四つ目

 ため息をつきながら椅子を持ち、また先輩の前に置く。三度目だからそろそろ慣れてきたけれど、しかしやはり面倒くさい。


「おいおい、そんな顔するなよ。目の前のことにも夢中になれないようじゃ、全てを知ることなんて夢のまた夢だよ」


 先輩になだめられて、不満はありながらも大人しくする。七不思議もとうとう次で折り返しだし、全て調べ終わるのも思いのほか早いだろう。


「七不思議の四つ目。花壇の水やりは一人でやらなくてはならない」

 

 今回も今回でやはり意味がわからないが、しかし先輩は今までにないくらい楽しそうな顔をしている。


「どうかしました? なんか楽しそうですけど」

「個人的にはこの怪談が一番好きでね。お花の水やりは一人でやろう、なんて、怪談というより美化委員のスローガンだよ。そういう、まるで紛れ込んだみたいな怪談が、どうにもリアルで、ボクは好きなんだよ」

「はぁ……」


 つまり、この怪談が他のどの話よりも怪談らしいということか。

 今までの三つがそうだったから今回も事実がベースじゃないかと思っていたけれど、この先輩にこんなことを言われると、怖気も鳥肌も立つじゃないか。


「そんなに怖がらなくて大丈夫だよ。二年前だって、ボク含め三人とも無事に終えることができたしね」

「そうですか……オカルトホイホイのあなたがいる以上、あまり安心できないのが本音ですけど」

「オカルトホイホイだなんて、まるで尊敬されているようには思えないね。そんなボクを誘った君は命知らずになるのかな?」

「あなたなら対処してくれるって信じてますよ、オカルトキラー」

「ホイホイするのにキラーするって、タチが悪すぎるだろ」


 悪いでしょう、あなたのタチは。


「さて、では花壇についてだが、こればかりは頭で考えるより実際に試した方がわかりやすいのだけれど。答えが出るとは思っていないけれど、先ほどまでに倣って、やはり考えてみることから始めようか」

「近道を選ぶんじゃなかったんですか」

「自分が決めたことくらいは貫きたいじゃないか」

「そういうものですか」

「あぁ、そうだよ。それで、花壇の怪談ではないけれど『桜の木の下の死体』とかは似たような怪談になるのかな」

「それって怪談なんですか?」


 たしか、昔の小説のタイトルか何かじゃ?

 そういう意図で聞いたのだけれど、先輩は、いつものように笑って答える。


「誰かが怪談だと思っていれば、それはもう怪談と変わらないさ。さっきも言わなかったかな?」

「……そうでしたね」

「君は花壇や、もしくは花に関する怪談は知ってるかい?」

「噂話とかネットとかでは、聞いたことありませんね」

「他になら聞いたことあるのかい?」

「フィクションでいいなら、いくらか。花壇からゾンビとか、人喰い植物とか」

「へぇ、そういう作品があるのか。面白そうだね。今後そんな機会があれば、君と一緒に映画に行くのなんかも悪くないかも」

「むしろ良いですね」


 そんな冗談を言って、先輩は「水やり」と書かれたページに、さっき言ったことを書いていく。

 さっきと同様、タイトルは僕が思っていたのとは違う。「花壇」ではなく「水やり」がいけないのか。


「仕方ないことだけれど、やはりこのままだと答えは出そうにないね。考えるのはここら辺にして、そろそろ花壇まで行ってみようか」

「はい」


 先輩が椅子から立ち上がり教室から出て、僕も同じようにそうする。扉の前で一度だけ振り返り、自分が座っていた椅子を見る。 

 もう諦めてはいるけれど、それでもため息をついてしまう。


「ほら、早く着いてきなよ」

「あ、はい!」


 先輩と一緒に校舎から出て、花壇の場所と数を確認する。正面玄関の左右に広がる花壇は、目測十メートルくらいの太い長方形で、校舎に沿って五つずつある。

 現在七月。開花していない花壇もいくつかあるけれど、名前の知らない色々な花が咲いている花壇の方が多い。


「さぁ、ボクも君も美化委員ではないけれど、せっかくだし水やりしようか。二人だから、丁度よく七不思議にも触れるね」

「呪われたりしないでしょうね」

「もちろん。それに、信じてくれているのだろう?」


 揚げ足取りかよ、本当にタチの悪い。

 別に花壇の水やりはいいけれど……この広さを、二人だけで? 

 両側に一人ずつ水やりしたとして、それを十回。水汲みもあるから、最終的に何度往復することになるのかわからない。最低でも、三十分はかかるだろう。

 考えてみれば、七不思議だと一人でこれをやらなければいけないらしいから、どれだけ鬼畜なのだ。

 

「ジョウロは手洗い場の下にあるし、ほら、そんな嫌そうな顔しないで手伝ってくれよ」

「わかりましたよ……」


 ジョウロに水を汲んで、校舎から見て左側の花壇の両端に二人で並ぶ。

 こんな暑い中ジョウロで水やりなんて、本当の美化委員もしないだろ。満タンに入ったジョウロも重ければ、終わりが見えなくて気も重い。


「さて、始めようか」

「……はい」

 

 先輩が花に水をかけながら歩き始めるから、反対側の僕もジョウロを傾けて歩き始める。


「おそらく長丁場になるであろうし、楽しく雑談でもしようじゃないか。そういえば君は、どうやって七不思議を集めたんだい?」

「どうやってって、そんなの……」


 ……あれ、そういえば。どうやって集めたんだっけ?

 たしか、手当たり次第に人に聞いたはずだけれど、しかし確信的な情報をくれた人がどんな人だったのか、それが思い出せない。

 もしかして、これは。


「どうしたんだい?」

「……思い出せません。これも怪現象の一つですか?」

「そうか、思い出せないのか」


 特に驚いた様子もなく、ふむ、と少し考えてから、先輩は言った。


「しかしだよ、なんでもかんでも怪異のせいにするのは良くないな。自分に起こる不幸が全て悪者のせいじゃないように、君に起きている不可解な現象を怪異のせいだと決めつける他責思考はやめたまえ」

「……いや、怪異のせいでしょ、これは」


 先輩の言葉に納得させられそうになったが、記憶の一部だけが思い出せないなんて、どう考えたって怪現象だろ。

 僕には、急に記憶喪失になるほどストレスを溜め込んでいるわけでもなければ、強く頭を打ったなんてこともない。


「それはさておき」

「置いとかないでくださいよ」

「七不思議についての、さらにその不思議に、君は気づいているのかな?」

「なんですか、それ。言葉が重複してません?」

「してないよ。今まで調べた七つの不思議、その関連性を君はわかっているのか、という意味さ。まぁ、わからないならわからないで、机の件のタイミングで考えようか。ネタバレはよくないからね」

「気になりますよ、そんな言い方されたら」

「それは悪かったね」


 渋い顔をした僕を先輩が笑って、そのタイミングで二つのジョウロが空になった。

 丁度二つ目の花壇に水をやり終えたところだから、このペースが続けば水汲みは四回必要なわけか。

 辛すぎるんだが。


「何気に、この水汲みが重労働だよね」

「そうですよ。途中ですけどやめません?」

「言うまでもなく、あり得ないよ」


 なんやかんやありながら、水やりは順調に進んでいった。七不思議のことなんて忘れてしまうほど何も起こらず、ボランティア活動でもしている気分だった。

 片側の水やりを終えて、もう片方の花壇も残り一つ。ジョウロの重さからして、水汲みはもう必要ないだろう。

 先輩と楽しく話しながらの水やりだったけれど、やはり長時間になった。水やりから既に三十分経っている。

 珍しく、先輩の額にも汗が滲んでいた。


「そういえば、先輩が七不思議を調べた二年前って、今回みたいに変なことが起きたりしなかったんですか?」

「椅子とか記憶とか、そういう七不思議とは別の怪現象かい? 全くなかったね」


 僕の記憶喪失は、やっぱり怪現象と認めてくれているのか。


「たしかに二年前だけで考えれば変ではないけれど、しかし二年前と今回とを比較して変わったことならあるよ」

「え、何が変わったんです?」


 先輩は額の汗を袖で拭い、焦らすように溜めてから言った。


「七つ目だよ」


 その瞬間。足が何かにぶつかって、つまずいた。

 幸い、少しバランスを崩した程度で転びはしなかったものの、手に持っていたジョウロは勢い余って前に吹っ飛んだ。

 心配しているようには到底見えない小馬鹿にしたような表情で、先輩は言った。


「大丈夫かい?」

「えぇ、まぁ……」


 なかなか恥ずかしくて、先輩が差し出してくれた手を借りずに立ち上がる。


「強がらなくいいのに」


 結論から言って。

 僕がつまずいたのは小さな切り株のようなものだった。花壇の側面から何歩分か離れていたのだが、先輩と話していたせいで気づかなかったのだ。

 先輩曰く、花壇ができる前はこの切り株の木が生えていたらしい。先輩でも真偽は不明だと言っていたが、学校創立からあった由緒正しい木だから残っているのだとか。


 一人ならつまずくことはないが、二人だと会話しているせいで足元に気が配れなくなってつまずいてしまう、ということなのだろうか。


「たった一つに夢中になることの大切さ、身を持って知れたようでよかったよ」


 嫌味かよ。

 空っぽになったジョウロを片付けてから、どうせ今回もそうなのだろうと予測しながら空き教室に戻る。


「…………」

「さぁ、早く椅子を出したまえ」


 また椅子は戻されていた。

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君語り すもも @sumomo_

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