祖母と私の秘密の夏休み

紅福達磨

第1話

「最期に見た夏の色はどんな色だったでしょう」


そう司会の人が言葉を淡々と紡いでいるのを聞くと、ああ、本当にこれでお別れなんだと爪先からその実感がジワジワと大きくなっていく。


お経が静かに葬式場の中に響く中、黙々と参列者たちはお香をあげていく。


私の出番になった時、写真が苦手だった祖母の不器用な表情の写真と目が合い、ふと思い出したことがあった。


小学校6年生の夏休みにひと月ほど、祖父母の家で暮らしていたことがあるな、と。


どうして今更思い出したんだろう。あれは夢だったんだろうか、それとも実際にあった出来事なのだろうか。


分かっていることがあるとすれば、既に20年も前のあの日々のことを確かめる術を失ってしまったということだけだった。




「朝早くからごめんなさい。おばあちゃんが今朝、亡くなりました」




その簡潔な文字と共に朝の6時頃、父からメールが届いていたのを見たのはまだウトウトとしている頃、目覚ましのアラームが鳴るわけでもないのに、なんとなく目が覚めて時間を確認したその時、通知が届いたのだった。


薄情な私は「あ、そうなんだ」とポロリと口から言葉が零れ落ちただけで、その日も淡々と仕事へ向かう準備を始めていた。


確か余命1年じゃなかったっけ、ひと月前にあった時は病気だというのも分からないくらい元気だったよね。


そうか、おばあちゃん死んじゃったんだ。あれが最後だったんだ。そうか、最期だったんだ。




大学を卒業して数年後には結婚をし、今では一人娘も生まれている私にとっては田舎からの連絡よりも自分自身の生活に必死だった。


そんな時の一通の連絡で心を惑わされては仕事に支障が出てしまう。こんな遠くに住んでいては何もできない。


一旦は父からの連絡を待とう。


そう思い、主人や娘には簡単に説明するとそのまま会社へと向かっていった。


職場に到着してしばらくすると父からの連絡があり、そのまま職場では淡々と特別休暇を取得して今日のためにこうして帰省したのだった。




棺桶に花をそっと人々が入れ始めても私は席から動けずにただ、椅子に張り付いたように動けなかった。


祖父が寂しそうにゆっくりと祖母が眠る棺桶に花を1本1本入れていくのが見えた。


父が悲しそうに花を黙々と入れていくのが見えた。


叔母が泣きじゃくりながら棺桶にしがみ付いているのが見えた。


それでも私は、ここからどうしても動けなかった。これが終われば祖母は二度とその姿に戻れないことを知っていたから。


嗚呼、母と同じだ。これが終われば火葬をされて二度と触れることができない所に逝ってしまう。




「最後なんだから、しゃんとしなさい!」




そんな私の様子をじれったく思ったのか静かに、でもハッキリとした声が背後から聞こえた瞬間、私はびくっとして後ろを振り返り、そして立ち上がった。

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