第四章

第23話

 「九段フォーセブンに提供する? どうして?」

 「……ふぁ、ファンだから、です」

 「そんな話、聞いたことないけど」

 「イチイチそういうの言わなきゃいけないんすか?」

 覚悟を決めた翌日、私とアスカさんはドトールで打ち合わせをしていた。一年前まで二人だけの会議を頻繁にしていた会社に近いドトールだ。

 今日の会議の内容はもちろん、私の新曲について、だ。

 「ヨダカ名義で曲を出すってだけなら、別に私が歌わなくてもいいんですよね?」

 「まぁ、そうだけど……提供する、って簡単なことじゃないから。特に九段フォーセブンはコンペ形式で……」

 「知ってます。選ばれるような曲を書きます」

 「それはあなたの問題で責任はウチに無いから」

 「分かってますよ。噛みついたりしませんって」

 アスカさんは「そう」と無表情のまま髪を耳にかけた。どうやら『ヨダカ名義の曲を出す』ことと『コンペに選ばれて曲を出す』ことは両立するらしい。そこが懸念点だった。

 アスカさんの説明によると、私が所属レーベルがあるレコード会社と九段フォーセブンのレーベルは同じ会社なので、無茶も通そうと思えば通るようだ。

 「曲が選ばれなかった場合あなたに歌ってもらうから。別の歌手に歌わせろ、なんて我儘はもう聞けないよ」

 「分かってます」

 私の決意が固いことを悟ったのか、アスカさんは短く息を吐くと、スマホを取り出した。スケジュールを確認しているようだ。

 「次のコンペの締め切りは……もう終わってるな」

 「えっ!?」

 「ちょっと待ってて」

 アスカさんはどこかへ電話をかけ、会話を始めた。私は数分の間ドキドキしながら待っていると、通話が終わった。

 「応募できた。横入りを許されるなんて流石ヨダカ。ぜひ送ってください、楽しみにしてます、って。締め切りは二週間後」

 恐怖から解放されて、どっと汗が噴き出た。

 「はぁ……よかったぁ……」

 「今回はラッキーだったけど、そんなスケジュール感覚でどうするつもりだったの? もう少し考えて行動しなさい」

 「う……ご、ごめんなさい」

 言葉が逐一キツいけれど、アスカさんはこう見えてバリバリに仕事ができる人だ。私以外にもいくつもアーティストを担当し、ほとんどを成功に導いている。例外は私くらいだ。

 「それで、あの、もしコンペに通ったらの話なんですけど」

 「成功してもいないのに次のことを考えるなんて、そんなに余裕があるの?」

 私は言い返したい衝動をぐっとこらえて椅子に座り直す。今さっき横入りできたことといい、無茶を言っているのは私なんだ。バカになったつもりで頼むしかない。

 「このアイドルに歌ってほしい、って要望したら、叶えてくれるんですかね」

 「それはセンターを指名するということ?」

 「はい」

 「それがあなたの推しのアイドルってわけ?」

 「そうです」

 アスカさんは考え込むように視線を伏せた。

 「分からない。コンペで選ばれた楽曲がどう使われるかは向こう、あなたの嫌いな『大人』次第だから。一応、願望を伝えることはできるだろうけど……」

 問い質すような視線を向けられる。

 「あなたが『大人』の側に立つのなら、あるいは、ね」

 「分かりました。それが分かれば充分です」

 私はミルク入りコーヒーを一気飲みすると、席から立ち上がった。

 「早速始めます。三日毎に生存報告すればいいですか?」

 「そうして。締め切りだけは守ってね」

 「了解です。じゃあ、二週間後に。アスカさんも、ありがとうございます」

 やる気がみなぎっている。全てを『大人』が決めるという現実は、私にはどうしようもない。変えられることなんて何もない。だから、私が変えられる側に行くしかない。私の唯一の武器を使って抗ってやる。

 アスカさんに手伝ってもらうということは、私が個人的にヒカリに曲を送るのではなくコネを使ってヒカリを売れさせるということだ。真帆路キラのように、純粋な実力だけではなく自分たちの都合でヒカリを動かすということだ。

 それに罪悪感を覚えないわけではない。でも私はいくらでも汚れていい。ヒカリがあんな汚れた『大人』たちに人生を蝕まれるより、よっぽどいい。

 今に見てろよ。ヒカリはもっとすごいんだ。私たちは、ただじゃ転ばない。

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