第3話 姫路想は偽ることしか出来ない


 ずっと素直になれなかった。

 

 恥ずかしくて、素直に想いをいえなかった。

 

 友達だって、言い聞かせてきた。

 

 というより自分の想いを自覚していなかった。

 

 気がついたのは、目の前で初恋を見届けたからだろう。

 

 ずっと友達だった澄の目の前に降り立つ修司。

 

 誰かと誰の運命的な接触。

 

 ずっとそばにいた澄の乙女な顔を見た。

 

 女の子は少女から女性へ。

 

 過ぎていく日々の中で、真島澄は間違いなく恋をしていた。

 

 その時の俺の心にはよく分からない焦燥感が起きていた。

 

 ーーーーーー。

 

 「……シュッ!!」

 

 俺の放ったボールは綺麗に円を描く。

 

 ゴールへと放物線を描き、綺麗にシュッと音を立てて落ちる。

 

 ホイッスルの音が会場を沈黙させて、得点板へと視線を移す。

 

 80対83。

 

 俺のチームの勝ちのようだ。

 

 「……っ。ギリギリか。」

 

 息を整え挨拶を終える。

 

 チームメイトに思いっきり背中を叩かれて、意識が覚醒する。

 

 「なんだか、調子悪かったか?」

 

 「……悪い。」

 

 「気にすんな、結局まだお前だのみだってのがよく分かる試合になっちまった。謝るのは俺らだよ。」

 

 「気ぃつける。……連れが待ってるから帰っていいか?」

 

 「おう。……べっぴんさんの子だろ?ひと目でわかったよ。」

 

 「この埋め合わせはいつか。」

 

 「いいってことよ。俺は残って練習してく。近くに体育館あるみたいでな。」

 

 「……そうか、それはいいな。」

 

 「……だろ?今度付き合えよ?」

 

 「……ああ。ありがとうな。」

 

 ーーーーーーー。

 

 試合後の汗を拭いチームメイトと別れる。少し悪いことをした。

 

 いくら澄が来てくれているとはいえ、集中が途切れすぎた。

 

 頬を思いっきり叩き、気合いを入れ直す。

 

 「……相手に失礼だ。雑念は捨てないとな。」

 

 切り替えるように自分に言い聞かす。これが大会なら、監督にドヤされてる。

 

 練習試合でよかった。まだ誤魔化しが聞く。

 

 本戦で当たるチームだから出しすぎるなと言われていた。

 

 中々のギリギリ演出だ。

 

 皮肉だ。俺は練習でも手は抜かない。

 

 ……手遅れになって本気になっても遅いと知っているから。

 

 明日からはしっかりやろう。俺は澄が待つ公園へ向かった。

 

 ーーーーーーー。

 

 「……な、なにがあった?」

 

 「ん?遅いぞ。……待ってたらナンパされてさ。仕留めちゃった。」

 

 目的地の公園へ向かうと金髪の美少女五仁王立ちしていた。周りを見ると複数の男が横たわってるのが見える。

 

 俺は唖然とし、言葉をかけた。だが、真相を聞いた今も唖然としている。

 

 やっぱり強い。あの事件を思い出すな。

 

 「悪かったな。助けてやれなくて。」

 

 「いいよ。試合だったんだし。……見たよ。凄いじゃん。スリーポイントブザービート。狙いすぎて引くレベル。」

 

 「そりゃどうも。……恋人が見に来てくれてたからな。」

 

 「……修司も居ないのに設定守ってくれるんだ?」

 

 「こういうのは、普段からやってないとぼろが出んだよ。」

 

 「そういうモン?」

 「そーいうもん。ま、そろそろナンパ男たちに悪いし、場所変えよう」

 

 「まあ、そうね。」

 

 澄は我に返ったように俺の横に並ぶ。

 

 ごく自然の流れで俺の腕に抱きついて、豊満な胸を押し当てる。

 

 「……それ、毎回やらないとダメか?」

 

 俺はつい恥ずかしくなって、澄に聞いてみる。

 

 「だって、なんか落ち着くし?……イヤなの?」

 

 澄は至って平然と答える。どこまで本気なのだろうか。

 

 「……嫌ってわけじゃない。でも」

 

 「でも?」

 

 「そういうのは好きな男にやるもんだろ?」

 

 鼓動が高鳴る。俺が本命じゃないのぐらい分かっている。

  初めからこの関係は嘘でできているからだ。

 

 修司をおびき出すための餌。

 

 その材料のひとつなんだ。

 この関係は。

 

 「……私、想好きだよ?」

 

 「……なっ」

 

 俺は笑みが溢れるのを我慢した。

 

 きっと、俺は今耳まで赤くなっているだろう。

 

 こいつは何を言い出すんだ。

 

 「ホントだよ。きっと、修司がいなかったら、想みたいなやつを私は好きになってる。」

 

 「……やめろよ、そういうの。全然嬉しくねえから。」

 

 「……結構本気なんだけどな。ま、だから想がいいって思えるのかもね。」

 

 俺は照れを隠すためにまた嘘を重ねる。

 

 本当はめっちゃくちゃ嬉しいのに。

 

 俺の心は隠さないといけないから。

 

 じゃないと、君の傍にいれないから。

 

 そして、その言葉が、より一層俺の後悔を加速させるから。

 

 もう俺を未練でいっぱいにしないでくれ。

 

 ーーーーーーーー。

 

 アニメショップを一通り周り目的の品を購入し終える。

 

 目をキラキラとさせてはしゃぐ姿は昔と何も変わらない。

 

 『想くんになら気兼ねなくオタクの話できる!』

 

 『僕もだよ!澄ちゃんといるの楽しい!』

 

 過ぎる追憶。あの頃に戻ったみたいで、安心する。

 

 学校では見せない明るい笑顔にきっと惹かれていた。

 

  誰とでも一定の距離を取っていたから、澄とは気遣いがなくて楽しかった。

 

 「かあー!!ブレイド・ラインが10周年か!歳とったね〜!」

 

 「昔から好きだよな。ブレライ。」

 

 「とか言って〜!想も沢山買ってるじゃん?テンション上がって『インマリ』も買っちゃって。ブレライと同時期に出て結構人気だったよね」

 

 「カバンに収まるぐらいだよ。それに『IN HEART・Malice 』は今も人気だよ。」

 

 IN HEART・Malice。ブレライと同じタイミングで出てきた作品で、女性からの人気がとにかく高い。

 

 悪意を持って生まれてきた鬼の一族を、主人公の女の子が闇の力を恋に変えていく力で奮闘する物語。

 

 とにかくイケメン、美女が多くて愛を知らない鬼に愛を注いでいく過程がなんともキュンとする。

 

 カップリングも豊富で、男同士、女の子同士など、同人誌や二次創作でやるようなカップリングを公式が匂わせてくるのもまたいい。

 

 ブレライは澄の影響だったが、インマリは『何かのきっかけ』でハマった気がする。

 

 「バスケの道具かと思ったらグッズ用のカバンだもんなあ。……でも、やっぱオタ活するなら、想とだよね〜」

 

 「俺も楽しめたよ。雫花姉さんの言うデートにもなるわけだしな。」

 

 「そうね〜」

 

 白雪 雫花。俺と澄を付き合わせた張本人である。この辺りで名前を知らない人は居ないのではないか。超人気モデル『しずく』と言えば、彼女のことだ。全校生徒に告白されただとかそんな噂からテレビの取材が殺到。一気に事務所所属のモデルになった。

 

 出した恋愛本は直ぐに完売。恋愛マスターの異名を持っている。カリスマ級にモテるわけだ。

 

 世間の認識がしずくイコールモテると認識しているせいで、何を言ってもモテる。

 

 それぐらいメディアとの相性が抜群にいいのだ。

 

 そんな彼女から言われたモテるための秘訣を律儀に澄は守っているわけだ。

 

 まあ、素の澄で接しろというのは俺も賛成だ。

 

 そのためには再び接点を作る必要はあった。

 

 だが、だからといって付き合うとは思っていなかったが。

 

 修司はまんまと俺の誘いに乗ってきた。いい具合に嫉妬もしていた様子だ。

 

 さすが雫花さんだろう。的確に修司を理解している。

 

 そして、俺が澄を好きなことも。

 

 このチャンスをものにするか、結局友達なのか、ハッキリさせろと言われた気がした。

 

 ーーーーーー。

 

 「送ってくれてありがとう。……キスしてあげようか?」

 

 澄の家の目の前。

 

 一通り遊んだあと、彼女を家まで送った。

 

 彼女はまたもや小悪魔な表情で、俺を見上げる。

 

 どこまで本気なのやら。

 

 「からかうな。」

 

 俺は低い声色で言い放つと、澄の首元にキスをする。

 

 「ひやっ!?」

 

 「な?本気になられたら困るだろ?」

 

 「……う、うん。ごめん。」

 

 きっと、付き合ってる振りをしているからだろう。テンションを澄は間違える時がある。

 

 そういう時は俺が決まって、ギリギリを攻める。

 

 それは彼女に本当の気持ちを思い出させるためか、それとも俺のものにしようとしているのか分からない。

 

 だが、決まって澄は、顔を赤くして俯く。

 

  その顔があまりにも可愛くて、いまは、今だけは俺にしか見せない顔だって分かる。

 

 続けて意地悪したくなる気持ちが現れて、ハッとする。

  これじゃ、澄と変わらない。

 

 俺も澄も決まって今同じ人を頭に思い浮かべてしまっているからだ。

 

 そう、いやでも理解しているんだ。

 

 澄と付き合うべきなのは、修司で。澄が好きなのは修司なんだ。

 

 流して一時期の感情に身を任せても、きっと気持ちがいいのはそこまでだ。

 

 きっと俺は。

 

 ダメになる。

 

 「今日は試合見てくれてありがとうな。…また、学校で。」

 

 「う、うん。……またね。」

 

 変にしおらしくする澄。

 

 ……昔みたいだな。

 

 ーーーーーーー。

 

 頭がぼーっとする。

 

 澄の綺麗な首筋が忘れられない。

  鼓動が高鳴って仕方ない。

 

 俺は何をやっているんだ。

 

 憧れていたバスケチームに入って、大学も名門。

 

 美人な彼女持ち。

 

 それもずっと好きだった人。

 

 「……っ。」

 

 俺は反射的に歯を食いしばる。

 

 浮かれていた気持ちが突然沈んでいくのがわかった。

 

 すぐそばにいるのに、求めてきているのに、俺には手を出せない。

 

 こんな拷問があるだろうか。

 

 頭が働かないまま、俺はゲームセンターで適当に遊んだ。

 

 ーーーーーーー。

 

 「遅くなっちまったな。帰るか。」

 

 俺はゲームセンターを後にすると、人気の少なさに驚いた。

 

 「ちょっと遊びすぎたな。終電、まずいか?」

 

 突然現実に戻されたような気持ちで早る鼓動。

 

 勢いのまま、走り抜ける。

 

 「……やべっ、俺どこまできてんだ?……どこだよ、ここ!」

 

 我ながら呆れる。

 

 澄のことになるといつも調子が狂う。

  冷静になれ。

 

 澄を送ってから来たんだ。適当に歩き回ってたら帰れる。

 家の近所のはずだ。

 

 そもそも電車に乗って来てないじゃないか。

 

 何を焦っているんだ俺は。

 

 一度深呼吸をする。

 

 携帯の地図アプリを開き、指示に従いながら歩く。

 

 「……なんでこんなところにいるんだよ。」

 

 家とは真逆の方向に進んだ知らない場所だった。

 

 それはテンパるはずだ。

 

 どうすれば、大通りに出るのだろう。

 

 人通りが少なくて不安になる。

 

 「っ……。」

 

 本当はいつも、自分に勇気が持てなかった。

 

 こういう時、いつもの隠している俺が出てくる。

 

 当たり障りのない普通を目指して生きていた。

 

 誰かを本気で好きになるなんて思ってもいなかった。

 

 漠然と生きて、平穏に過ごす。

 

 周りと同じ。

 

 それで俺の気持ちは基本晴れる。

 

 いつも未知への恐怖があった。

 

 一般的でいい、普通が一番だと常に衝突を恐れて普通をめざした。

 

 俺は不安になる足取りで思考を巡らせる。

  こういう時はいつも、決まって素に戻ってしまう。

 

 僕はいつも周りが怖いんだ。

 

 怖いから強気な俺を演じる。

 

 そうすることで自分を保てるから。

 

 僕が俺になったのは、そうするしか無かったから。

 

 それまでの僕は強気になる必要なんてなかった。

 

 でもそんな現実は一気にひっくり返った。

 

 好きな女の子がクラスの男子たちに意地悪をされていた。

 

 それなのに僕は何も出来なかった。

 

 周りと衝突を恐れた結果だと思う。

 

 周りに合わせて楽をしてきた結果だと思う。

 

 目の前に現れた強気で自信に満ち溢れた修司に全部を奪われた。

 

 クラスの知名度。

 

 友達。

 

 好きな人の心。

 

 悔しさと共に憧れが生まれた。

 

 僕も強い自分でありたいと。

 

 だから僕は『ブレイド・ライン』に登場するキャラクターのように、自分のアバターを作って憑依させた。

 

 それが俺。

 

 もし、あの時強気になれていたら。

 

 もし勇気を出せていたなら。

 

 もし、好きだと素直に認められていたら。

  きっと全てが変わったから。

 

 ーーーーーー。

 

 「お嬢ちゃん、また会ったねえ。こないだはクソガキに邪魔されたけど今度は逃がさないからあ〜」

 

 裏路地。

 

 ここを抜ければ、明るい道に出るはずだ。

 

 しかし困った場面に遭遇したらしい。

 

 いやらしく女子高生にまとわりつくおじさんが視界に入る。

 

 舌からヨダレを垂らしながら、女子高生の頬を舐める。

 

 「や、やめて」

 

 震えながら小さな声を出す少女。

 

 「っ!!!!!」

 

 「がはっ!?」

 

 頭が真っ白になっていた。

 

 襲われている女の子が視界に入って、あの日の澄に見えて。

 

 

 自分の右手がひりついていることに時間差で気がつく。

 

 「俺の女に手を出すなあっ!!!」

 

 なんだ?俺は何を言ってる?

 

 男を殴り飛ばしても尚、俺の怒りは収まっていない。

 

 頭と体が別々だ。

 

 「ひ、ひえっ!?お、おじさん酔っ払っていただけなんだ!!ゆ、許してくれ!!!」

 

 「……次手を出してみろ、殺すぞ」

 

 「は、はひぃいいい!!!」

 

 関節を鳴らしながら近づくと男は慌てて逃げだした。

 

 「大丈夫か!?なんもされてねえか!?」

 

 俺は勢いのまま少女の肩をガシッと掴む。

 

 「お、覚えててくれたんですね!!」

 

 「……え?」

 

 だんだんと意識がはっきりしてくる。

 

 黒髪、色白、制服?

 

 高校生?

 

 いやまて、そもそも澄が男に襲われる?おかしくないか?

 

 その前に、さっき家まで送っただろう。

 

 俺はなにをーーーーー。

 

 刹那、俺の意識が戻るよりも早く少女の唇が俺のと重なる。

 

 「っ!?」

 

 「ソウくん、大好き……です。ずっと、会いたかった。あの日と同じだね。」

 

 俺はこの日ファーストキスを見知らぬ、女子高生に奪われたのであった。

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