第35話

 プルルルル……プルルルル……。

 「ん……?」

 電話の呼び出し音で目が覚めてしまった。壁に掛けられた、本来の役割を半分くらいしか果たしていない芸術品みたいな時計を見つめた。時間は分からないが、カーテンの隙間から漏れ出る光は暖かい白色だった。もう朝らしい。ふかふか

の高級ベッドで、ついつい寝すぎてしまったみたいだ。

 スマホに手を伸ばすと、液晶に映った名前を見て脳も起きた。

 「……ヒカリ……」

 通話に出ることを躊躇していたら電話が鳴り止んでしまった。

 「今日はピーちゃんの仕事が再開する日だって」

 隣で寝ていたキラが声をかけてきた。

 「……そう」

 「ミカゲは相変わらず朝が弱いね」

 「うん……あんま眠れないから……」

 キラは「ピーちゃんだけど」と身を起こしてカーテンを開けた。陽光が顔面を焼いたから、私はもそもそと起き出した。

 「もうすっかり回復しているみたいだよ。昨日、ミカゲが来るまでに電話で話したの」

 「……それはよかった」

 「本当はミカゲに会いたいけれど、休まなきゃいけないからって我慢していたみたいだよ。真面目だね」

 私はそれに対して、何をどう言えばいいのか分からなかった。ヒカリの事故が起こった遠因が自分であることを隠したまま接することができるほど、私は器用ではない。

 「会いたいとか……アイドルの自覚が無いな。ヒカリは」

 私はシーツに包まりながらぼそぼそ呟く。

 「私はただのファンなのに……」

 「ピーちゃんの先生なんでしょ?」

 「教えることなんて何も無いよ。ヒカリは説得力を手に入れた。もうヒカリが歌うことに価値がある。どの口が何言うかが肝心なんだ。キラも同じだよ。私なんかがいなくったって……」

 キラの手が私の胴体に伸びて、背後から抱きしめられた。見上げると、目が合った。寝起きのハズなのに顔が完成していた。目ヤニ一つない美しい顔だ。

 「ワタシはミカゲを必要だと思って傍に置いている。ミカゲはそんなワタシの決定に逆らうの?」

 「そ、そんなつもりないよ」

 「じゃあ、もう口を閉じなさい」

 言われた通りにした。キラの命令は絶対だ。私はキラのものなのだから。「さてと」とキラは布団を捲った。

 「もう起きよう。ミカゲには、まだまだ曲を作ってもらわなきゃいけない。それに今日は一つ大きな仕事がある」

 「分かった」

 「いい子。偉いね」

 キラに頭を撫でられ、額にキスをされ、手を繋いで一緒にベッドから出た。

 「ねぇ、ミカゲ」

 「なに?」

 二人でシャワーを浴びていると、キラが私に抱き着いて、肩に顎を乗せてきた。滑らかな肌が艶やかな質感を伝えてきて、イケないことをしている気がした。

 「良いことを思いついた」

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