第3話

この平屋に持ってきたのは膨大な量の夏休みの宿題と、父から与えられたゲーム機が1つ、そして新作ゲームが1つだけ。

友人と遊ぶこともできず、ただそれだけで私はこの夏を過ごさなければいけないのだと、辿り着いた祖父母の家は町に引っ越した私には遊び方が分からないほど、娯楽に飢えていた。


宿題は朝イチである程度終わらせる。

それは真面目な母の性格に似ていたのかもしれない。

だがしかし、ゲームをやり過ぎるなといつも叱られていた私には、その夏の特別な新作ゲームは非常に魅力的であった。


祖父母の家に一台しかないテレビを、畑仕事をしている祖父母を尻目に独占するような自堕落な生活からスタートしていた。

そんな時、ふと気付くと近くの座布団にちょこんと座っている真っ黒の猫がいた。

なるほど、この家にもいつの間にか猫が住み着いたのか。

少し興味が湧き、それまで遊んでいたコントローラーを床に置き、ゆっくりその猫に近づいて行った。

引っ掻かれやしないだろうかと少しの心配と共に隣に座り、そろりとその背中一撫でだけしてみると、黒猫は一瞬ビクッと体を震わせると私の顔を驚いたように見上げたのたっだ。

それまで静かに目を閉じて座っていた猫が私の突然の行動に、大きく目を見開き金色の瞳でじぃっとこちらを伺うように視線をそらさずにいた。


「ごめんね、ビックリしたよね」


そっと私が謝罪の言葉をかけると、猫はもうどうでも良くなったのか大きな欠伸を一つして、ぐーんと伸びをしてから起き上がり、するりと私の体に自身の体を擦り付けると、何事も無かったかのように部屋から出て行ってしまった。

引っ掻かれると思ったけれど、そうか大丈夫だったのかと安心と部屋の中がまた静けさに包まれたような少しの寂しさがやってきた。

黒猫が通り過ぎる際に見えた尻尾が何故か2つにも3つにも見えたのは気のせいであっただろうか。

そんなことを思いながら再び私はゲームをするため、元の場所へと戻り何事も無かったかのようにお昼ご飯の準備のために戻る祖母を待ち続けた。


「葉月、ゲームばっかりしてないで少しは外に出た方が良いに。今日はまだ1度も外に出て行ってないら?」


畑仕事に切りが付いて戻ってきた祖母がガラガラと玄関の戸を引き、居間の方に見えたガラス戸越しの私の姿に思わずといった様子で声を掛けてきた。


「でも外って暑いだら?まだ行かなくて良いよ」


外に行っても1人で何をして遊べば良いのか、せめて友達がいてくれたら。そんな気持ちで祖母に反抗するように、でも反抗心を見られたく無い気持ちで幼稚な言い訳を伝え、


「そんなことより、黒猫飼い始めたんだね。さっきそこに座ってたよ。尻尾がたくさんあるように見えたけど可愛かったに」

撫でたら直ぐにどこかに行っちゃったけど、と「普通」が好きだった母の事を思い出し普通ではないかもしれない猫の話はしない方が良いだろうかと慌てて、付け足してみても祖母には私が話したことに何か心を動かされたのは確かだった。

祖母は見た事のないような、寂しそうな嬉しそうななんだか分からないような表情をした後、


「そうか、珍しいこともあるもんだね。怖がりな子だもんでおばあちゃんは最近会ってなかったけど、葉月の所には来てくれただね。それなら仲良くしときんよ。悪い子じゃないからね」


そう言うと、本来の目的を果たすため立ち止まっていた祖母は玄関を上がり昼食の準備を始めたのだった。

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