第5話 真島彩には妹がいる
俺には妹がいる。
とても可愛い妹だ。
見た目もさることながら、妹として最高に可愛い。
だが、釘を刺しておこう。
決して異性として見ている訳では無い、ということを理解して頂きたい。
守りたい、支えたい、純粋な気持ちから生まれる愛情だ。
俺のたった一人の家族。
家を捨てた母親。
母親のせいで、過労を患い亡くなった父親。
残された俺たち。
妹をなんとか幸せにしたい。
その想いで俺は頑張り続けた。
父親が残してくれた財産は妹の澄のために使った。
俺が必要なお金は自分で高校生の時から貯めた。
名門春風には特待生として入学し、貯めたお金をそこまで使用することなく学業に専念できた。
卒業後は一流企業に合格。
キャリアコンサルやゼミ・資格アドバイザーなど高い経験が求められる仕事だ。
学生時代にこなした多くのバイト経験、高い成績、利用した制度など若いうちから高学歴・人生経験から採用された。
年齢層も学生〜社会人と幅広い。
中々にやりがいのある仕事に就いたと思う。
在宅ワークがメインでほぼ出社しないのもメリットのひとつだ。電話対応やリモート面談で済む時代でありがたい。
資料を作ったり、経営している学生塾なんかにも顔を出さないといけない日もあるが。
基本的にはホワイト企業で、自分ペースで仕事を出来ている。
まだ働いて3年。どんどん経験を重ねて、さらに澄を楽にしてあげたい。
ーーーーーーー。
だが、最近一つ悩みがある。
澄は立派な大人になりつつある。
見た目はギャルになってしまったが、ちゃんと大学にも通っている。
失恋はしたようだが、いずれなんとかなるだろう。
修司というだらしない奴が相手なのが不安要素だが、俺が口出す訳にも行かない。
「……っ。」
いや、悩みはふたつだな。
大切な妹だ。あんな奴には任せられない。
ーーーーーー。
過去の事件を思い出す。
連絡が取れなくなった妹。大雨の日。
あれだけ胸騒ぎがした日はない。
ケロッと妹は「襲われたけど、全員返り討ちにしたよ」なんて行って帰ってきたのだが。
あの日の修司への苛立ちは半端なかった。
「お前がいて、なんで澄がこんなことになってるんだ!!!」
「わ、わかりません。僕には……なにが……」
「お前はなんで、こんなところに立ってる!!想はこの雨の中ずっと澄を探してるんだぞ!!!」
「っ!?……さ、探してきます……!」
オレは感情を爆発させて、修司を怒鳴りつける。
「……ちがう、すまん。お前はここにいろ。……学校での話を警察に伝えるんだ。……すまん、取り乱した。」
「は、はい。」
腑抜けた修司の顔。
2人で一緒に帰る約束をしていたらしい。
もちろん、修司と澄だ。
しかし、想の部活が終わっても澄は現れることは無かった。
その日は想も含めた3人でうちで集まる約束をしていた。
早めに部活を終えた想が先に家に来て澄と連絡が取れないことを知る。
連絡が取れないと知った想は青ざめた顔をして、澄を探しに行った。
それから数分後、澄と連絡が取れないと修司が家にやってきた。
そして俺は警察へと連絡したのだ。
ちょうど不安定な家庭環境のときだ。
家もゴタゴタしていて、父親も母親を忘れようとしているかのように仕事熱心だった。
家には帰宅した俺だけ。
記録的な大雨の日で、とてもじゃないが不安な気持ちが止まらなかった。
後に警察が家にやってきて学校周りの張り込みと家で俺と修司が事情聴取の最中に澄が警察と帰宅した。
複数の男に囲まれて襲われていたとのことらしい。
男は全員澄が倒したらしいが、その後虐めてきていた女子たちに嫌がらせをずっと受けていたらしい。
ようやく解放されて帰宅中大きな事故が起き通行止め。
遠回りをして学校に着くと、警察に見つかったらしい。
澄は襲われている最中の様子を動画にして撮影していたため、男たちは翌日逮捕された。
素行が悪くいくつか余罪もあり、簡単に捕まった。
女子生徒達も一度捕まったが、被害者である澄が怪我をしなかったために上手く逃げられた。
そのあともずっとイジメ続けられたと言う。
暴力が効かないと知った彼女たちは陰湿ないじめを始めた。
口にするのも腹立たしい。澄は辛い学生生活を過ごしただろう。
原因は家庭環境がきっかけ。
親が近寄るなと子供たちに言ったらしい。
どこまでも理不尽で気味の悪い大人たちだ。
世間体がそんなに大切なのか。
その後学園でも注目を浴びていた修司と仲良いこともあって、陰湿ないじめに発展したのだ。
ーーーーーーー。
「あの時、もし想が『事故』になんてあわなかったら。運命は変わっていたんだろうな。」
あの日起きた大きな事故。
それは、澄を探していた想が雨の中視界と足場が悪い中探した結果なのだ。
強く頭を打ち付けて、数分意識を失った。その衝撃のせいでその日の記憶が曖昧になってしまったと言う。
骨折もしていたため、長期入院。
イジメが一番強い時期、想は澄についてやれなかった。
もちろんイジメが悪化する可能性を考慮して、修司も暫くは近づかないように指示されていた。
学校を変えることを俺は提案したが、「絶対に嫌だ!私大丈夫だから!それに、おにい!最近バイトし過ぎだよ!……お父さんもいるんだから、そんなに無理しないで!」と逆に怒られてしまった。
実際三年後、父親は他界。
お金を貯めておいて正解ではあった。
ーーーーーーー。
いろいろ大変な思いを乗り越えて、澄は頑張ったんだ。
偏差値の高い高校に行き、生徒会長まで上り詰めて春風の推薦まで取った。
全部、『あいつ』に振り向いてもらうために。
それなのにアイツは、その想いを断った。
許せるはずはない。
お前が振ってしまったら、澄はなんのために虐められたんだ。
ーーーーーーー。
「1人になるといつもこれだな。」
俺はいい加減、ベッドから降りて私服に着替える。
「これだな。もうひとつの悩みは。」
スマホに送られてきた探偵からのメール。
添付されている画像を開くと、深く黒い帽子を被った女性が映り込んでいる。
もうひとつの悩み。
あの母親に虐げられたもう1人の妹のことだ。
ずっーと探していたもう1人の妹。
それが最近になって見つかった。
今なら助けられる。
ーーーーーー。
最後の母親とのやり取り。ずっと消えなかった罪悪感。
『あら、可哀想ね。向こうの家には妹がいたのに。……いらないって言うのかしら?』
『妹……?ど、どういうことだ!』
『教えないわ、じゃ、お金は払わないって言う方向で。』
『おい、おい!!!待てよ!!!』
ーーーーー。
この事があってからずっと俺はもう一人の妹を探し続けていた。きっと、あの母親に酷い目に合わされたはずだ。
そしてこの画像の女。妹の情報を収集している最中に見つけた妹をストーキングしている女。
帽子を深く被っていて誰かは特定できない。普通の人間ならな。
だが、俺には検討がついている。
この帽子をプレゼントした記憶がある。
せっかく妹を見つけたが、まさか知人がストーキングしているとは思わなかった。いろいろ話を聞く必要がある。
ピンポーン。
不意にインターフォンが鳴り、意識が戻ってくる。
どうやら、来客のようだ。
もちろん、俺が呼んだ。
そう、妹をストーキングしていた女だ。
「珍しいわね。あんたが呼ぶなんて。」
「ま、上がれよ。今日は澄もいない、久しぶりにゆっくり話そう。」
俺はドアを開けて来客である白雪雫花を招き入れる。
白のロングスカートに黒いインナー、デニムのジャケットとお気に入りの黒い帽子を被っている。
髪の毛は綺麗に方まで伸びストレートでよく手入れされている。
茶髪も綺麗に入っていて定期的に染めているのがよく分かる。
帽子を脱ぐと髪の毛をハーフアップにしており、大人びた女性という印象を持たせる。
ゆらりと片耳のピアスが揺れて素敵だ。
「紅茶とコーヒーどっちがいい?」
「コーヒー、アイスでお願いね。」
「あいよ。」
そう言うと思って準備していたコーヒーを注ぎ、氷をいくつか入れる。
ついでに自分の分も入れて、鼻に香りが抜けていく。
高い豆だけあって上品な香りだ。落ち着く。
「どうぞ。」
「……ありがと。んで、なにさ。」
コーヒーを一口口にすると、片目だけを開けて質問してくる。
こいつに隠し事なんてできるわけが無い。
「分かってるだろ?」
「そりゃあ、メンタルトレーナーやら、臨床心理やらやってますからね。人を分析したり考えたりするの好きなの。」
当然というように切り返してくる。本当に全てを見透かされた気分になるが、騙されては行けない。
こういう時は俺からもなにか情報を得ようとしている。
なぜ俺がストーキングに気がついたのかそれはこいつにもわから無いはずだ。そこがバレてしまうと、いいように使われるのが落ちだ。
お互いに欲しい情報は妹『神崎伊織』についてだ。
いくら探偵を雇ってもパーソナルな部分までは知る機会が無い。
戸籍謄本を見せて、兄妹であることを証明し探させるのに一苦労だった。
幸いだったのは伊織が父親との戸籍で登録されていた事だ。
向こうの父親が引き取ったはずだが、なぜかそのままになっていた。
あの人がやりそうなことではあるが。
子供に興味なんてない。形として残すことで、満足感が得られる変態なのだ。俺の母親はそういう人だ。
だが、なぜ雫花も探していたのかそれが分からない。
沈黙が続く。
お互いに知らないことが多い割に踏み込んでいることも多い。
躊躇いが生まれるのだ。
「なによ、話すんじゃなかったの?」
呆れたように雫花は言い放つ。
「あ、ああ。なんかな。踏み込めなかった。」
「なら、やめにしましょ」
言うと雫花はデニムジャケットを脱ぎ、俺の隣に座ってくる。
「ち、近いっての。」
「いいじゃない。」
「……。妹以外は無理だ。知ってるだろ?」
「……知ってる。」
「なら、離れてくれ」
「……そばに居たいの。いるだけ。何もしないから。」
「っ……。」
体が自然と硬直する。
女の子らしい体が押し付けられる。
ふわりと甘い匂いがしてきて、頭がクラクラする。
悶々とした感覚に陥り、自分の中の獣を認識する。
「普通のこと。男の子なら、普通だから。……ね?安心して?」
優しく耳元で囁かれる。
どくんと心臓が跳ねる。
自分の中の獣に不快感しか生まれない。
あの母親の不快な血。
自分にもそれが流れていると認識する。
吐き気が込上げる。
「20分……ね。まだまだね。」
ピッとストップウォッチを止める音が聞こえて我に返る。
「あら?変な動機付けしちゃったみたいね。」
不思議と体が落ち着きを取り戻す。
今日も耐えきったという満足感でいっぱいだ。
「……はあ。いい加減やめてくれよ。それ心臓に悪い。」
「私はあなたにくっつきたいのよ。直してもらわないと困る。」
「なんでくっつきたいんだよ。おかしいだろ。」
「はあ、言わせる気?……好きだからよ。」
「かっ!?」
驚きのあまり痰を詰まらせたような声が出る。
「あなたはまず自分のことを何とかしなさい。澄ももうだいぶ手がかからなくったでしょ?」
「……でも修司は……」
「それぐらいいい加減あの子たちに任せてもいいじゃない。大人になるのよ?」
「でも……。」
「でも、じゃないの。また病院行ってないでしょ?きちんと行きなさい。」
「行かなくても、もう平気だ。」
「女の子に近づかれただけで冷や汗ダダ漏れってどうなのよ。塾の女の子にもそうなわけ?」
「塾の子は年下だから……」
「ロリコンシスコン野郎め。」
「す、すまん。」
「それにしてもよ!全人類妹化計画でもするつもりなのかしら?」
「全人類……!そ、それは素晴らしいな!!!」
「バカ言わないの。」
「はい……」
「伊織ちゃんのことは任せなさい。」
「っ!なにか、知ってるんだよな!?教えてくれ!!」
「抱えすぎ。あなたとは面識ないんだから。自分のことを優先しなさい。」
「でも、伊織も俺の妹だ!助けてやりたい!!!」
「伊織はあなたがいなくてもここまで生きてきた。それが答えでしょ?」
「病院に行ってるだろ!なにか『アイツ』にされたんだろ!!!……ぐっ!?」
母親のことを強く意識してしまった。
おかげで呼吸が荒くなる。
「はぁ、ふぅ!はぁ、ふう!はぁはぁ!!!い、息!息が!!!」
バチン!
「っ!?」
刹那、思いっきりビンタされる。
どうして、という困惑が過呼吸を止めさせる。
「そんな風になるなら、教えてあげられない。分かるよね?」
「あ、ああ。すまない。」
ーーーーーー。
「コーヒーご馳走様。……せっかくふたりなのに、アンタ襲ってくれないから帰る。」
「……大人気モデルを襲えるわけないだろ」
「学生の頃の話でしょ?今はそんなでもないわ。」
「そーなのか?その辺の芸能人より綺麗だけどな」
「………えへへ。……あっ。……こほん。」
我慢したように顔を赤らめるとその後にこりと笑う。子供のような笑み。可愛らしいと思った。しかし直ぐに冷静な顔に戻る。
「え?今笑った?」
「気のせいだと思う。」
「あぁ、そうか?」
「……やっぱり、好き。」
「え」
「話せてよかった。またね。」
笑顔で雫花は家を後にした。
ーーーーー。
まだ消えない腕に残る温もり。鼻から抜けない甘い香り。可愛らしい笑顔。好きという言葉。
オレは無作為に手を伸ばす。
刹那。
母親の嫌味な顔が浮かぶ。
俺はそのまま床に崩れ落ちる。
「っ!はっ……くっうううう。」
涙が何度もこぼれる。
自然と拳に力が入る。
ーーーーーー。
「おにい!!!」
「はっ!!」
俺は飛び上がって起きる。どうやら、眠っていたらしい。
「大丈夫……?」
「ああ。疲れてるみたいだ。」
「無理しないでよ?」
「ああ、悪い。」
澄が心配そうな顔で見つめてくる。黒く染っていた心が落ち着く。
髪を染めたって、化粧を強くしたって、カラコンを入れたって。
澄は澄だ。
俺の大切な家族だ。
守らなきゃ行けない。
家族は俺が守らなければならない。
幸せにしなければならない。
そして、同じように辛い想いをしている家族がいる。
「もう、大丈夫だ。わりいな。」
オレは澄の頭を軽くなでる。
「も、もう!子供扱いしないで!」
恥ずかしがるように澄はブンブンと頭を振る。
可愛い。
なんという癒しだ。
俺はシスコン。
そうなのかもしれない。
だが、ひとまずはそれで、家族を守れている。
澄を守れている。
それでいいじゃないか。
そう言い聞かせた。
そしていつか、必ず。
伊織も救ってみせる。
いまなら、きっと。
お兄ちゃんとして迎えることができるから。
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