第4話

ポーン ポーンと軽快な音が外から聞こえるようになったのはいつの頃からだろうか。

気付けば一定期間、その音が近づいたり遠のいたりしながらも聞こえてきていた。

私は知っている、これはボールの跳ねる音だ。

引っ越す前までは何年も遊んでいたのだ、忘れるはずが無い。

その日も当たり前のように遊んでいたゲームを一度中断し、立ち上がった私は夏の日差しが目に染みる中、玄関を出てその音の出所を探すことにした。

平屋が建てられている石垣のその下には曲がりくねった道が延々とあり、その道路に挟まれるように畑が一面に広がっている。

どこまでが祖父母の家になるのかと思うほど広大な畑が段々畑の様に立ち並ぶ中、平屋の真下に繋がる道に1人ボールで遊んでいる子供がいるのを見つけた。

集落に住んでいる人たちは皆優しかったが、如何せん高齢であった。歳の近い子の方がやはり話していても楽しく感じる年頃でもあったのであろう。


「ねえ、ウチも一緒に遊んで良い?」


思わずっといった風に、大声で話しかけてしまっていた。その子供はゆっくりと顔を上げこちらの存在を見つけるとニッコリと笑い大きく頷いたのだった。


「今そっちに行くでね!ちょっと待っとってね!」


急いで傍に駆け寄ると、彼女は器用に柄の付いた真っ赤な振袖を着ながらも、蹴ったり手で跳ねさせながら軽快にボールを跳ねさせている。

上から見た時も思ったが、彼女はとても可愛らしい容姿をしていた。

色白で真っ黒なストレートヘアのその女の子は足元は草履を履いているようだ。


「どうぞ。使ってみて」


女の子は鈴が鳴るような声で遊んでいたボールを私に手渡すと、そっと1歩下がって私がボールを扱うのを見守る体制を整えたようだ。


「ありがとう!」


一緒に遊べる、その嬉しさと久方ぶりのボール遊びにワクワクした気持ちがこみあげていく。ポーン ポーンと手でボールを5回ほど跳ねさせ


「あんたがたどこさ ひごさ ひごどこさ」


歌いながらボールを足に何度も潜らせては跳ねさせた。その間に女の子は嬉しそうに手拍子をしてくれているのがまた私の心を擽った。

それから何度も交互に同じ様に遊び、気付けばボールの蹴り合いをしては追いかけっこをし、手を繋いで走り回る。

そんな過ごし方をしていた。

次第に空がオレンジ色に切り替わっていく時間になり、祖父母たちが畑仕事を終わらせて畑から戻ってくるのが見えた頃、唐突に遊びの時間が終わってしまった。


「私、そろそろ戻らなきゃ」


彼女はそう、悲しそうにポツリと呟いた。


「ウチ、今あの家に遊びに来てるんだ。暫くいるからまた一緒に遊ぼうよ」


新しくできた田舎の友人を手放したくない、そんな思いからすぐさま私は帰ろうとする彼女に声を掛けた。


「・・・良いの・・・?」


彼女はそっと願うように私に尋ねたのだった。


「うん!だからまたね!」


祖母の呼ぶ声が段々近くなってきた頃、彼女は「うん!」と大きく頷き私に背を向けて祖父母の平屋とは反対側にゆっくりと歩いて行った。

私はその後姿を少しの間見つめると、祖父母の方へと駆けていった。

祖父母にその日の出来事を話しながらの帰り道、2人は顔を見合わせてそっと微笑んでいたのが目に焼き付いた。

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