三つ目
再び椅子を出して、先輩と対面する。
もう無視することはできないけれど、先輩は三度目からしか助けてくれないみたいだし、僕一人で解明することはできないだろうから大人しくするしかない。
「七不思議の三つ目。中庭の通路は噴水側を歩かなくてはならない」
先輩はノートのまっさらなページを開いて「中庭」と書いている。
「あれ、噴水じゃないんですか?」
「え?」
「いやだって、この階段って噴水がキーの話じゃないんですか?」
「……これはやってしまったね。君の観察眼を舐めていたよ」
そう言うが、先輩は書き直さなかった。
噴水がどうというわけではなく、中庭自体が怪談らしい。先輩的には大きなヒントなのだろうが、何も知らない僕には小さな気づきでしかない。
「中庭の通路というと、石でできた道のことですよね」
「そうだよ。あれの噴水側を歩かなければいけないんだ」
「噴水側が安全なんじゃなくて、逆側が危険ということですか?」
「そうだよ。だから『中庭』の怪談なんだ」
先輩は、ノートに中庭の大雑把な見取り図を書いて見せてきた。
右上に噴水があり、道は左下から右と上に分岐している。分岐した道の間に噴水がある形だ。
「この道の噴水側、君視点だと上行きの道は右側、右行きの道は上側かな」
「ですね。というか、僕は中庭に出たことないんですけど、噴水以外には何かあるんですか?」
「そうだな。二年前のことだからボクも記憶が曖昧だけれど、たしか噴水前に何組かベンチがあって、左上に一本だけ小さな木が生えているくらいだったかな。何かが隠れていたりはしなかったよ」
つまりなんだ。噴水とたった一本の木しかない中庭に、怪談になるような何かがあるというわけか。
「ちなみに君は、さっきボクが中庭と書いたことを指摘したけれど、もしかして噴水の方なら似た怪談を知っていたりするのかな?」
「いえ、知っているわけではないです。でも、水が関わってるならなんでもあるんじゃないですか? 引きずり込まれるとか、入水した人がいるとか」
「でもこの怪談は、噴水に近づくと安全になるわけだ」
「そこなんですよね」
この怪談が難しいのは、普通の怪談なら危険とされる噴水側が安全という点のせいである。
「明確に記されてはいないけれど、この怪談にも実は時間が関係あってね。時間というか、季節かな」
「季節? なら冬以外ですか? 寒いと中庭の利用者も多くないでしょうし」
「実際はもっと限られるよ。春は入学や進学したてで中庭より教室にいるし、秋は文化祭や体育祭の準備で忙しくなるから、利用者はほとんど夏だけだね」
「夏ならではの怪談ですか?」
そう言って考えていると、はぁやれやれ、と呆れられてしまった。この考え方だと期待外れらしい。
なら、さっきみたいに。
「熱中症とかですか?」
「お、いい線だね」
「……もしかして、また実話なんですか?」
「実話を元にしない怪談なんてないさ。誰かの頭の中がルーツだとしても、ボクに言わせれば全て実話だよ」
「オカルト好きとしていいんですか、それで。それだと嘘もでたらめも怪談ってことになっちゃいますよ」
「その通りだ」
堂々と言う様に、僕は何も言えなくなってしまった。
たしかに先輩はオカルト好きではあるけれど、いつだって地に足ついて考えている。そのリアリストっぷりが、オカルトとは対極にあって、怪談話の探求者として疑わしい。
「さて、さっき君は熱中症と言ったけれど、実はそれは正しくなくてね」
「え、違うんですか?」
「あぁ、しかし気づくのは簡単なはずだよ。先週から中庭がどうなっているのか、君も知っているんじゃないかい?」
「先週から……」
あ、そういえば。
中庭の利用が先週から禁止になっているんだっけ。
「気づいたようだね。では、中庭まで行ってみようか」
「え、でも利用禁止になってるんじゃ?」
「わざわざ入らなくても、周りから見るだけでわかるだろうさ」
先輩と二人で教室を出て階段を下り、一階の渡り廊下から中庭の様子を見る。しかし、見てみる限りなんの変哲もなく、なぜ利用が禁止されているかわからない。
「ここからじゃわからないね。着いてきて」
結論から言って。
中庭の入り口まで回ると、そこはテープで塞がれていて、その中央に張り紙が貼られていた。
張り紙に書かれていた内容は、簡潔に言うと「蜂の巣があるから立ち入り禁止」ということで、それがこの怪談の全てだった。
蜂の巣があるのは木の近くで、だから噴水側を歩けば安全なのだ。
去年は聞かなかったが、先輩が調べた二年前にも同じ場所に蜂の巣ができたいたようで、どうやら中庭の木は、立地的にか環境的にか、蜂の巣ができやすいらしい。
「蜂の巣があるんだ、ここも絶対安全ではないだろうし早く戻ろう」
そう言って校舎に入ると、先輩は来たときと同じ道を歩いた。
空き教室の椅子の件が気になる僕は急ぎたかったけれど、前を歩く先輩がいつもの調子だから走る気にならなかった。
空き教室の扉の前に着くと、先輩は首だけ振り向いて、楽しみだね、と言わんばかりの薄い笑みで僕を見た。
そして扉を開けると、案の定。
「これで必然だと証明された」
「僕は二回目から確信してましたよ」
「七不思議を調べている最中に人為か不明の謎現象、か。なぜ起こっているかわからない以上、ボクの専門外かもしれないな」
「でもさっき、予想はついてるって」
「原因はわかっているんだが、しかし、原理がわからないんだ。ただ、何か危害を加えてくることはないだろうから、そこは安心しなよ」
「安心できるわけないでしょ。今までも思ってましたけど、怪談関係って不気味すぎます。順番は変わりますけど、七不思議は中断して、こっちから先に調べませんか?」
先輩は小さく鼻で笑って、ビビリだなぁ、とバカにしてから言った。
「それはダメだよ、順番を守るのはオカルト的にま意味があるからね。だが七不思議の後というのも不安だろうし、七番目の前に考察する時間を設けようか。七番目は理解も証明も、他の何より簡単だから」
順番を守らなければいけないって。
それって、昨日、先輩が七不思議に順番をつけたからってこと?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます