第19話

 「良かったですね。すごい熱量でした」

 「……だね」

 私たちはエントランスのベンチに座って何をするわけでもなく、ただただぼうっと呆けていた。帰りたくないな、もっと余韻に浸っていたい……そう思わせてくれる本当に良い舞台だった。

 「キラちゃんってやっぱりすごいなぁ」

 視線をどこか遠くへ投げかけながら、ヒカリはぽろりと呟いた。自分を詰るような口調だった。

 「自分の何がいけなくて落ちたのか勉強したいとか言ってたじゃないですか、わたし。でも、あんなの見せられちゃ何も言えないですよね。完敗って感じですよ」

 「そんなことない。ヒカリだって────」

 ヒカリは何も言わず、緩慢な動きで首を横に振る。

 「ありがとうございます。でも、しょうがないですよ。わたしが足りなかったってだけですから」

 しょうがない。たしかに、そう見えるのかもしれない。

 真帆路キラの演技力と歌唱力は凄まじいものだった。しかし、短い間だったけれど歌の世界に身を置いていた私にとっては『普通に上手い』程度でしかない。もっと上手な人は山ほどいる。キラの気迫や熱量で強引に感動させられた。そう

いう意味でキラには才能があるのかもしれない。

 だからヒカリも負けてはいない。少なくとも演技力と歌唱力において、キラとの差は無い。感情の圧で押しつぶしてくるキラと異なり、自分の気持ちを感応させる力を持つヒカリも確かに特別だ。

 それを言うべきか迷った。ヒカリが傷ついているのは火を見るよりも明らかだ。そんな彼女に慰めの言葉を吐いたところで、劣等感へ薪をくべてしまうことも明らかだった。

 言葉は自分がどう思うかではない。相手がどうやって受け取るかだ。

 「わたし、ずるいですね」

 ヒカリは苦笑した。少し鼻が赤かった。

 「キラちゃんの舞台を────わたしが不合格だった舞台を見たら落ち込むって分かってたんですよ。だからヨダカさんを誘ったんです。慰めてほしいから」

 あはは。力のない笑い声だった。

 「わたしは誰かに笑顔を届けたいのに誰かに頼ってばっかり。ずるくて卑しい、ダメアイドルです」

 「やめて」

 私ははっきりと言った。

 「私の好きなアイドルをバカにしないで」

 ヒカリは目を見開いた。

 「ダメアイドルなんかじゃない。ヒカリは厳しい壁にぶち当たっても、汗だくになって歯を食いしばって必死に頑張ってる。私はその姿にいつも元気を貰ってる。何回も何回もヒカリに救われてる」

 私はヒカリの両肩を掴んで、身体を自分に向き合わせた。

 「他のファンもきっと同じだよ。結果じゃない。過程が大事なんだ。ヒカリの頑張る姿そのものが美しいんだ」

 ヒカリは瞳を潤ませた。

 「お願い。ダメだ、なんて言わないで。たしかに悔しい結果だったかもしれない。でもアイドル旭ヒカリは、まだ終わってないでしょ?」

 必死に言葉を紡ぐ。どうか、どうか伝わってほしい。

 懸命に立ち向かうキミは素敵なんだよ。報われない努力はあるけれど、それは無駄になんか絶対にならないんだよ。

 報われない悔しさを知ってる私の言葉が、せめて少しでもヒカリの中で形を保ちますように。

 「ヨダカさんっ」

 ヒカリは私に抱き着く。ぎゅうううう……と強く私を抱き

寄せ、顔を押し付ける。

 「ひ、ヒカリ?」

 「ちょっとこのままでいてください」

 五分だけ、とヒカリはもごもごしながら言った。私の胸の中で泣いていることが分かった。私はヒカリを抱き寄せて、アイドルではない、ただの女の子になってしまったヒカリを周囲から隠した。

 「わたし、あんなかっこつけたこと言ったけど、ホントは弱いんです」

 「……うん」

 「自分に言い聞かせてるんですよ。わたしはまだ諦められないって。まだ立ち止まるなって。でも一人になった時とか、疲れた時とか、レッスンで厳しいこと言われた時とか、こんなんで大丈夫なのかな、って思っちゃうんです」

 「うん」

 「ヨダカさんはそんな私も、アイドルとして肯定してくれるんですか?」

 今度は、私に迷いなど無かった。

 「旭ヒカリを肯定する」

 数秒間の空白を置いて、ふひひっ、とヒカリがくすぐったそうに笑い、顔を上げた。目の周りは赤いけれど、いつも通りのヒカリだった。

 「そっかぁ。ヨダカさんがそう言ってくれるなら、もう大丈夫ですね」

 それに、とヒカリは私の手をにぎにぎ弄びながら続ける。

 「舞台はちゃんと良かったですから。悔しいけど、良いものは良い、です」

 「うん。強い。かっこいいよ、ヒカリ」

 ヒカリは照れ臭そうに、はにかむと立ち上がった。

 「わたし、お化粧を直したら、ちょっとキラちゃんとこに挨拶してきます。せっかく招待してくれたので、お礼と感想を言ってきますね」

 「ん、いってらっしゃい」

 「ヨダカさんも行きます? きっと喜んでくれますよ」

 「いいよ、私は。一般人みたいなもんだし。良い舞台だったって伝えといて」

 「了解です!」

 びしっ、と敬礼したヒカリは軽快な足取りでスタッフ用の出入り口へ向かった。

 さて、戻ってくるまで何をしようか。

 そういえば、二時間半ずっと座りっぱなしだったからお手洗いに行きたくなってきた。トイレ程度では時間もあまりかからないだろう。私も立ち上がった。

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