秋風

落差

一吹き目

良い天気だった。

秋の入り口で、お別れを告げられた。

彼がどんな表情をしていたか思い出せない。夏の間の私たちは立ち止まる暇もないほどに忙しくて、デートも少しの連絡さえも全然できなくて、だから連絡しなきゃ、会わなきゃっていう義務感に襲われるのが苦しかったって、口には出さなかったけどきっとお互いそう思ってた。

寂しさすらあまり感じなかった、それが申し訳なかった、それならもう別れるべきなんだって思った、彼は前から考えてきてくれたであろう言葉をポツポツと並べた。

私は何にも考えてなかったんだなってわかって、彼に申し訳ないなって思って、あ、私も申し訳ないって、思った。それと、

そんな彼の誠実さが好きだったんだなあ、って、

泣きたいけど泣けずに積もった塵の山の上にどさりと落ちた呟き、ぱっと捨てられない自分がどうにも憎かった。

彼とはそのままあっさりと別れた。

あの人もきっと、私がどんな表情をしていたか思い出せていない。

残暑の湿気の真似をして、彼の身体にまとわりついて離れなければ良かったのだろうか。

そんなことはもちろんできなかったし、なんなら正直立ち尽くしてしまっていた。

1人でいてはいけない日だと思った。冷たくなった手でスマホを取り出して、いつもの友人に電話をかける。

「もしもし?どしたの急に」

「この後会えない?」少し大きめに、勢いよく一息で言い切る。声が震えてしまわないように。

「ふっふっふ、なんとちょうど今バイトが終わったところなのよ」

固まっていた心が少し解けた。

「ありがと」

「あたしもちょうど会いたかったの、いつものカフェでいい?」

「うん、そうしたい」

またね、を交わし合って電話を切る。理由を聞いてこない優しさがありがたかった。

ポケットに手を突っ込む。天気予報を見て慌てて引っ張り出したカーディガン、着てきて正解だったと思う。

訪れかけた秋が吹き出すように風が舞っていた。葉っぱがくるくると円を描く。私の縁も吹き飛ばされたよ、なんて冗談めかしく呟いてみる。

一歩踏み出すと同時に向かい風にやられて、立ち止まる。寒くて、悪あがきで肩をすくめる。

震えそうなのが嫌だった。心の隙間を感じて、秋風が通っていくのがわかった。久しぶりに感じる湿り気のない風を、ひたすらに恨めしく感じる。夏場はあんなに求めていたのに。

震えそうなのが嫌だった。

ぎゅっと手に力を込めて、歩き出す。

彼の心も、今だけでもいいから、

震えてしまっていてほしかった。

秋風が次々に通り抜ける隙間をただただ、感じていてほしい、と思った。

空を見上げた。

下を向いたらメイクが崩れちゃうから。

雲ひとつない晴天がうざったくて、諦めてそっと目を閉じた。

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秋風 落差 @rakusa

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