第3話 二つ目

 改めて椅子を用意して、さっきと同じように対面して次の七不思議について語り合う。


「七不思議の二つ目。水面に月が映ったプールに入ってはいけない」


 さっきの椅子の件も少なからず気になるけれど、一旦それは置いておいて。

 なぜこれが二つ目なのか。昨日からそれが気になっていた。


「先輩が調べたときと同じってことは、これを二番目に調べたんですか?」

「なにかおかしいかい?」

「そりゃあおかしいですよ。だってこれ、夜じゃないと成立しないじゃないですか」


 七不思議の中で時間指定があるのは、一つ目と二つ目だけだ。

 しかも、これは一つ目より少しシビアなのだ。昼間はもちろんできないし、月が映っていないといけないのだから、曇りの日や新月の日もできない。

 最後まで先送りにしてもおかしくないはずなのだが、なぜこれが二番目なのか。


「ボクが調べたときは友達三人と一緒でね。他の二人は部活もあったから、三人の予定が合う時間が少なくて、一日一つのペースで調べていたんだよ。だから順番は本当に適当さ」

「そうなんですか……」

「何か不思議でもあったかい?」

「……先輩、友達いたの?」

「失礼だな君は。ボクにも友達くらいいるさ、むしろ多いほうだよ。広く浅い交友関係がボクのモットーなのでね」


 この人に友達が多い? 人に言えないけれど、この人だって大概、自分勝手だ。好奇心が刺激されれば考え続けるし、それを証明するための行動力も持ち合わせ、集団行動なんて無理そうなこの人に、友達? 

 

「嘘でしょ」

「本当になんて奴だ、君は」


 え、マジ?

 冗談抜きなのだけれど、先輩は微塵もそんなこと思ってないらしく、話を戻した。


「さて、さっきと同様、この怪談についても考えてみようじゃないか」

「プールの怪談なら知ってます。足を掴まれて溺れるとか、そういう怪談はありますよね」

「あぁ、十中八九、そうだろうね」

「……え、終わりですか?」

「これだけでも十分だけれど、たしかに物足りないかな。ならばもう一つ考えてみようか」


 先輩は「プール」と書かれたページまでノートをめくり、やはりキーワードかなにかをメモしながら言った。


「なぜ夜なのだろうね」

「また意味のない話ですか?」

「いいや、これは夜であることに意味があるよ。しかしそれは、夜でなければいけない、ということではないけれどね」

「放課後でもいいんですか?」

「それはダメだ」

「ならお昼?」

「それもきっとダメかな」

「朝ですか?」

「あぁ、それは危ないだろうね」


 朝と夜はダメで、昼はいい。なぞなぞか?

 昼なら大丈夫なのは……生徒がいるから? なら、生徒がいないから朝と夜はダメってことか? 


「そんなにややこしく考えなくていいんだよ。これは怪談ではあるけれど、常識的に考えればわかるからね。逆に言えば、常識的に考えなければ、つまりオカルト的に考えてしまうとわからないというわけだ」


 常識的に? ……常識的に考えるなら。

 

「昼なら安全なのは、溺れても周りの生徒が助けてくれるから。朝や夜だと、人が少なくて溺れても気づかれないから」

「これが怪談でなければ、そういうことだよ」

「違うんですか」

「いいや、合っているさ」

「それなら……え、どういうこと?」


 全く君は、と呆れたように言われてしまった。一体、何が間違っているというのか。


「君が答えに辿りつけないのは、前提条件をひっくり返せないお堅い頭と、その中にあるオカルト脳のせいだよ」

「もうちょっとわかりやすく教えてくださいよ」

「だからね、これは怪談じゃないんだよ」

「……あ、そういうこと?」


 部活の練習か、バカな生徒のおふざけか、それとも他の理由か。どれが本当の理由かはわからないが、夜のプールで溺れた人がいたのだろう。

 つまりこれは「実話の怪談」ではなく、「怪談になってしまった実話」なのだ。


「そうだね、それが答えだよ。さて、どうする? プールなら水泳部が使っているだろうけれど、行ってみるかい?」

「そうですね……少しだけ行ってみますか」

「こんなことを知った後でも見に行きたがるなんて、君の人間性を疑わざるを得ないよ」


 嬉しそうな顔しちゃって。それはお互い様でしょう?

 

「では行ってみようか」

「はい」


 先輩は立ち上がり、自分が座っていた椅子の上にノートとシャーペンを置いて、プールへ向かって歩き出す。教室を出て校舎を出て、そうするとすぐにプールに着く。

 三者面談のために部活を切り上げたらしい水泳部らしき女子生徒とすれ違って、その人に先輩が話しかけていた。

 え、本当に友達いるんだ。


「やぁ羽魚はねうおくん、これから三者面談かい? 私情で申し訳ないのだけれど、これから水泳部の見学してもいいかな?」

「炎点加……三年の七月に入部する人なんていないよ?」

「暑くて水浴びしたいだけさ」

「練習の邪魔しないなら別に良いと思うよ。制服のままだと濡れると思うから気をつけてね」

「あぁ、ありがとう。三者面談、がんばってね」

「ありがと!」


 そう言って、水泳部の女子生徒、羽魚さんは校舎の方へと歩いて行った。


「本当に友達いたんですね」

「まだ疑っていたのかい?」

「すみませんね。ちなみに、あんな美人な人とはどういう仲なんです?」

「羽魚くんとは小学校が同じでね。当時は仲が良かったわけでもなかったけれど、中学で別々になって高校で再会して、そこから仲良くなったんだよ」

「へぇー」

「お互い驚いたよ。羽魚くんは水泳のすごい選手になっていたし。ボクはボクで、性別が意味不明なことになっていたしね」


 あ、それいじってよかったんだ。

 あんまり気にしないようにしてきたけれど、そういうフラットな感じなんだ。


「あまり深掘りしないでくれよ」

「あ、はい」


 プール入り口の手前で靴と靴下を脱いで、裸足になってからプールサイドに立つ。

 熱くて痛い。


「うーん、顧問の先生はいないみたいだね。近くにいる三年生に話を通してくるよ」

「僕はここで待ってます」

「あまり凝視しちゃダメだよ。女の子も多いんだから」

「しませんよ」


 そう言って、丁度プールサイドに上がってきた人に話しかけにいった。

 うん、どうだろうか。

 水泳部の肉体、眼福だ。引き締まっているのに、惜しげもなくさらけ出している。水も滴る、とはよく言ったものだ。


「こらこら、少しの間も待っていられないのかい? 手が焼けるな」

「目に焼き付けていたんですよ」

「妬けちゃうな、もう」

「焼きが回りましたか?」

「焼きは自分に回すものじゃなくて、他人に入れるものさ」


 結論から言って。

 数分プールを見学させてもらったが、当然だけれど何も起こることはなかった。誰かが溺れることすらなく、安全そのものだ。

 それにしても、高校になって水泳の授業がなくなったから知らなかったけれど、水泳部ってこんなに早いんだ。


「では、そろそろ戻ろうか」


 プールサイドから出て、空き教室まで二人で戻る。

 実のところ、来るまでもなくわかっていたのにプールまで足を運んだのさ、椅子のことを確かめる為だったのだが。


「ほう、これはおもしろくなってきたじゃないか」

「背筋が凍るというか、肝が冷えますね」


 やはりというか、また僕が座っていた椅子だけが机の上に戻されていた。そしてまた、先輩の椅子はそのまま置いてある。


「やっぱりこれって……」

「二度目までは偶然だよ。深く考えなくてはならないのは、三度目からさ」

「いや、これはもう必然でしょう」

「分母が大きくなければ必然とは言い難いさ。君のことを嫌っている二人が、ボクたちが他の場所に行っている間にこの教室に来て、ノートを置いていない君の椅子を机の上に戻す、という偶然がたった二度重なっただけかもしれないじゃないか」

「それこそあり得ないでしょ。というか、あり得てほしくないんですけど」

「まぁまぁ。ボクの予想が正しければ、これは七不思議を最後まで解明するまでは終わらないはずだからね。まだ二つ目の段階なのに首を突っ込むのは得策ではないよ」


 そうなんですか? 

 こういうのって最後まで終わらせたら呪われたりするんじゃないんですか?


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