第32話 レヴォールの戦士たち
「…で、私が生まれたってワケ」
「まさかブタとゴリラが愛し合った結果が君とはね。どっちから生まれたの?ブタ?ゴリラ?」
「聞いてた?話。私は悲しい」
「自己紹介どうも、ブタゴリラ族のカナシイさん」
悲しいのはこっちだよ、とウォンは思った。彼らは現在、レヴォールの群れに包囲されながら、最下層へ誘導されていた。嫌悪感を催す醜悪なレヴォールに、周囲を固められているだけでも相当なストレスが加わるというのに、現状を招いた戦犯は、へらへらと聞かれてもいない身の上話<自分語り>をしている始末。ウォンのフラストレーションも、そろそろ限界であった。
咫尺を弁ぜぬ暗い廊下を連行され、やがて彼らは広い空間へと通された。イオクは何かに気が付き、顔を青くさせた。
暗闇に鎮座する巨大な『何か』の上。何者かが、海咲たちを睥睨している。
「我らの作法を真似る『猿』がいると聞いたが」
声は、空気を介さなかった。威厳のある女性の声が、海咲たちの脳内に響く。頭の割れる思いがして、ウォンは立ちくらみを覚えた。
「暗くてよく見えないんですけど、どなた?」
小首を傾げて、海咲は笑った。挑発するような態度であったが、相対する某は反応する素振りを見せなかった。
「礼節の欠けた『猿』には困ったものだ。高貴な者が易々と姿を晒すとでも?」
『姿を見せない理由は聞いていないのだけど』と返し掛けたが、それでは話が進まない。海咲は代わりとばかりに、光魔術を使った。
「ああ、ごめんなさい。眩しかった?」
挑発的に、海咲は笑って見せた。当然海咲の扱うジェスチャーには、彼女たちは対応しようもない。彼女は、地球とは異なる文化―全く異なる星系から、この衛星に流れ着いた者たちだからだ。光に照らされて現れたのは、一回り大きなレヴォールであった。体は傷だらけで、囚われている間に受けたであろう苛烈な拷問を伺わせる。
「貴様…っ!」
その体を白日の元に照らされて、レヴォールの女王は憤った。如何に彼女らが異星の民であったとしても、多少なりとは地球人と同じ価値観を有している。どれほど人型から乖離していたとしても、『負い目』を曝されるのは不愉快に感じるだろう。
「み、海咲さん…?」
先方、怒ってらっしゃいますが―とウォンは海咲の肩を叩いた。長年、異星人相手の商売をしていた彼である。気持ちの良い交渉の秘訣は全宇宙共通―『相手を不快にさせないこと』である。
「任せといてクレメンス」
「海咲さん…?海咲?おい、花崎」
彼の心配など意に介さず、海咲は女王の元へ向かう。女王の身を案じた兵士たちに、ウォンたち一行は捕らえられた。因みに、天使は途中で嫌気がさして、煙草休憩がてらこっそり逃げ出していた。
女王が立っていたのは、四角形の箱の上であった。箱同士は連結されており、幾つかの箱からはシリンダーが飛び出していた。それは蛇腹に積み重なるようにして広い格納庫の中に押し込められており、彼女はそのうちの一つを簡易的な玉座としているようであった。
「これで、漸く対等に話せますね。女王様。私の名前は花崎海咲。地球出身、横須賀育ちです」
女王の向かいに立つと、少女は腰に付けられた装置を操作し、ノーマルスーツを格納した。少し息苦しいが、バイザーで顔が隠れるよりは良いと判断したからである。彼女はスカートの先を摘んで、ちょこんとお辞儀をしてみせた。女王を取り囲んでいた兵士たちに小突かれそうになった彼女は、ひらりと身を翻した。
「対等だと?『猿』が、偉そうに―」
憎しみの籠った瞳で、彼女は海咲を睨んだ。少女はその視線を飄々と受け止めると、上目遣いに微笑んだ。
「私は提案をしに来たんです、女王様。恐れながら上奏させていただいても?」
『対等』とは何なのか、彼女は芝居のがかった態度でそう言った。そのまま、女王の返答を待たず、彼女は一方的に話し始める。
「さぞ名のある部族の女王とお見受けしますが。幾ら由緒ある部族と言えども、このままではこの廃墟で朽ちていくだけ。ここはもう直に、地表と同じ真空になります。そうなれば、貴女たちとて死を待つのみ」
「それが何だ。私たちは最後に『自由』を手にした。檻の中でない、この広い宇宙で死ねるのだ。そこに何の呵責があろうか」
「詭弁です」
海咲の言葉に、女王は口吻を突き出した。それは、レヴォールが動揺した際にとる素振りである。
「詭弁なものか。事実―」
「事実、何です?貴女たちは死を恐れぬ戦士だ。だからこそ、ただ死を待つことは、何よりも恐ろしいはず」
「知った口を…っ!」
「知っていますよ。幻夢境の『ル=リューリュ族』とは交流があるので。ああ、ごめんなさい。ル=リューリュ=カの戦士は屈強ですが、皆さんはそうとも…」
限らない、と言いかけた彼女は、滑らかに動いていた口を止めた。女王が、わなわなと肩を震わせたからだ。地球の常識に照らし合わせるのなら、それは何よりの動揺を表していた。怒りか、それとも別の感情か。
恐らくは前者だろう。予定通り、ここから怒りの矛先をムーンビーストに切り替えないとな―と海咲は思った。まあ、最後に謝れば許されるだろう。私は可愛いので、泣き落としには自信があるのだ。
海咲の心配を他所に、女王は二対の腕で顔を覆った。どうやら、このジェスチャーは硫黄と水銀の流れる異星でも、変わらないようだ。
「…妹は」
「はい?」
「ボ=ドは、健在か?」
知人の名前が出たことに、海咲は安堵した。
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