異能は『ニューロンネットワークの盗聴』。脳細胞の微弱な電気信号<インパルス>を感じ取り、それを解析することで思考を読み取る―書き出してしまえば単純な能力である。しかし、彼女の異能の特筆すべき点は、その『範囲』と『分類能力』にある。あらゆる思想が『混線』する戦場に於いても、距離数百メートルの範囲で目標の電気信号を捉え続け、それをメモリに複数スタックしておくことで、盗聴先の『チャンネル』を精確に切り替えられる。




 「でも残念。貴方はここで死ぬから」




  彼女はハイペリオンの思考をジャックすると、彼の次の一手を探った。時間をかけて分析した甲斐があり、彼女は司教の考えを完璧に読み取れるようになっていた。




 「精々、愛する女のことでも、考えておいたら?」




  などと司教を揶揄すると、彼女はハイペリオンの思考にダイブした。本当に、このドレッドヘアーの粗暴な見た目の男に、恋人を想うような甲斐性があるとは思っていない。しかし彼女は、この口先だけは気高い男が、斯様な『センチメンタル』に傾倒する様に、興味があったのだ。




 「ええ、考えておきましょう」




  そう言って、司教は飛翔する。ハイペリオン神の権能により次々と足場を作ると、それを駆け上がり空を舞う。




  空に上がった。次の一手は、『重圧』か『空気弾』か。それを読み取ろうと深く思考を探った彼女は、小さく悲鳴を上げた。




 「ひゃっ…」




  『愛する女のことでも、考えておいたら?』。確かに自分は、そう挑発した。




 「わ…」




  しかし。




 「…私で破廉恥な妄想をしないで、変態ィーっ!」




  よもや、その相手が自分とは、彼女は考えもしなかったのである。




  動揺に任せて放たれたガンビッドによる一斉射撃をひらりと避けたこの男、粗暴に見せかけて紳士的と見せかけて、結局ただの変態である。見た目はプテラノドンそのものの自身と『○○○』だの『×××』だの、異常にも程がある。クラインの聖書の一説だったか、『情欲をいだいて女を見る者は、心の中ですでに姦淫をしたのである』とあるが。月に囚われ、凌辱される前の自身なら兎も角―まさか今の自分もその対象になるとは思わなかった。




 「生臭坊主…っ、男ってそうなの!?神聖な戦場で、よくも破廉恥な妄想を…!」




  一体何の話でしょう、レディ。私はただ、その長く靱やかで妖艶な嘴で…。




  口を開かないで、変態…っ!!




  これは手厳しい。口は開いておりませんよ、レディ。




  声に出すことなくやり取りをすると、ハイペリオンは肩を竦めた。ノイズ<煩悩>塗れの思考から、プトーリアは何も読み取れなかった。否、この男『何も考えていない』のだ。そう、彼女を主題とした、卑猥な妄想を除いては。




 「私は化け物よ!からかわないで…っ」




 「いいえ、高潔で気品ある女性<ひと>でしょう」




  やっと、思考が読み取れた。今の言葉は、本心だ。




 「…っ!」




  彼女の動揺が移ったのか、ガンビットの動きが鈍くなる。ハイペリオンはその隙を見逃さず、足場から飛び降りると『天』を掴んだ。




 「させない!」




  彼女はそれを阻止するように、高度を下げつつガトリング砲による迎撃を試みる。狙いを定めるため、彼女はどうしても、空中にホバリングする必要があった。




  そこに向けて、司教は腰を一振りする。圧縮された空気が押し出され、その不可視の弾丸はプトーリアに炸裂した。




 「つぅ…!」




  広く展開した『床』に反射させるようにして。プトーリアの体を浮き上がらせるように、空気弾が命中していく。翼竜の高度が自身より高くなるまで、ハイペリオンは攻撃を畳み掛ける。腰椎椎間板ヘルニアへのダメージを度外視した高速腰振りによる空気弾の乱射。それは、確実にプトーリアをその高度以上に縛り付けた。




  彼女も負けじと、ガンビットとガトリング砲を乱射する。弾丸の幾つかはハイペリオンを捉えたが―完全に彼を殺し切るには至らない。




 「―失礼、レディ」




  流れ弾が、司教のサングラスのレンズに罅を入れた。遮光レンズの奥―ハイペリオンの瞳に、プトーリアの姿が映る。




 「初めての共同作業と致しましょう」




  そして、重圧。ハイペリオンと共に『月の空』を背負ったプトーリアは、体が歪むほどの力を受けて粘液の海に叩きつけられた。アトラス神の『英雄的苦行』は、彼以外の者には、少しばかり荷が重い。




  体を衝撃に貫かれ、轢かれたカエルのように身体を広げて痙攣したプトーリアだが、まだ息があった。改造された爬虫人類の耐久力を以てすれば、推定5Gに於ける地上五十メートルの落下程度では致命傷になり得ない。しかし、彼女は動けなかった。脳震盪と全身の骨折は、彼女を完全に戦闘不能にさせた。




  そんな彼女に向けて、ハイペリオンは歩み寄る。




 「…殺し…なさい」




  自慢の鶏冠も折られ、翼も折れてひしゃげてしまった。浅い呼吸を繰り返す彼女は、気丈にもそう言い放った。ハイペリオンは無言のまま―彼女に上着を掛けた。




 「なに、を…」




  踵を返した男に、プトーリアは疑問を投げかけた。彼は足を止めると、振り返る。




 「月の夜は冷えますから」




  割れたサングラスをポケットに仕舞い、ハイペリオンはウインクを投げた。そして、彼は替えのサングラスを取り出しつつ、恐竜を翻弄する友人の元へと歩いていく。




  情けを掛けられ、あまつさえ命を救われた。こんな姿になった私にも、優しくしてくれる男性<ひと>がいるなんて。人の心を勝手に読むような卑しい私に、想像の中で『愛』をくれた人。




 「…やめてよ、好きになっちゃうじゃん…」




  ああ。もしかしたら彼こそ―私の『運命の人<オベロン>』なのかもしれない。

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