第2話

気付けばそこに住んでいた、と表現するのが正しいのかもしれない。


当たり前のようにその家に住んでおり、いつからそこにいたのか振り返っても思い出せないほど何年も前からその家にいた。


愛知県豊橋市嵩山町、それが私の最初に認識した自分の居場所であった。


そこは豊橋の中でもかなりの田舎で、子供達の遊び場と言えば、野を駆け山を駆け川を泳ぐようなそんな田舎を表すような場所であり、街のように遊びに行く場所はなかったが、全てが遊び場のような、子供たちにとっても非常に魅力的な場所ではあった。




だがしかし、母にとってはそんな田舎は非常に生き辛い場所であったらしい。


振り返れば閉鎖的な環境の片田舎は、買い物には車が必須であり、目の前に住んでいた家族たちは母の最も苦手とするグレた子供たちが屯する類の家庭であり、近所には頑固なおばさんが住んでおり、会う度にいつも私も怒鳴られていたのを今でも思い出せるほどだ。


唯の田舎ならまだ良かったのだろうが、母にとっては少しずつの積み重ねで、ある日全てを投げ出したくなったのだろう。


父を説得仕切れないまま、豊橋の中でもせめてもう少し便利な場所に住みたいと願い、1人孤独に引越し先を探し出し、そうしてやっと家族でド田舎から抜け出したものの、母はその約1年後に呆気なく亡くなった。




そうして父と私だけで暮らし始めた最初の夏休みがやってきた小学校6年生の時、母の思う「何もない場所」よりも更に何も無い、設楽町のとある山奥に父の頼みにより一時的に留守番をさせられたのである。




「お帰りなさい」




帰省する度にそれが祖父母の毎回の挨拶であったが、私には何故おかえりなのかが全く分からなかった時がある。


今思えば田舎から町へと出て行った父に対するものなのかもしれないが、なんだかそれがくすぐったく、そして違和感のような気持ちにもさせていた。


私の家は父と母がいるあの家だ、あの家だけが「お帰り」と「ただいま」を言える唯一の場所、そんな確固たる意識もあったのだろう。




「お邪魔します」




どうしてもその返事でしか言えず、その時もまた同じやり取りをしてから、祖父母と私の生活が始まった。

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