令嬢への礼状

北斗光太郎

章タイトル未設定

第1回

「おーい、俊之助!」

 と、大声で呼んだのは、王田《おうた

まことである。

「なんだよ、そんなデカイ声だして」

と、西にし俊之助しゅんのすけが顔をしかめる。

誠も俊之助も、G大学の3年生。

ここは、G大の学生食堂である。

 誠は、俊之助の向かいの席に座ると、

「今、校門の前に、黒塗りの高級外車が止まってるんだわ」

 と、言った。

「誰かの迎いだろ」

 俊之助は、特に興味もなそうに、トレーを持って立ち上がった。

「まあ座れ」

 誠は、俊之助の手を掴んだ。

 このまま行かれては、困るのだ。

「何だよ?」

 俊之助は、手を振り払う。

「俺がさっき、その車の横を通ろうとしたら、後部座席の窓が開いたんだよ」

「幽霊でも見たのか?」

「いいや」

 誠は、首を振ると、「とびっきり美しい女が顔をだした」

「それは、よかったな。いい目の保養になったじゃないか」

「それがさあ、その女、お前を呼んでこい、って命令しやがった」

「俺を?」

「この三流大学に、西俊之助という学生がいるはずだ。呼んでこい、って」

「俺、黒塗りの高級外車に乗ってる女なんて、心あたりなんかないぞ」

「君誰だ、って訊いたら、三流学生に名乗る名前などないって。いったい、どこのお嬢さんだ、全く」

「ますます分からん」

 と、俊之助は肩をすくめ、「まあいいや。--とりあえず会いに行ってみよう」

 誠は、俊之助の後ろを歩いて校門まで行ったが、その黒塗りの外車は消えてなくなることもなく、まだ止めてあり、後部座席の前には、いかつい男が立っている。

 いかつい男がドアを開けると、中から自分たちと同じくらいの年齢の女性が出て来た。

「--なんだ、あの時のワンちゃんの!」

 と、俊之助が微笑むと、

「あの時は、シロ様の危機を救って頂き、お嬢様も大変お喜びでございます」

 と、いかつい男が頭を下げる。

「シローーもしかして、白い犬か?」

 と、誠が俊之助に訊く。

「そう。白いマルチーズだよ」

「白いから『シロ』か」

 と、誠が言うと、

「何か文句でも!」

 と、いかつい男が誠をギロリとにらみつける。

「めっそうもございません!」

 と、誠が青ざめる。

 本気で怖いわ!

 誠は、こそっと、

「助けたってどういうこと?」

 と、俊之助に訊いた。

「リードをつけたままのワンちゃんが、車に引かれそうになったから、それをたまたま俺が助けたんだよ」

「ーー今日は、私が面白い趣向を用意してやった。存分に楽しむがいい」

 と、お嬢様がえらそうに言う。

「お礼なら、素直にそう言えばいいんじゃね」

と、誠は苦笑した。

「勘違いをするな。三流学生!」

 お嬢様は、誠を見ると、「シロでも、『お手』が出来たら、褒美を与えるぞ。それと同じこと」

「大事な犬っころを助けてもらっておいて、その犬っころと同じ扱いってか」

 誠が、肩をすくめる。

「犬っころとは、『シロ様』のことか?」

 と、いかつい男が、誠に凄む。

「とんでもございません!」

 誠は、背筋を伸ばし、直立不動の姿勢で応えた。

 じゃあ、何のことだ?

 と、突っ込まれたらどうしようかと思ったが、幸いにも、何も言ってこない。

 誠は、そっと息を吐いた。

「ーーところでお前は、なにかにつけて、イベントを企画したがるクセがあるらしいな」

 と、お嬢様が俊之助をみる。

「俺のこと、調べたんですか?」

「調べた。いろいろとな」

「そうですか。それで今日は?」

「私のおじい様ーーつまり、ソミーグループの会長が、最近になり、動物園の立て直し事業に興味を示しているんだ」

 お嬢様は、フッと冷ややか微笑を浮かべて、「お前も、興味があるのではないかと思ってな」

 ソミーグループといえば、超の字がつくくらいの大企業である。

 そのグループの会長の孫娘だったとは、恐れ入ったぜ!

「本当に、よく俺のこと調べたんだね。君の言う通り」

「貴様! お嬢様に向かって君とは何だ!」

 いかつい男が、掴みかかろうとすると、

「いいのよ!」

 と、お嬢様が止めた。

 おい! 俺の時は、ほったらかしだっただろ。

 と、言いたいところを、誠はぐっとこらえた。

「--それで」

 と、お嬢様が俊之助を促す。

「俺は、君が言った通り、色々考えて人を驚かすーーというか、楽しませるのが好きなんだ」

「潰れかかった動物園を、自分たちで考えたアイデアで、立て直す。魅力的な仕事だろ?」

 たしかに俊之助は、動物園だとか、水族館などがスタッフの力で立て直した、とかいうニュースを見ると、俺もこういう仕事がしたいと、よく言ってた。

「ーーとても魅力的ですね!」

 と、俊之助は目を輝かす。

「そのプロジェクトチームのリーダーの椅子を、お前のために用意してやろう」

 誠は、呆気にとられて俊之助を見た。

 さすがに、俊之助も茫然自失という感じだ。

「--俺がリーダー?」

 と、俊之助は言った。

「不服か?」

「不服とかそいうのではなくて」

「心配しなくてもいい。この話は、おじい様も了解済みだ」

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