第2話 光野修司は余裕がない


 「まじ、ギャル?」

 

 不意にこぼれた意味不明な言葉。

 

 原因は目の前の彼女『真島澄』にある。

 

 僕に告白してきたと思えば、たった数週間で彼氏が出来たと言う。

 

 それにその彼氏は僕の親友『姫路想』だという。

 

 どちらにしろこぼれたのは目の前の衝撃的な変化に対する言葉。

 

 色白、黒髪、清楚。絵に書いたような優等生少女は、見る影もない。

 

 ギャルだ。

 

 ギャルが目の前にいる。

 

 金髪、碧眼、焼けた肌。

 

 はだけた服。やけに露出度が高くて目のやり場に困る。

 

 遠ざけようと視線を逸らすも男としての本能で視線は釘付けだ。

 

 焼けてもなお綺麗だと感じさせる魅力的な素肌。暴力的なまでに大きく、豊満な胸。

 

 普段、肌を露出させていなかったから知らなかった。

 

 魅力的な体をしているなと、つい思ってしまう。

 

 いや、僕は何を考えているのだろうか。

 

 我に返った僕は話を進める。

 

 「あの、えっとどこから突っ込めばいい?」

 

 僕は情報過多により、考えることをやめて素直に言葉として昇華させる。

 

 「そのままだ。俺と澄は付き合った。そんだけだぞ?」

 

 「まあ……そうか。」

 

 改めて想に言われると不思議と納得する。

 

 だが、どこか胸がざわついて仕方ない。

 

 『私と付き合ってくれますか?』

 

 「っ……。」

 

 不意に頭に先日の告白が想起させられる。

 

 どうしようもなく、手遅れになってから思うものだ。

 

 僕と本当なら、付き合ってたはずなのに。

 

 勝手にものを取られたような喪失感が僕を襲う。

 

 バカか、僕は。

 

 頭をブンブンと振って、冷静になるように努力する。

 

 僕が澄を振ったんだ。付き合えないとそう思ったから。

 

 好きと付き合うには、大きな違いがあると思う。

 

 お互いに好きだったとしても付き合って行けるか、僕はそこに疑問が生まれてしまった。

 

 単純に自分に自信はない。それももちろんあるが、澄が好きな僕は僕であってそうじゃない気がした。

 

 外側だけを見られているような、そんな寂しい感じだ。

 

 そう思った時に同様に僕にも同じ感情が巻き起こった。

 

 僕はなにも澄のことを知らない。

 

 なんで、突然成績が上がり出して活発になったのか。

 

 なんで、突然『あの時』から見た目に気を遣うようになったのか。

 

 なぜ、『あの時』からお兄さんが僕を毛嫌いするようになったのか。

 

 どうして、想とは砕けて話すのか。

 

 なぜ、今目の前にギャルとして現れたのか。

 

 それすらも僕にはわからない。

 

 知らない彼女が生まれる度に彼女との距離を感じた。

 

 逆に分かりやすくて安心するのは想だ。

 

 昔から彼は澄のことを好いていた。

 

 最初の頃は二人の中に入りづらいところがあった。

 

 ボクは最初二人のことを応援していた。

 

 でも三人で過ごす時間が、僕の心を変えてしまった。

 

 僕は彼女のことを好きになって行った。

 

 友人への罪悪感と、自分への嫌悪。変わって離れていく澄への寂しい気持ち。

 

 そんな中で告白された。

 

 嬉しいという感情よりも先に、僕じゃそばにいれない。

 

 そう思った。

 

 たとえ両思いだったとしても、付き合うというのはしっくり来なかった。

 

 本性を見せてくれない感情に勝手に距離を感じ、自分の情けなさを知れるのが怖かった。

 

 そして、親友を裏切るような胸が締め付けられるものでいっぱいになった。

 

 誰かに言われなくたって分かってる。僕が勝手に思い込んでいることだ。結局は自信がなくて勇気がないだけ。

 

 大切な思い出を壊すぐらいなら、離れるのが一番だと思った。

 

 最初からボクが関わらなければ、良かった話なんだ。

 

 ボクが勝手に恋をして、勝手に輪を乱した。

 

 最低だ。

 

 

 

 ーーーーーーー。

 

 僕は一度過ぎる思考を放棄して進める。

 

 「きょうの大切な話ってそれで終わり?なら、邪魔したら悪いし帰るよ。」

 

 ボクは逃げるように立ち上がり、捨て台詞を吐く。

 

 1度この場から離れて思考を整理したい。

 

 「まってよ。そーいうのやめよーよ。」

 

 澄が上目遣いで僕を見あげ、袖を引っ張る。

 

 あの時の彼女を想起してしまう。

 

 あの時とは違って泣いていない。姿も随分と違う。

 

 だけれど、僕の胸は高鳴った。

 

 澄が僕にも砕けて話してきたからだ。いつもは敬語だった。

 

 タメ口になるだけでこんなに嬉しいものなのか?

 

 「付き合ったりしてもあたし達の関係は変わらない。……違うの?」

 

 「言ったでしょ?僕は大学も違う。君たちカップルの間に入る気は無い。」

 

 僕も意固地になっている。頭ではわかっていても、言葉が止まってくれない。

 

 本音を言うなら今は放っておいて欲しいんだと思う。

 

 「俺たちはそんなことのために話しに来たんじゃない。……お前が離れようとするから、こうして時間を作ったんだ。何が気に食わない?」

 

 「……別に。」

 

 言える訳がなかった。お前の彼女に告白されてボクも好きだけれどどうしていいか分からなくなった。なんて。意味がわからないだろう?

 

 「なら、いいだろ?」

 

 僕の考えがきっと分かっているのだろう。見透かしたように言う。

 

 こいつ、どこまで知ってやがる?

 

 「……はあ、わかったよ。」

 

 僕は観念したように席に着く。

 

 別に三人でいるのは嫌なわけじゃない。

 

 僕がひとりでおかしくなっているだけなのだ。

  そんなことは分かっている。

 

 もう、あの頃のようには戻れないと。

 

 僕が、僕の感情がそうさせてしまっている。

  それが酷く自己嫌悪を加速させる。

 

 切り替えて上手く付き合っていこう。

 

 二人は付き合ったんだ。

 

 これで、良かったんだ。

 

 ーーーーーー。

 

 「結局、修司はどこの学校に進学するの?」

 

 話が一段落したところで、注文していた料理が運び込まれる。

 

 僕はカルボナーラパスタ。

 

 澄はハンバーグセット。

 

 想はチキンの盛り合わせとサラダだ。

 

 思考が回り続けていたからかとんでもなく美味しく感じる。

 

 だんだん落ち着いてきた。

 

 そういえば、ファミレスに来ていたんだった。

 

 「大学は、青愛だよ。青葉愛野学園。」

 

 「春風と並ぶ名門じゃねえか。スポーツは弱いけど、文化系の部活が盛んだよな。」

 

 「そうだよ、文武両道がモットーの春風と頭良ければなんとかなるの青愛。」

 

 「なんで春風の指定校取らなかったんだ?」

 

 「二人が取ってるからだよ。成績優秀者の枠とスポーツの枠。」

 

 「「あっ」」

 

 二人とも同じように声を漏らす。全く天才と同じ時期に生まれたことを呪うよ。

 

 2人は元々そこまで成績のいいほうではなかったのに。

 

 一体何が二人を動かしたのだろう。

 

 余裕をかましていた小中、追い抜かれて届かなくなった高校。

 

 そして今じゃ別の舞台にいる。

 

 「二人が推薦で受かったって聞いて、僕も頑張ったけど。無理はするもんじゃないね。その勉強を大学でもやるって思ったら、きっと無理だったよ。2人がいてくれてそこに気がつけた。」

 

 「嫌味だなあ。どーせ俺は大学よりもチームでの練習ばっかだよ。」

 

 「どっちが嫌味だよ。入りたくても入れない人いるんだから寝ないで頑張って授業受けろよ?」

 

 「やなこったね。テストでいい点とってんだからいいだろ?」

 

 「また始まったよ。私知ってるからバラすけど、想いつも授業中寝てないのよ?」

 

 「え?」

 「は?」

 

 澄はメロンソーダを片手に優雅に答える。

 

 「寝てるふり。運動大変で寝てます。いつも一夜漬けで点数取れる天才……っていう演技でしょ?」

 

 「なあっ!?知ってたのか!?」

 「もち。」

 

 「え?なんでそんなこと?」

 

 「……別になんでもいいだろ。ただ、負けたくねーやつがいただけ。」

 

 「運動も勉強も出来る、想に?」

 

 「めっちゃ勉強して練習してるに決まってんだろ!」

 

 想の本気の勢いに気圧される。

 

 確かに想はパッとしないやつだったが、まさか自分で変わろうとして努力していた結果だったとは。

 

 でもなんで周囲に頑張りを見せなかったのだろう。

 

 そしてなぜ、頑張るようになったのだろう。

 

 「……鈍感なやつ」

 

 ボソッと想が何かを口にした気がしたが、僕の耳には届かなかった。

 

 ーーーーー。

 

 三人で外に出る。少しまだ肌寒いが、心地よい空気が体を包む。

 

 想はなにやら、電話が来たらしく遠くの方に消え視界には捉えられない。

 

 「それじゃ、今日はこの辺で。久しぶりにゆっくり話せて楽しかった。」

 

 僕はなんだか、すっきりした気持ちで言葉を吐きだす。

 

 「わたしも。また誘うね?逃げないでよ?」

 

 「あ、ああ。……それと前はすまなかった。」

 

 二人きりの最後の時間かもしれない。僕は濁しながらも謝罪した。ここでこの話を出すのはなんだか、卑怯だと思ったからだ。だれけど、言っておかないとモヤモヤして仕方ない。

 

 関係が前のようにならないにしてもあの時の僕は遠ざけるつもりで離しすぎたところがある。

 

 今日みたいに集まるのであれば、話しておく必要はあるだろう。

 

 「……ふふ。」

 

 ボクの謝罪を待ってました、というように聞き終えると微笑み背伸びをしてみせる。

 

 「えっ?」

 

 刹那、澄は僕の耳元へ近づくと小さく呟く。

 

 「私の事、諦めきれないんだ?取り返してみてよ、わたしのハート。」

 

 吐息混じりで妙に艶のあるように聞こえた。

 

 ボクの心臓は高鳴り続け、挑発されて意識が澄に持っていかれる。

 

 男としての本能が、この人をそばに置きたいと思わせる。

 

 『僕のモノにしたい、今なら間に合う、取り返せ』

 

 「っ!?」

 

 僕はむき出しになる本能を抑え、一歩下がる。

 

 今僕は何を考えた?

 

 取り返す、そんなことを考えなかったか?

 

 なんて最低な思考だ。仮にも親友の彼女だぞ?僕は今手を出そうとしたのか?

 

 自分ではふたりがお似合いだとか、応援したいと思いながら?

 

 クズじゃないか。僕は。

 

 「……どういう意味?澄は想の彼女でしょ?」

 

 自分への嫌悪感をそのまま怒りに昇華して、澄にぶつける。きっととてつもなく鋭い眼光を向けているだろう。

 

 「……そーだけど?」

 

 挑発的な上目遣い。手を出せるものなら出してみろと言われた気がした。

 

 僕はその表情の真意を少しだけ読み取れた気がした。以前見たネットの記事。

 

 『一度振った人のことは気になると言うし、相手がいるとなおのこと気持ちが高ぶる』という記事を読んだことがある。

 

 まさか、澄はそれを狙っているのか?

 

 人のものほど欲しくなる、手が届かないと求める。

 

 そういう心理現象らしい。

 

 また、告白されるとその人のことを意識してしまうとか。

 

 僕の場合は元々好きだから、効果はてきめんなんだろう。

 

  衝撃的な見た目と露出度の高い服で、草食系男子に男としての本能を芽生えさせる。

 

 そして、挑発的な言葉遣い。

 

 どんな男でも情欲がチラつくのではないか。

 

 「……想が待ってる。行きなよ。僕はずっと二人が付き合うべきだと思ってた。……行ってくれ。」

 

 「……あっそ?意気地無し。本当に想とこのまま付き合い続けてもいいんだ?」

 

 「どういう意味?」

 

 「……鈍感な修司には分からないよ。……またね。」

 

 遠くで想が手を振っている。

 

 そこに笑顔で駆け寄る澄。

 

 僕は喪失感と敗北感に苛まれる。

 

 拳を強く握りしめて思う。

 

 僕が選んだ結果だ。

 

 好きだったんだ。辛くなるのは仕方ない。だから離れたんだ。

 

 後悔はない。これで良かったはずだ。

 

 想なら安心して任せられる。澄を大切にしてくれる。

 

 澄も昔から想には素だった。

 

 僕と居たらきっと疲れていただろう。

 

 僕もきっとそうだ。取り繕って疲れていたさ。

 

 自然で普通に過ごせる人と一緒にいるのが正しい。

 

 ーーーーーー。

 

 「おぉ?jkがこんな道通ったら危ないよ?オジサンにからまれるからねえ。」

 

 裏路地。前髪を長く垂らすセミロングの女の子。

  黒髪で色白。春休みなのに制服に身を包み怯えている。

 

 目の前には昼間っから飲んでいたのか頬を赤らめる中年男。スーツを緩ませて女子に絡んでいる。

 

 ぼーっと歩いていたらこんなところに来てしまったのか。

 

 僕は虚ろな瞳で近づく。

 

 放っておくか?助けても良いが、中年の言う通りこんな時間に裏路地にいるのが悪い気がした。

 

 「……げ、限定アイテム……。」

 

 「んあ?」

 

 「……イベント」

 

 「んん?」

 

 女の子は頑張って言葉を絞り出すが、震えて言葉になっていない。

 

 この言動、というか既視感のある光景だ。

 

 『それはライトノベルって言って……』

 

 ああ、そうか。

 

 ボクは想起される記憶に納得する。

 

 手入れされていない前髪、きちっと着こなす制服。

 

 オタク気質な様子。

 

 不思議と目を引く素材の良さ。

 

 「似てるな。」

 

 「んあ?なんだあ?」

 

 「え?」

 

 「お兄さん、明日も仕事だろ?さっきのやり取り写真撮ったんだけれど、ネットに上げてもいいかな?」

 

 僕はスマホを取り出してライト機能を付け手元で揺らす。

 

 「んだと!?こらあ!クソガキがあ!!!」

 

 男は酩酊した様子で殴りかかって来る。

 

 僕は一歩右に避けて左足を斜め前方に出す。

 

 面白いように男は引っかかる。

 

 「あがっ!?」

 

 手は着いたようだが、思いっきり顔面を強打する。

 

 「じゃ、行こうか。」

 

 「えっ、あ、はい。」

 

 女の子は困惑した様子で、歩き出す。

 

 まだ震えていて上手く歩けていない。

 

 見かねて僕は手を引っ張る。

 

 「あっ!?」

 

 「なんもしないよ。表に出れば帰れる?」

 

 「あ、はい。……あり……がとう、ございます。」

 

 「別にいいよ。僕も気まぐれだ。気をつけなよ。あそこは危ない。」

 

 「……すみません。」

 

 「アニメのイベントだったんだろうけど。むしろ、そういうところは明るい場所にあるはず。……わざと入った?」

 

 「……はい。」

 

 「助けない方が良かった?」

 

 「いえ、このとおり震え止まらなくて。」

 

 「ならもうやめなよ。僕が助けた意味がなくなる。」

 

 「……無理……です。」

 

 「どうして?」

 

 「……私にはソウくんがいるから、大丈夫……です。」

 

 「ソウ?」

 

 「かっこよくてイケメンで、いつも私を助けてくれるんです。…今の所私にしか見えないんですけど、確かに存在してて。」

 

 アニメのキャラクターの話かなにかだろうか。さっきまで吃りながら話していたのにえらく饒舌だ。

 

 「ま、色々事情あるか。……よく分からないけど、頑張れ。」

 

 「はい!!!」

 

 女の子を表の人が賑わってるところにまで連れてきたところで話は終わった。

 

 笑顔で頭を下げて、顔を上げた時に前髪が上がり、表情が見える。

 

 昔の澄をそのまま成長させていたら、こうなっただろう。

 

 そんな純粋な顔立ちをしていた。

 

 なんだか、酷く澄と重ねてしまう子だったな。

 

 女の子は微笑みながら礼をすると、駅の方へと向かっていった。

 

 僕は不思議な想いに駆られながら、見送った。

 

 ーーーーー。

 

 「こんな時間に女の子と……ねえ?」

 

 後ろから声をかけられ、振り返ると見しった顔があった。

 

 「……お兄さん。」

 

 澄の兄、彩さんだ。あんまりお互いに仲は良くない。

 

 お互いに表情が曇っているのだろう。微妙な空気が流れる。

 

 「……だれのお兄さんだ?」

 

 「すみません。彩さん。」

 

 忘れていた。彩さんはお兄さんと呼ばれるのを嫌がる。

 

 あくまで、僕にだけだが。

 

 僕は謝罪をしつつ訂正した。

 

 「……ふん。澄を振ったのはあの子が原因か?」

 

 脈絡なく開始される会話。すこし僕も不機嫌になりながら返す。

 

 「違います。あの子はたまたま裏路地でオジサンに絡まれてて。」

 

 「ふーん。相変わらずたらしこんでる訳だ。」

 

 嫌な記憶が想起される。言いたいことは分かるが、何を言っても嫌味な人だ。

 

 「どういう意味ですか?」

 

 「忘れたか、お前のせいで澄が悪質なイジメを受けてたことを。」

 

 「忘れてませんよ。雇ってた男全員澄が返り討ちにしたじゃないですか。」

 

 「男は、な。女はそのあとも続けてたんだよ。」

 

 「だからって好きでもない人と付き合えば良かったですか?」

 

 「何を偉そうに。好きなやつに告白されて振るやつが言うセリフか?」

 

 「っ……」

 

 さすがに知っていたか。僕は唇を噛み締めて黙る。それを言われたらその通りだ。

 

 きっと普通の人とズレた考えなんだろう。

 

 でもだからといって今更過去を蒸し返されても困る。

 

 僕は受け入れた上で切り返す。

 

 「なんで、僕にいつも意地悪言うんでんすか。」

 

 「澄は俺にとってたった一人の家族だ。……泣かされたり虐められたりしたら怒るの当たり前だろ?」

 

 「……だから、振りました。僕じゃ、幸せに出来ないから。」

 

 「散々無自覚にたらしこんで、巻き込んで。惚れたら振る。……お前の上等なやり方だったな。……変わらねえなら、澄は諦めろ。」

 

 「諦めるもなにも、付き合ってるじゃないですか。」

 

 「付き合ってなかったら、付き合ったのか?別れたら?まだお前のこと好きだったら?……いつもお前は行動に一貫性がない。自分の信念すら貫けてない。中途半端で臆病だ。」

 

 言われた言葉がすべて図星なような気がした。苛立って僕は立ち去ることを選択した。

 

 お兄さんの怒る気持ちも分かる。だからこそ、放っていてくれ。

 

 「帰ります、なんなんですか。」

 

 僕の苛立ちを受けて、お兄さんはスッキリした様子を見せる。こないだ泣かせた腹いせだろうか。

 

 「俺はただ、澄に幸せになって欲しいだけだよ。……友達だろうが、恋人だろうが、あいつにはお前が必要だ。それを言いに来たのに苛立ちが先行した。……悪いな。いつも言いすぎたってこれでも反省するんだ。……妹のことになるとついカッとなってしまう。気をつけて、帰れよ。送っていこうか?」

 

 手のひらを返したように落ち着きを取り戻すお兄さん。澄のことを大切に思っているのが伝わる。良くも悪くもお節介な人だ。

 

 「DV彼氏ですか?」

 

 「……悪かったって。お前天然タラシだからつい警告しなきゃなって……」

 

 「無作為に優しくするのはやめましたよ。……大切な人が傷つくこともあったので。澄を泣かせたのは、すみません。僕も恋で前が見えなくなったんです。」

 

 お兄さんが素直に話してくれたことで、僕の苛立ちも解消される。

 

 いつもこうやって接してくれれば、衝突することは無いのだろう。

 

 お互いの気持ちを素直に理解できるからだ。

 

 「分かってるよ。……あいつのこと頼むな。」

 

 「はい……。」

 

 僕は歯切れの悪い返事をしてその場を後にする。

 

 ーーーーーーー。

 

 お兄さんの言葉はいつも胸に刺さる。

 

 『あの時』一番澄の家庭がごたこたしている時に、澄はイジメられた。

 

 最初は家庭環境への批判から。

 

 次にボクが連日告白を断っているのは澄が好きだからということ。

 

 悪い噂は加速して、イジメに発展した。

 

 『あの時』家のために一生懸命バイトをしていたお兄さんには酷く冷たい視線を向けられたのを覚えている。

 

 理由はどうあれ僕が原因の一端で僕はなにも出来なかった。

 

 スクールカースト上位の連中が、学校に行かなくなったガラの悪い連中を使ったことで警察沙汰にまで発展。

 

 僕はまた見てることしか出来なかった。

 

 僕の何もしない態度にきっとお兄さんは怒っていたのだろう。

 

 ただ、そばにいることすらボクは怯えて出来なかった。

 

 どんな事でも受け入れてきたそれまで。

 

 でもあの時は色んな事態が重なって僕は対処出来なかった。

 

 誰かを好きになるのも誰かに想いを寄せられるのも、イジメを目撃するのも、警察がやってくるのも、友達の家族に恨まれるのも全部が全部初めての経験だったから。

 

 「はぁ、はぁ。」

 

 僕は寝汗をたっぷりとかいて目を覚ます。

 

 まだ、時計は深夜を示していた。

 

 僕は額に手を当てて、ため息をつく。

 

 「明日から……学校か。」

 

 そんなことを考えながら、布団を被る。

 

 あの子、澄に似てたな。

 

 ……澄、ギャルになっても可愛かったな。

 

 本当に分からない。なんで、ギャルでとつぜん距離を詰めてきたんだろう。

 

 さっき思ったネットの記事、あれを本当に実践してたりしてな。

 

 なんて、そんなわけないか。

 

 僕は再び言い聞かせるように眠った。

 明日から新生活だ。

 

 自信がなくて天然タラシで、周囲の輪を乱してしまうらしい、僕。

 

 いい加減、自分を見つめ直す必要がある。

 

 いつも見てしまう『あの時』の悪夢と決別するために。

 

 せめて、自分の評価ぐらいは変えてみせる。

 そのためには、澄への想いをしっかりと蹴りをつけなければならない。

 

 向き合って、逃げずに、戦うんだ。

 

 自分の心と。

 

 僕はそう胸に誓った。

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