第34話 最後の戦いへ

 数分後。先んじてウボスに向かうため、ハイペリオンとイシュバランケを含む同盟のメンバーが、地下に到着した。彼らの中の何人かは、短時間の間に半ばレヴォールのコロニー化した格納庫に顔を顰めたが、それを悟られぬように心を閉ざしているようであった。




  ハイペリオンとイシュバランケはボ=グの元へ馳せると、丁寧に挨拶をした。




 「レヴォールの女王、ボ=グ殿とお見受けします。私はハイペリオン、こちらはイシュバランケ。この度はお力添えをいただき、誠に感謝いたします」




  地球式とはいえ、恭しく挨拶をされている事は伝わったのか、ボ=グも礼節を以て応えた。




 「苦しゅうない。ふむ、最初から貴殿が交渉の席につけばな。海咲は礼儀がなっていない。良く妹ボ=ドに殺されなかったものだ―あれは私より礼儀に拘るタイプなのだがな…」




 「恐縮です。まだ子供ですので、何卒お目こぼしを」




  彼らは共同戦線を張り、公爵の勢力を陽動する任務を負っていた。海咲は彼らの連携を懸念していたが、一先ずハイペリオンとボ=グの関係は良好であった。




 「さすが異性との『交渉』は得意なのね」




 「ちん〇ん掌握には自信がありますので」




 「握んな」




 「海咲さん、また生きて会いましょう」




 「出すな。掌握した手を」




  握手を求められた手を、海咲は叩いた。強めのハイタッチに、彼は『これは手厳しい』と笑った。そのやり取りを呆れた目で眺めていたイシュバランケだが、列車に乗り込む前に振り返った。




 「海咲、貴様が要だぞ。ぬかるなよ」




 「ネコチャンもね」




 「何だその声色は。馬鹿にしてるのか」




  とことこと戻ってきたジャガーの尻尾。大きな猫じゃらしのようなそれに触れると、海咲は呟いた。




 「ん〜、ネコチャン」




  揺れる尻尾を撫でた手を容赦なくイシュバランケに噛まれ、海咲は絶叫した。流血沙汰になったが、彼女を気にかける者は誰一人としていなかった。女子高生のシャウトの声量に、善子は笑顔のまま舌打ちすると、海咲のスーツのマイクを強制的にミュートにさせた。そして自身は、死地に赴く戦士たちに、最後の見送りの言葉をかけた。




 「それでは、作戦は先程伝えた通りになります。皆さん、ご武運を〜」




  旗艦ガーイェグから善子の通信が入り、列車メンバーは四角形の箱―車内に乗り込んでいく。我妻天使は、一人周囲を見渡していた。ウォンと打ち合わせをしていた海咲を見つけると、彼はそこまで瞬間移動した。




 「うおっ、急に現れるな」




 「なんだよー。もう見慣れてるだろ〜?」




  驚いたウォンを小突くと、天使は海咲の方を見た。




 「海咲」




 「うん?」




  改まった様子に、海咲は首を傾げた。




 「あの時。僕を助けに来てくれて、ありがとう」




  彼はそう言うと、海咲に向かって微笑んだ。




 「友達を助けるのは当然なのです。ぶい」




  ブイサインを出した海咲に、天使はくすりと笑った。『友達』。海咲は今、自身を指してそう言った。彼には―かつて月面で友人たちを失った彼には、それが堪らなく嬉しかった。




 「…でも、命を粗末にするなよな」




  他ならぬ、海咲の『友達』として。彼は、そう言った。海咲はふわりと微笑むと、天使の前で人差し指を回した。




 「ねえ。私が何で、入国管理局のインターンなんて面倒な仕事、やってると思う?」




 「さあ、インターン云々の話は初耳だし」




 「そうだっけ?まあいいや。私が、イリス入国管理局の執行官をやってるのは―不法に『出国』した、友達を探すためなんだ」




  伸ばした手は、届かなかった。彼女は、海咲を置いて、遥か遠く―星の彼方へ旅立ってしまった。入国管理局は、不法入国のみならず不法出国も取り締まっている。それ故に―彼女は親友を連れ戻すべく、唯一自由な出入国の権限を持つ入国管理局に入庁したのだ。




 「…それと、命を粗末に扱うことの関係性は?」




  天使の疑問は尤もだった。海咲は、くるくると弄んでいた指先を、天使に向ける。




 「彼女は、絶対に私が連れ戻す。でも、その前に他の友達が死んじゃったら、意味ないじゃんね?」




  海咲は、ぐっと薄い胸を張った。




 「私は、私の友達全員に―暗い夜の闇を終わらせて、朝日を迎えて欲しいと思ってる。だから、私の目が『黒い』うちは、誰も不幸になんてさせるもんか」




  それは―自分本位で我儘な、海咲の持論。誰もが自由に、誰もが明るい未来を。夢見がちな少女は、本気でそう思っていたし、そのためには、努力を―命ですら、惜しまなかった。彼女は『金色』の瞳で、天使を見つめた。




 「私は、この世の全てを救えない。でも、私の手が届く範囲にいる人には、幸せになって欲しいんだ。私を肯定してくれた人には、こんな私を好きになってくれた人には、命を懸けて恩返しをしたいの。それって、おかしなことかな?」




 「いいや」




  天使は、首を振った。その割には、僕は君に出会って、トータルでは不幸になった気がするけれど。それでも、彼女の我儘な願いのお陰で、僕は命を救われた。




 「ありがとう、海咲。僕も君の助けに、なれたら良かったんだけど」




  君のことは、一体誰が救ってくれるのか。もし、世界に本当の神がいるのなら―どうか、彼女を守ってあげて欲しい。この、お人好しで友達思いな―花崎海咲という少女を。




 「十分だよ。私一人じゃ、確実に焼き鳥になってたワケだし。組んでもらった魔術外装で―真っ直ぐ行って、ぶっ飛ばしてくる。ぶい」




  気丈に振舞った彼女に、天使は微笑んで返した。




 「うん。期待してる。じゃあ、またあとで。そそくさ」




  少し頬を染めながら、彼は足早に戻って行った。




  帰りは使わないんだ、空間転移。その後ろ姿を見送って、海咲とウォンは顔を見合せた。




  全員が乗り終わったことを確認して、オペレーターは生き残っていた中央監視室サーバーのリモート操作を試みた。計器に異常がない事を確認し、彼は安全装置のロックを解除した。




 「システム・オールグリーン。進路クリア。装甲貨物列車『ビルケナウ』発進どうぞ」




 「あ〜、ち〇ちん電車発進します。お立ちのお客様は吊革にお掴まり下さい。次は〜ウボス。次は〜ウボス」




  この車掌、ちんち〇電車とお立ちのお客様でコンボ決めてきた。誰だ、変態司教に車掌をやらせてるの。あと〇んちん電車じゃないだろ。銃が付いてるのだからぱんぱん列車だ。まるでインドだな。海咲は思った。




  車掌<ハイペリオン>がそうアナウンスすると、蛇腹状に積み重なっていた列車が地上に向けて上がっていく。先頭車両の乗っていたレールが傾き、同時に天窓が開いて星空が顔を覗かせた。まるで、このまま銀河系の彼方へ飛び立ってしまうような仰々しさである。海咲はそれをバイザー越しに、見上げるようにして眺めていた。




  安全装置が解除され、整備用のフレームに覆われていた列車の威容が姿を現す。年季の入った鋼造りの外殻に、装備された機関銃やミサイルの数々。幾度となく解放同盟から攻撃を受けてきたそれが、今度は解放同盟の戦力として運用されるのだから、運命とは数奇なものである。格納庫にはレン人兵士とレヴォールの戦士たちが収まり、戦いの時を待っていた。




  とぐろを巻いていた龍が空を駆け上がるように、折り畳まれていた車両が先頭車両に続いて発車していく。重厚な機械音と共に、積まれていた車両が次々に押し上げられていた。海咲はその月面の弱い重力が為せる無茶な機構に、巨大な生物の腸を引き出していく様を想像してしまった。




  それを見送った後、海咲とウォンは残ったレン人たちを伴って、ガーイェグに帰還した。幸い、帰り道で怪物に出くわすことはなかった。列車発進により最後の電力を使い切った予備電源が、館内の酸素供給を完全に停止させたためである。




  彼らが船に戻ったことを確認すると、艦橋の善子は指示を出した。




 「ガーイェグ、針路をン=グィへ。一度補給を行った後、海咲さんとウォンの両名を下ろします。その後本艦はウボスに向かい、儀式の阻止並びに同胞の救出を行います」




  良いですね、と善子は傍らの副艦長に確認する。レン人の副艦長は、大きく頷いた。持ち前の能力の高さと高圧的な態度でのし上がり、今や泥田善子はこの船の誰よりも権力を握っていた。




 「それでは副艦長、あとを任せます。外装は岩山に欺瞞されているので問題ないとは思いますが、万が一上空に高エネルギー反応を検知したらすぐ知らせてください。急速潜航で対応します」




 「善子さんは?」




 「私も補給に。何、直ぐに終わりますよ」




  くすりと笑って、善子は艦橋を後にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る