第2回

と、お嬢様は言うと、「ただし、条件がある」

 だと思った。

 この女とは、関わらないほうがいい。

 誠は、そう思ったのだが、俊之助は、

「条件とは?」

 と、面白そうに訊いた。

「簡単なことだ」

 お嬢様は、笑みを浮かべると、「お前には海野うみの真理恵まりえという恋人がいるな。その恋人と別れるだけだ。ただそれだけのこと」

「君のおじいちゃんの会社は、独身、恋人なしが入社条件なのか?」

「何……」

 お嬢様は、目をパチクリさせてから、楽し気に笑い出した。

「貴様! 会長のことを」

 いかつい男が顔を真っ赤にすると、

「やめろ!」

 と、お嬢様が一喝する。

 いかつい男が、シュンとして小さくなる。

「--お前まさか、本気じゃないよな」

 誠は、やや心配になって俊之助を見た。

「閑古鳥が鳴いてる動物園が、俺がプロヂュースすることによって、人が一杯集まる動物園に変わる。夢なんだよな」

「夢とは、自分で掴みに行くもんだ、違うか?」

 と、お嬢様が俊之助に問う。

「その通りだね」

 俊之助は、なんのためらいもなく応えた。

「お前も、今の恋人と結婚まで考えていたわけではないだろ」

「そりゃ、まだ学生だからね」

「こんな大学、卒業してもたかがしれている。お前がその気なら、いつでもこちらは受け入れる」

「へー!」

 俊之助は、微笑むと、「大学中退でも、天下のソミーグループの関連企業に就職出来る んだ」

「そういうことだ」

「プロジェクトチームのリーダーか……」

 俊之助が、宙に目を向ける。

 自分がリーダーとなって、動物園をプロヂュースしている姿に思いをはせているのだろうか。

「そうだ。そして、そのプロジェクトを成功させたら、私の旦那にしてやる」

「それは、俺が、君と結婚をするってことか?」

 と、さすがに俊之助も、呆気にとられたようだ。

「そういうことだ。だから、女とは別れろといっている」

 と、お嬢様が無表情で言う。

 誠は、少々がっかりした。

 俊之助なら即座に、

「そんなことくらいで、彼女と別れる気はないよ」

 と、格好よく決めるだろう、と思っていたのになにやら考えこんでしまった。

 まあこれは俗に言う、「逆玉」のチャンスが転がり込んできたのだ。

 当然考え込むだろ。

 だが誠が知ってる俊之助は、考え込まない。

 それなのにーー何だかおかしい。

「--どうやら、役者が揃ったようだ」

 と、お嬢様が嬉しそうな声を上げた。

 誠は。ギョっとした。

 いかつい男2号と3号に挟まれた形で海野真理恵がやって来た。

「--シュンさん! いったいこれはどういうこと?」

 と、戸惑い気味に真理恵が訊き、「それに、何よこの人たち?」

 真理恵が、いかつい男2号3号を交互に見る。

 気持ちは、よく分かる!

 誠は、そっと肯く。

「これは、最終試験だ」

 と、お嬢様が微笑を浮かべ、「今お前が、あの女に直接別れを告げればテストは合格だ」

「ちょっと、何の話?」

 真理恵が、不安そうに俊之助を見て、「それに、その女は何なの?」

「お前が、私のことなど知らなくていい!」

「何なの!」

 真理恵が激怒して、「この女、偉そうに。これも、何かの記念日の演出。今日は、何の記念日だっけ?」

「私が教えてやろう」

 お嬢様が、楽しそうに、「お前たちの別れの記念日だ」

「シュンさん、本当に?」

「そのことなんだけど」

 俊之助が、お嬢さんに、「少し、時間もらっていいかな?」

「考える必要などあるのか」

 と、お嬢さんが何とも言えぬ、不思議そうな表情で俊之助を見る。

「ありますよ。就職なんて大事な話なんですから」

「--まあいい」

 お嬢様は、いかつい男1号に何やら合図を送ると、1号さんは名刺を取り出すと、

「ここに連絡しろ」

 と言って、俊之助に渡した。

 --お嬢様たちが行ってしまうと、ホッとした空気が流れる。

「お前まさか、今の話受けるのか?」

 と。誠が訊く。

「いい話だと思わなかったか」

 俊之助の目が光り輝いている。

 欲しかったおもちゃを、買ってもらった子供のようにだ。

「まあ、逆玉のチャンスだからな。まあ、俺も少しは羨ましいとは思う」

 と、誠は肩をすくめた。

「シュンさんひどい!」

 真理恵は、泣き出すと、「金のためだけに、金持ち女に乗り換えるなんて、ドラマの中だけの話だと思ってたのに」

 おいおい!

 そりゃ、いくらなんでも浮世離れし過ぎだろ。

 と、誠は面食らった。

「これは、お嬢さんにお礼状を出さないとな」

 と、俊之助が言うと、

「もういい!」

 と、真理恵が涙を拭うことなく駆け出した。

 真理恵は、人とぶつかりそうになったが、すんでの所で、相手の男が受け止めた。

「大丈夫ですか、海野さん」

 と、丸メガネをかけた男が訊く。

「花田さん!」

 と、真理恵が驚く。

 男は、花田はなだ慶次けいじといい、このG大学のミステリー研究会の4年生部員ということらしい。

 真理恵は、顔見知りらしいが、誠は初めて見る。

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