第33話 即席同盟

  「それで、こうなったんだ」




  花崎海咲の交渉劇の間、表で煙草を吸っていた天使は、当人からの報告を興味無さそうに聞いていた。




 「というかキミ、レヴォールの友達なんていたんだ。類友だね」




 「でしょう?誇り高き戦士、それが私―花崎海咲」




  皮肉が通じず、天使は苦笑した。自身も地球の出身とはいえ、長年宇宙を渡り歩いていれば、彼らレヴォールがどのような扱いを受けているのか理解することは難くなかった。どこにでも湧き、知性体の脳髄をすすり、オマケに乳白色の血が流れている。それだけでも不愉快なのに、こちらを見るやところ構わず襲ってくるという凶暴性もある。それ故に、全宇宙の嫌われ者となった種族、それが惑星ウ=ヴァール出身のレヴォール=クである。




  そのレヴォールが、今はイオクが連れてきた技術者の指示の元、せっせと列車の準備を進めていた。彼らは人語を介することができないが、代わりに海綿体質の脳髄を有する種族に対しては、その脳波から思考を読むことができる。故に、彼らは技術者の身振り手振りから詳細な指示内容を汲み取ることができるのだ。




  列車の用意は、着々と進んでいた。善子たち待機班にも、既に現状は報告されていた。




 「変態司教とネコチャン、そして親指サイズの三人で、列車に乗り込んでくださいな。少しの間だけ、列車の機動力で敵の目を引き付けてもらいたく」




 「喧嘩か〜?買うぞ〜!?」




  善子は天使の抗議を無視して、即席で作った資料を彼らに展開した。モスクワの海における邪神のテラフォーミング地域は広大で、月面都市ウボスから件の祭壇まではこちらの揚陸艦で二十分以上を要する計算になっていた。ウボス近郊に列車で現れ、ウボス駐留軍および残った幽閉機関艦艇を引きつける。都市の目と鼻の先であれば、幽閉機関も無慈悲な無差別爆撃を敢行することはないだろう。仮にもしその予兆があれば、一同はすぐさま、ウボスに逃げ込むこともできる。




 「その間にガーイェグで潜航し、祭壇に向かいましょう」




  善子によるガーイェグの潜航は、未だ公爵に露見していない。それ故に、祭壇近くで急浮上、解放同盟<ズィアーリ>の全残存兵力を集中させれば、現場を抑えることも可能である。




 「ヘイローを撃ち落とす覚悟はできました?海咲さん」




 「…はあ」




  わしにしね、というんだな。海咲はそう呟いた。




  幽閉機関の戦艦を落とした人間が言うと話が拗れてしまいそうだが、重ね重ね―あれは人の身でどうにかなるものではないと思う。戦艦の場合は死角から射線を掻い潜って、艦橋を穿けば機能不全にできる。その隙に撃墜することは可能ではあるのだが―当たればゲームオーバー、加えて私の機動力を超えた範囲を焼く大口径ターボレーザー砲台は、そもそも掻い潜ることが不可能だ。




  海咲の不安を他所に、善子は淡々と話を続ける。




 「ン=グィにマスドライバーがあると聞いています。都市近くです、彼らもフルチャージしたヘイローでの迎撃は行わないはず。だから射角にも寄りますが、もし撃たれても一発は避け切れると思います。再チャージ中にマスドライバーの力で空を駆け上がり奇襲、そのまま撃墜できませんか?」




  星外に物資を射出するための、マスドライバー<射出機>。そこにトライアドを載せて、猛スピードで宙に出る。言うのは簡単だけどな、と海咲は唸った。しかし、ヘイローがこちらを睨んでいる限り、何時までも作戦失敗の可能性が付きまとうことは―紛れもない事実である。それに、このままではレン人を見捨てなければならないかもしれないのだ。ミントをくれたあの子も、トウモロコシを頬張っていた―あの子も。




  嫌な話であるが―『誰か』がやらねばならないのだ。貧乏くじだな、ぴえん。本当は宇宙ジャンケンで死ぬ役を決めたいところだが、今は時間が惜しい。大人しく不戦敗になるとしよう。どうせ誰かが、『ヒーロー<犠牲>』にならねばならないのだ。先程トライアドに仕込んだ『秘策』を加味しつつ、幾つか魔術式プロシージャを作成すれば、ある程度戦えるようにはなるかもしれない。命懸けであることは、変わらないが。




 「…分かった。やってみるよ」




 「ええ、そう仰ると思いました」




  ぼそぼそと何かを呟いていた善子に気が付かず、海咲は周囲を見回しながら発言した。




 「誰か、マスドライバーの操作はできる?」




  海咲の問い掛けに、ウォンが応えた。




 「触ったことはある。僕がやってみよう」




  取り敢えずの話はまとまった。善子は、参加者に質問がないか尋ねた。天使は、通信の機能で挙手マークを表示させた。『白か黒だと差別の元になるから』という理由で黄色に塗りつぶされたそれは、善子の顔を隠すように画面の中央でくるくると回った。




 「…ごめん、これ使ってみたかった。二つほどいい?」




  予想外の動きに少し動揺した天使は、やや上擦った声でそう言った。対する善子は何も気にしていないようで、淡々と応えた。




 「どうぞ」




 「一つ」




  そう言って、彼は海咲の方へ向き直った。




 「海咲、『ヘイロー』に撃たれれば、君は死ぬ。それは理解している?あんな『付け焼き刃』で、どうにかなるものじゃない」




 「大丈夫、私は死なないので」




  強いから、と海咲は付け足した。天使は彼女の表情を伺って、溜息をついた。




 「…そう。それならいいや」




  震えていた。それが分かっただけでも、天使には十分だった。




  クレマトリオムにて。天使は、死を受け入れた。照射されたヘイローの光に包まれて、彼はゆっくりと目を閉じた。そこに、現れたのが海咲だった。自分の身を、省みることなど一切せずに。海咲は彼の手を取ると、光の外まで飛び出した。コンマ一秒でも遅ければ、二人とも命はなかった。それでも、彼女は助けに来た。




 「怖いなら、素直にそう言えよ。ばか」




  海咲は、自身の古い友人の生まれ変わりだ。なるほど『死』からは遠いのだろう。しかし、友人は死んだ。自分は死なないと高を括っている奴ほど、死神を引き寄せる。




 「…そりゃ、怖いよ。死ぬかもしれないし」




  震える海咲の頭を、天使はそっと撫でてやった。人並みの恐怖を感じているなら、何も言うことはない。




 「でも、ヘイローは落とすよ。私にしか、できないことだから」




  死の恐怖に震えながらも。決意に満ちた面持ちで、少女はそう言った。




  その強さは、妬ましいな。でも、海咲の気持ちを―抱えている恐怖を、聞けて良かった。彼女に自分を大切にする気持ちがあるなら、それでいいのだ。




  天使は穏やかな表情をしていた。少女の頭をぽんぽんと叩くと、彼は話題を変えた。




 「二つ、作戦の件だけど。こっちに三人も割いていいのかい?恐らく、公爵は手練を護衛につけているはずだ」




  ゼーベックやレプハーンたち、改造爬虫人類。第二次月面戦争でも活躍した彼らに通常のレン人兵士を複数人差し向けたとて、結果は見えている。




  通話の向こうで、善子はくすりと笑った。




 「『奥の手』を使います。その為には、海咲さんの協力が不可欠ですが」




 「私?」




  また私か。比重が重くないか。もっと分業するべきだと思う。まあいいか、私が魅力的すぎるのが悪いのだ。




  海咲は不服そうに眉間に皺を寄せると、呟いた。




 「…できることなら」




 「ええ。詳細は、こちらで話しましょうか」




  含みを持たせて、善子はそう言った。一連の話を後ろで聞いていたのだろう、ハイペリオンはサングラスの位置を調整すると、真剣な声色で述べた。




 「ここでは言えない話…愛、ですね」




 「違います〜、事務的な行為です」




 「…?なら何故詳細を話せない?」




  イシュバランケの言葉は、最後まで聞こえなかった。通信はそこで途切れてしまったのだ。海咲は、善子の要求が理解出来た。




  確かに彼女は、純然な『妖怪』ではない。『妖力』ではなく『霊力』であれば、私から直接、接触による受け渡しができる。ハイペリオンでは『奥の手』に用いれるほどのエネルギーを受け渡せないし、イシュバランケだとインモラルすぎる。天使くんは魔力タイプなので、確かにその役は私が適任だ。




 「…はいはい、どうせ私は都合の良い霊子タンクですよ」




  オマケに顔も良いし性格も良いし頭も良いのだから、私が割を食うのは仕方がないことなのだ。力ある者の果たすべき責任と義務<ノブレス・オブリージュ>である。




  待てよ、本当に割を食うのは私なのか。普段はお高く止まっている女王様を、霊力の供給だの理由をつけて合法的に好き放題していい、つまりそういうことなんじゃあなかろうか。それって、私にとっては『ご褒美』なんじゃあないか。善子のほっそりとした体つきは、私好みなワケだし。あのへらへらとした口元の余裕がなくなっていくところなんて、最高だと思う。いかん、何か少し楽しみになってきた。折角久し振りの単独行動なのだ、『同居人』には内緒のお楽しみも、旅行の醍醐味だと思う。この後死ぬかもしれないのだ、最後にいい思いをしたっていいじゃないか。




 「むふふ、善子を好き放題…」




 「…何の話だ?」




  天使の怪訝な視線を受けながら、堂々と卑猥な妄想をしていた海咲に、月における『ル=リューリュ族』の女王―ボ=グの思考が差し込まれた。




  しまった、神聖な戦いを前にして、破廉恥な妄想をしていたのがバレてしまう。こいつ、思考が読めるのか。くそっ、直接脳内に…っ。




 「おい、脳波が不安定だが、大丈夫か?」




 「む、大丈夫。ぶい」




  当然の事ながら、レヴォールに思考の全てを読む能力は備わっていない。彼らができるのは、単に相手の脳波を読み取って思考の流れを汲むことと、女王クラスの場合はテレパスを伝えることだけである。




 「ならよいが。列車の準備が終わるそうだ。私達も同行しよう。その代わり、『約束』は果たしてもらうぞ」




 「もろちん」




  約束。海咲は、上司に輸送艦を六隻オーダーしていた。彼女はレヴォールたちの協力の見返りとして、彼女たちを幻夢境に連れていくことを約束していた。幻夢境は、全てを受け入れる―来るものは決して拒まない。実際にはイリスの街、特に飲食店はレヴォールお断りなのであるが、イリスの街から遠く離れた彼ら同胞の集落に、彼らを届けることを咎める法律など存在しない。




  「妹のいる場所に送ってあげる」




 「それ『死ね』以外の意味で使ってる人初めて見た」




  煙草を灰皿に押し付けた天使は、呆れたように笑っていた。




 「ならいい」




  誇り高きル=リューリュ=カの戦士、その戦いを見せてやる。彼女はそう息巻いていた。側近たちに武器の調達を急がせつつ、ボ=グは列車の方へ向かっていく。そして彼女は振り返ることなく、海咲に向けてテレパスを放った。




 「あと海咲。お盛んなのは結構だが、卑猥な妄想は控え




 ろ。兵が動揺する」




  最初。何を言われているのか分からず、海咲は硬直した。そしてすぐに、さっと顔を赤らめた。




  つまりは、ある程度思考はダダ漏れだったって、コト。どうやら、頭にアルミホイルを巻く必要がありそうだ。




 「思考盗聴はんたーい!筒抜けなら早く言ってよね!」




  そう言った海咲に対して、ボ=グは振り返り、口吻を伸ばした。そのジェスチャーには、彼女も見覚えがあった。ボ=グに舌を出して揶揄され、海咲は赤面した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る