第22話

 「もうっ、ヨダカさん! どこ行ってたんですか!」

 「ヒカリぃ!」

 「きゃっ」

 人がほとんどいなくなったエントランスに向かうと、ヒカリが不安そうな顔をしながら私待っていた。私は彼女を見つけると安心して、次の瞬間には抱き着いていた。

 「ど、ど、どうしたんですか!? だ、ダメですよ、ヨダカさん! わたしはアイドルだから、その、こういうのは困るっていうか、いや困らないけど困るっていうか!」

 「怖かったよぉ。あー、ヒカリは安心するなぁ。お日さまみたいだ……変な圧が無くて温かい……」

 「変な圧? なんの話です?」

 「い、いや! こっちの話……」

 いけない。安心して、つい変なことまで口走りそうになってしまった。あのトイレの盗み聞きとキラとの会話は墓場まで持って行かなくては。

 「ううん? ヒカリはやっぱりアイドルだなって。ヒカリといると元気が出るわ」

 「えー? もー。嬉しいこと言ってくれるんだからぁ」

 でへへ、とヒカリがだらしない顔で髪を指でくるくる弄った。私はヒカリの手を取って劇場から出た。

 「舞台を観たらお腹すいちゃった。どっか食べに行く?」

 「奢りですかっ?」

 「んなわけないでしょ、奢るのはご褒美の時だけ」

 「ええー、けちんぼー」

 「はいはい。なに食べたい?」

 「お肉!」

 「育ち盛りだねぇ」

 夜の渋谷は危ないから、私がヒカリを守らなければ。

 芸能界は怖いから、私がヒカリを守らなければ。

 私はもう腹をくくった。何かを手に入れるには、何かを差し出さなければならないと分かったから。

 ヒカリと別れ、私は夜道で電話をかけた。掃除されてピカピカになった我が家に置いてあったメモに書かれた番号だ。

 その番号の主は、スリーコールで出てくれた。

 『もしもし? ヨダカ?』

 「アスカさん。ごめんなさい、急に電話かけちゃって」

 『……もう二度と、声を聴くことはないと思ってた』

 「私もすると思ってませんでした。今までの生意気言ったこと全部謝るので、どうか、お願いを聞いてほしいんです」

 緊張で手汗が滲んだ。電話の向こうから、ふ、と短く息が吐かれる音が聞こえた。

 『謝られても困るから、要件を言ってくれる?』

 「曲を出すので手伝ってください」

 通話越しに息を飲む音が聞こえた。私はついに未練を捨てる覚悟を決めた。

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