第4話 神崎伊織には幻想が必要だ


 私の目の前に、ずっと探していたソウくんがいる。

 

 私は高鳴る意識に耐え兼ねて、キスという行動を起こす。

 

 唇が重なる刹那、好きだという気持ちが込み上げる。

 

 大好きで仕方ない。

 

 ああ、やっと触れられる。

 

 ーーーーーー。

 

 ■?■ずっと私のそばに霊体として見守ってくれたソウくん。■?■

 

 ■?■ここには器と魂があって、これでようやく私以外にも観測できる。■?■

 

 ーーーーー。

 

 何を言っているか、周りの人間は理解できないだろう。

 

 そうに決まっている。

 

 これは私の物語なのだ。

 

 私とソウくんによる運命の物語なのだ。

 

 ゆっくりと唇を離すと、ソウくんの唖然とした表情が視界に入る。

 

 だが、刹那。

 

 ■?■笑顔のソウくんがそこにはいて、私に微笑みかける。■?■

 

 ふふ、そうだね。ソウくんと私は赤い糸で結ばれている。

 

 まさか、私のことを忘れるなんてそんなことありえない。

 

 笑顔で私のキスを受け入れるに決まっている。

 

 ーーーーー。

 

 「お、おい?……どこかで会った感じか?」

 

 「うん!そうだね!ソウくん!」

 

 「え?……いや、突然キス……。困惑するというか、俺が忘れているならちゃんと思い出したいって言うか……」

 

 「うん、そうだね!ソウくん!好き!」

 

 「あ、あれ?俺の事見えてる?聞こえてる?」

 

 「無駄よ、やめなさい。その子にはあなたの幻が見えているのよ。」

 

 刹那、ソウくんの隣に見知らぬ女が現れる。

 

 いや、見知らぬは間違いか。

 

 人気モデル『しずく』。

 

 私をずっとストーキングしていた女だ。

 

 突如、私の視界はクリアになる。

 

 「……人気モデルに恨まれるようなことしましたか?」

 

 なんだろう、ソウくんの隣にあたかも普通に立つ姿に苛立ちが隠せない。

 

 「そんなに嫉妬しないで頂戴。貴方をつけていたことは、謝るわ。」

 

 「どういうこと?説明して、雫花さん。」

 

 「しずか……?まさか、本名?」

 

 ふつふつと私の中で嫉妬の炎が燃え盛る。

 

 「はあ、空気読んで。……姫路」

 

 「ま、まあまあ。ひとまずここ出ようぜ?落ち着いて話をしよう。ここじゃムードもクソもない。……な?イオリ?」

 

 「きゃ!下の名前!!!」

 

 私は大興奮して、赤面してみせる。

 

 ソウくんがなにやら、女に紙を渡されていたのが一瞬気になったが、よしとしよう。

 

 いまなら死ねるほどに嬉しい。

 

 ーーーーーー。

 

 「あなたの家に連れて行って」と藪から棒に、女に言われ案内することにした。

 

 家には誰もいない。

 

 私はソウくんがくるなら、と条件付けし案内することにした。

 

 後ろで二人がなにやら話しているが、表通りに出ると何も聞こえない。

 

 「で?あの子なんなんすか?」

 

 「想ちゃんが覚えていないのは無理もないよ。一番ゴタゴタしていた中学生の時に会ってるもの。」

 

 「ってことは当時あの子は小学生ぐらいってことか?」

 

 「そうなるね。今が高校生だからね。あの子の名前はさっき渡した紙の通りイオリ。『神崎伊織』よ。」

 

 「神崎!?」

 

 「しーっ。声が大きい。いくら外でうるさくてもカクテルパーティー効果で聞こえちゃう。」

 

 「こ、ごめん。....通りで似てるわけだ。」

 

 「ま、そういうことよ。」

 

 「何となく検討がつきました。『二人に会わせたくなくて、イオリをストーキングしたんですね』」

 

 「察しがよろしいこと。」

 

 「それで?俺との接点は?」

 

 「あなたが『俺』になった時に助けた女の子よ。覚えてないの?」

 

 「何年前だと思ってんだよ。覚えてないよ。」

 

 「それは彼女には言わない方が良さそうね。あなたに助けられてあなたと再会することだけを夢見て生きてきたんだから。」

 

 「俺が彼女にとってはそんなに大切な存在なのか?」

 

 「意外とそういうものなのよ。......自分は大したことないと思っていることも、人によっては大きな意味を持つ。......でも、それは彼女の想いよ。貴方はあなたなりの答えで彼女と向き合いなさい。」

 

 「ああ、そうするよ。ああいう風にストレートに純粋に想いを伝えられたのは初めてだから......。真剣に向き合わないといけない......そう、思ってる。」

 

 「ただ、厄介なのが、彼女には『イマジナリーフレンドのソウくん』がいるのよね。」

 

 「イマジナリーフレンド?」

 

 ーーーーーー。

 

 「......もうすぐ着きます。......あの、マンションです。」

 

 わたしは自宅を指差す。

 

 ここら辺では有名なタワーマンションだ。

 富裕層が住んでいる土地らしい。

 

 両親はなんの仕事をしているか知らないけど、お金は異常にある。

 

 私の事なんて構ってくれないけど、こうやって高級マンションをわたしに与えて満足しているのだ。

 

 「一人なのか?」

 

 「......はい。......変ですか?」

 

 「いや。俺ん家は母子家庭だから。そういうのあんまり偏見ない。.....ただ、なんか寂しそうだったから」

 

 「ありがとう......ソウくん」

 

 ソウくんは私を気遣うように話してくれる。

 

 やっぱり変わっていない。

 

 ■?■言葉は違えど霊体のソウくんと同じことを言ってくれる。■?■

 

 ■?■「オレはオレだろう?イオリ。だが、せっかくいい空気なのに、あの女邪魔だな」■?■

 

 「本当に......本当なら、2人っきりなのに」

 

 「悪かったわね。」

 

 「あ、いえ。ごめんなさい」

 

 「気持ちこもってないでしょ、それ」

 

 ■?■「でたよ。感情論。これだから、女は。」■?■

 

 「気持ちなんてストーカーさんには込める意味ありませんから。モデルだかなんだか知りませんけど、おじさんに襲われてるの黙って見ていつも着いてきて、なんなんですか!」

 

 私はなにかが切れたようにまくし立てる。

 

 霊体のソウくんの言葉が私の背中を押したのかもしれない。

 

 せっかくソウくんとめぐり逢えたのにこの女がずっと邪魔。

 

 「......それを今から話してくれるんだから、落ち着けよ、な?」

 

 気がつくと、目の前にソウくんがいて優しく微笑んでくる。

 

 「あ、れ。」

 

 「ん?どうした?」

 

 「あなたは、どっち?」

 

 「どっちって?」

 

 不思議そうな顔で見つめてくる想くん。

 

 わたしはソウくんに触れてみる。

 

 「あ、れ触れる......」

 

 「どこにも行かないよ。ほら、家案内してよ。」

 

 「あ、はい。」

 

 

 

 私は不思議な感覚に襲われながら、そのまま歩く。

 

 ーーーーーー。

 

 『いい加減、妄想なんてやめろよ』

 

 『もうそういう設定いいだろ』

 

 『俺はお前が好きなんだ、俺を見ろよ』

 

 『そんな触れられねえ男のどこがいいんだよ!?』

 

 『それは妄想だって言ってんだよ!』

 

 『お前、妄想ばっかしてて、キメーんだよ。なんであんたなんかが......』

 

 ーーーーーー。

 

 刹那。嫌な記憶が蘇った。目の前には家の扉。

 

 エントランスを抜けて、部屋の前にいるようだ。

 

 「......ソウくんも、私の事キモイですよね......とつぜんキスしちゃって、すみません。」

 

 「......まあ、びっくりしたけどさ。嫌ではなかったし、普通に嬉しかったよ?」

 

 「っ!」

 

 「色んなことあって疲れたよな。無事に家まで送れてよかったよ。今日は俺たち帰るからさ。また、後日会ってもいいか?」

 

 「......え?あ、はい。でも、何か用があったんじゃ......?」

 

 「今日は伊織と再会できただけで、満足だよ。ゆっくり、な?」

 

 「ま、また!......会えますか?」

 

 「会えるさ、いつでも。そうだ、連絡先交換しよーぜ?」

 

 「私もしていいかしら?」

 

  「......え?私なんかと......?」

 

 「伊織ちゃんと交換したいから言ってるのよ。......今日はごめんなさいね?感動の再会邪魔して」

 

 「い、いえ。私もなんか変なこと言ってしまって......」

 

 「約束して、あそこら辺は危ないの。......行くなら想ちゃんと二人でね」

 

 「は、はい!」

 

 なんだか張り詰めていた気持ちが落ち着く。

 

 

 

 二人は私が返事をすると、スマホに連絡先を登録してその場を後にする。

 

 ソウくんはにこやかに微笑んでくれた。

 

 ーーーーーー。

 

 ■?■

 

 「へえ。本物が現れたら俺が気持ち悪いって思っんたんだ?俺が君の妄想だって」

 

 「ちがっ!」

 

 自室に入るとソウくんが私に詰め寄る。

 

 Sっけのあるキャラは嫌いじゃない。

 

 でも、今日のこれは嫌だ。

 

 「やめ、てよ。そういうのは。」

 

 ばん!と音を立てて壁を叩くソウくん。

 

 とても不機嫌だ。

 

 「俺を消すつもり?ずっと君を守ってきたのに?俺じゃ、君を満足させられないから?......でもさ、あいつ君のことなんて覚えてなかったよ?君に本当に愛をくれるのかな?」

 

 「やめて」

 

 「お母さんやお父さん、それにあの二人みたいに君を捨てるんじゃないの?」

 

 「やめてっ!!!」

 

 私は大声でソウくんの声をかき消す。

 

 「へえ、全部肯定してくれる俺じゃなきゃ必要じゃないんだ?そんなんで、生きていけると思ってるの?あの男もどうせ、キミの理解者になんてなってくれない。君には俺しか居ないんだ!ずっと、味方でいてくれるのは俺だけなんだ!」

 

 「うるさい!うるさい!うるさい!......今はひとりにしてよ!!!」

 

 「......わかったよ、俺は当分姿を消すよ。......それでいいんだろ?せいぜいひとりで頑張るんだな。」

 

 「......一人なのは......わかってるよ」

 

 ■?■

 

 ーーーーーー。

 

 「あなたにはね、お兄ちゃんとお姉ちゃんがいるの。もうすぐよ、きっとみんなで家族になれるからね。わたしももっと帰って来れるようになるから」

 

 「おばさんは、私のお母さんなの?ママがお母さんじゃなかったの?」

 

 「いいえ。わたしが貴方を産んだのよ。ママは私の繋ぎをしていたのよ。......そうねえ、ママは普通の人より命が短い人だったから。」

 

 「パパは知ってるの?」

 

 「ええ、パパはママが死ぬってわかってひとりじゃ生きていけなくなったの。だから私が温もりと愛を教えたの。」

 

 小学生の高学年にもなれば、子供だましなんて通じない。

 

 何を言っているのかすぐにわかった。

 

 ママが闘病中にパパは浮気をした。そして、私を作ったのだ。

 

 いや、それ以前かもしれないが。

 

 どちらにせよ、私はおばさんの子供で、パパは浮気していたということ。

 

 よく覚えていないけど、そういうことだったと思う。

 

 今にして思えば、お兄ちゃんとお姉ちゃんというのはおばさんの子供の話だろう。

 

 それから1年。ようやく父親の浮気について納得出来たところで、おばさんが告げた。

 

 「ごめんね、お姉ちゃんとお兄ちゃんはあなたには興味無いみたい。」

 

 「え?......だって、家族になれるって......」

 

 「パパとね、私もね、しばらく海外行くことにしたの」

 

 「え?え?」

 

 「あなたはしっかりしてるから、きっと大丈夫。今やってる家事を1人分こなすだけでいいのよ?」

 

 「え?」

 

 「安心して?お金はあるから。お兄ちゃんが強情でね、私からはお金要らないって言うのよ。だから、貴方にあげるね?」

 

 「パパ......は?......ママは?」

 

 「ママは死んだじゃない。パパは荷造りよ?」

 

 「......そう、私は要らないって......ことか」

 

 それから一週間後、家は私一人になった。

 

 私は捨てられたのだ。

 

 ーーーーーー。

 

 小学校の下校中。

 

 私は俯きながら下校した。

 

 家に帰っても誰もいない。

 

 私を必要としてくれる人なんていない。

 

 学校にいてもどこか疎外感があった。

 

 周りのキラキラした普通の生活を恨めしく思っていた。

 

 どうして私だけ。

 

 どこにいても居場所がない。

 

 自分だけが空間から切り取られているような感覚。

 

 繰り返す日常に嫌気がした。

 

 外界からの刺激を極力少なくしたかった。

 

 家にいれば、自分だけの世界が構築される。

 

 誰とも関わらなくていい。

 

 だって、だれも助けてくれないんだから。

 

 だってわたしは一人なんだから。

 

 自然と私は家に引きこもるようになった。

 

 アニメやゲームをどれだけ楽しんだって誰も怒りはしない。

 

 きっと、こんなにゲームをやっていたら、不規則な生活をしていたら、怒られるんだろうな。

 

 お金は無尽蔵に支給されてくる。

 

 次第に私は自炊をやめて、コンビニでご飯を済ますようになった。

 

 段々と生活は不規則になっていく。


眠る、起きる、ゲームする、アニメ見る、ご飯食べる。

 

 そんな生活に馴染んでなにも感じなくなっていった。

 

 ごはんも随分、味を感じていない。

 

 誰もいない部屋。

  閑散としている。

 

 そんなある日だ。

 

 「お嬢ちゃん、いつもコンビニに来て家に帰るよね?学校は?親は?」

 

 「......なにも......。」

 

 ふと、コンビニから出ると常連客の中年に呼び止められた。

 

 久しぶりの会話だ。思うように声が出ていない気がする。

 

 ボサボサの髪の毛に穴の空いたジャージ。

 

 独特な体臭と膨れ上がったお肉。

 

 「ぼぼくもね。家で一人なんだ。家にゲーム沢山あるんだけど、来るかい?ひとりぼっちは寂しいだろう?僕なら、君に愛をあげられる。」

 

 「......ひと、り。......あい...。」

 

 よく分からない。暇だし、ついて行ってもいい気がした。

 

 「ほら、おいでよ。ほらほら!」

 

 男は興奮したように鼻息を荒くするとわたしの腕を引っ張る。

 

 どう見ても怪しい男。

 

 私は呆然とそのまま、連れていかれる。

 

 気がつくと人気のない公園に居た。

 

 あれ、なんでこんなところにいるのだろうか。自分で選択した結果なのに、何も考えていないせいで正常な判断ができない。

 

 「へ、へへへ。も、もう、いいかなあ?」

 

 男はニヤリと笑うとポケットからナイフを取り出す。

 

 「えへ、えへへへ。ずっと可愛いとおもってたんだあ!僕が幸せにしてあげるからねえ?」

 

 そこでようやく私はこの男が異常者であることに気がつく。

 

 「い、生きるの辛いよね?僕が殺してあげるからね?あは、あはははは!でもすぐには殺したくないなあ?や、やっぱり味見してもいいかなあ?あーでも!体解剖したら証拠残っちゃうなあ!」

 

 「い、いや!」

 

 私は息のような掠れた声を漏らす。怖い。

 

 こわい。

 

 だれか、助けて。

 

 私はそのまま足を震わせてその場に座り込んでしまう。

 

 怖くて身体がガタガタと震える。

 

 助けて欲しいと本心で思った時、少し笑えてきた。

 

 ここで死んでも酷い目にあっても。

 

 私を心配してくれる人なんていない。

 

 私のそばに居てくれる人なんていない。

 

 死んだような生活を送っていんだ。

 

 捨てられた私に価値なんて。

 

 それなら、いっそのこと。

 

 「俺の女に手を出すなあっ!!!」

 

 刹那、大きな声が公園に響き渡る。

 

 「ぬおっ!?」

 

 「はやく!こっち!立って!!!」

 

 男は股間を抑えながら倒れ込む。

 

 何が起きたのかわからないが、目の前に少年が現れてわたしをさらっていく。

 

 まるで、おとぎ話の王子様のように私をその場から連れていったのだ。

 

 ーーーーー。

 

 「ありがとうございます。た、助かりました」

 

 「バカ!あんな見るからに怪しいヤツについて行くな!危ないだろ!」

 

 「は、はい。ご、ごめんなさい」

 

 勢いよく怒られて気圧される。私は反射的に謝ってしまう。

 

 初めて人に怒られた。不真面目なわたしをなんだか認識してくれたような気がした。

 

 怒られているのに嫌な気がしないのは、この人が心配してくれていると伝わってくるからだろうか。

 

 「どうして、助けてくれたの?」

 

  「あ?だって、怖がってたろ?嫌がってたし」

 

 「それだけ?それだけで、私なんかのことを?」

 

 「私なんかって......ふつうだろ?」

 

 「そ、そうなんだ。......気をつけます。」

 

 「分かればよろしい。」

 

 少年は満足そうに笑う。素敵な笑顔がそこにはあった。

 

 はしゃいだように明るい笑顔。

 

 胸がドクンドクンと高鳴っている。走ったせいだろうか。

 

 それにしても、まさか私のことを心配してくれる人がいるなんて。

 

 助けてくれる人がいるなんて。

 

 その事実だけで救われた気がした。

 

 よく見ると少年はこの辺の学校の指定ジャージを身に纏っている。

 

 背丈も高い。

 

 中学生?年上だろうか。

 

 一緒に走って思ったが、かなり足も早い。

 

 私は肩で息を整えているのに対し、彼は平然としている。

 

 どこかの部活に入っているのだろうか。

 

 「さっきの『俺の女に手を出すな』って......?初対面......だよね?」

 

 「へ!?あ、いや?なんかさ、咄嗟にね。よくあるじゃん?アニメとかで」

 

 「あ、確かに」

 

 「だろ?ははは!(好きな子と間違えたなんていえねえよ。このコめちゃくちゃ似てんだもん!)」

 

 焦るように飲み物を口にする少年。横顔がとても綺麗で胸がドキドキしてしょうがない。

 

 あれ?なんだか体が火照る。

 

 この人なんかめちゃくちゃかっこいい。

 

 「......かっこいい。」

 

 私は不意に思った言葉がそのまま声に出てしまう。

 

 「あ、え?ぼ、俺が?」

 

 「うん、好き。」

 

 自分でも何を言っているのか分からなかったが、頭で考えている余裕はなかった。

 

 「は?」

 

 「キスしていい?」

 

 「はぁあああ!?だめに決まってんだろ!」

 

 「どうして?好きな人とするんでしょ?今ので、好きになっちゃった」

 

 「ばーか。子供が何言ってんだよ」

 

 額を男の子にパチンと指で弾かれる。

 

 「あっいた!」

 

 「そういうのは、大人になってから。ぼ、......こほん、俺もまだ子供だし?」

 

 「なら、大人になったらいいの?」

 

 「あのなあ、いいか?恋とか愛ってのは一時期の感情じゃない。......揺るがない心なんだ。だからな、また今度会った時まだ俺のことが好きならそいつは本物だ。」

 

 私の知らない話だ。男と女は直ぐにキスをして子供を作るものでは無いのか?

 

 「よく......わかんない。インマリみたいにキュンキュンするって言うこと?」

 

 「え?インマリってなに?」

 

 「知らないの?『IN HEART・Malice 』。愛を教えてくれる物語なんだって」

 

 「へえ〜!そんなのがあるのか!......よしわかった!また会った時にインマリ?を交えて『愛を教えてやんよ!』」

 

 「ほんと?私を一人にしない?」

 

 約束。初めてでは無い。約束は怖い。

 

 簡単に壊れるから。私を一人にするから。

 

 どうせこの人も私を置いていくのでは無いか。そんな不安な思いが一瞬過ぎる。

 

 「おまえ、なんか危なっかしいからなー!お前が不安なら、居てやるよ!俺はこの辺に住んでるし!いつでも会えるだろ!」

 

 「ふふ、変な人......」

 

 絶対なんてない。でもこの人の言葉は落ち着く。なんだか、本当に会えるって思ってしまうから。会えなくなくたって嘘じゃないって言える。

 

 不思議な人だと思った。

 

 理屈なんかじゃない。

 

 今思えば、これが恋なんだと思う。

 

 彼の言葉なら、無敵になったように信じられた。

 

 多分きっと、私の中で消えた希望が彼にはあって。

 

 それに託したくなったのかもしれない。

 

 「変?そうか?」

 

 「うん、変!」

 

 「え〜。あっ!そうだ!俺、ソウっていうんだ。お前は?」

 

 「イオリ......」

 

 「イオリ、ね。あっ!わり!部活戻らねーと!また、会おうな!」

 

 勢いの凄さと色んなことの衝撃によって連絡先の交換を忘れてしまった。

 

 だが、そんなことにも気づかないぐらいに盲目で。

 

 なんだか気持ちは晴れていた。

 

 

 ーーーーーー。

 

 帰っても私の心臓は高鳴ったままだった。

 

  ずっと、彼のことを考えて。

 

 なにも手につかなくて。

 

 これは一瞬のトキメキなんかじゃない。

 

 孤独な世界から私を連れ出してくれたんだ。

 

 わたしの止まった時間を動かしてくれたんだ。

 

 私の人生に生きる希望をくれたんだ。

 

 ソウくんにまた会いたい。

 

 もっと知りたい。

 

 好きになりたい。私の気持ちが本物って知って欲しい。

 

 伝えたい。触れたい。一緒にいたい。

 

 好きになって欲しい。

 

 どんな私も受け入れてくれる彼。

 

 彼にとっても私はそうなりたい。

 

 私はそう思うだけで、どんなことにも頑張ることが出来た。

 

  孤独な時間が、捨てられた時間が動き出したんだ。

 

 会いたくて会いたくて。

 

 もう、一人は嫌だよ。

 

 いつか私の傍にはソウくんの霊体が見えるようになっていた。

 

 きっと、待ちきれなくて私が作り上げたひと時の幻。

 

 そんなことは分かっている。それでも、私はもうひとりが辛いと寂しいと知ってしまったから。

 

 幻想のソウくんにすがるしかない。

 

 私が辛いことがあると彼は自我を持って私を癒してくれる。

 

 ソウくんのおかげで学校にも復帰出来た。

  それでも、ソウくんがいないと私はダメになっていた。

 

 変なことを口走る私は次第に人間関係で孤立して行った。

 

 次第にまた切り取られたような孤独感に苛まれて、私は本物のソウくんを探し始めたのだ。

 

 ーーーーーー。

 

 だけど、今はソウくんが二人。

 

 私は複雑な思いを胸に瞳を閉じたのであった。

 

 ソウくんは、私の妄想なんかじゃない。

 

 ずっと、私を支えてくれた人だ。

 

 今も触れられないだけで、怒って消えたじゃないか。

 

 やっぱり人間なんだよ。

 

 ソウくんと想くん。

 

 矛盾した思いを私はきっと内に秘めている。

 

 彼は妄想だ。

 

 昔のように気持ち悪いと言われる。

 

 想くんが現れたから消してもいいじゃないか。

 

 だめ、ソウくんは妄想なんかじゃない。

 

 私の大切な人。

 

 「っ!」

 

 グルグルと回り続ける思考。

 

 私は眠れずにその日を終えるのであった。

 

 運命の人との再会。

 

 彼はまた私を救ってくれるのだろうか。

 

 あの日ように。

 

 たすけて、ソウくん。

 

 私は神ではなく、ソウくんに祈りを捧げるのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る