第13話

 「染みるーっ! 疲れた身体にぃーっ! 肉汁がーっ」

 「なぜ倒置法?」

 単純に疑問だっただけなのに、あははは! とヒカリは爆笑した。煙に顔を突っ込んで咽た。

 オーディションを終えたヒカリから「どこ連れてってくれるんですか?」と聞かれたので、予約してあった会場の近くにあったそこそこ高級な焼肉屋へ案内した。ヒカリがメニューと私を交互に三度見するくらい高級な店だ。

 「ホントに! ホントに奢りなんですよね!? わたし、こんな高いお金払えませんからね!」

 「奢りだってば」

 「かーっ、やっぱり人気歌手は違いますね! 財力!」

 「無いよ、そんなに。高いパソコン一式買えるくらい」

 歌手で稼いだお金は『私』が稼いだわけではなかったからプライドが許せなくて使わなかった。けれどヒカリのためなら、そんなつまらないものはあっさり捨てられた。

 「え? そ、それは多いんですか? 少ないんですか? パソコンあんま詳しくないです」

 「知らない。いいからもっと食べてよ、ほらほら」

 「わっ、わっ」

 焼きあがった肉を次々ヒカリの皿へ乗せていく。

 「ヨダカさんも食べてね? わたし一人だけ食いしん坊みたいになっちゃうから」

 「食べてるよ。肉、久しぶりだから美味いな」

 私はしっかり焼いたロースをサンチュに巻いて食べるのが好きだ。味噌の量をくどくなるギリギリまで攻めて付けるところがここのミソ。味噌だけに。やかましい。

 口いっぱいに頬張ると肉汁がサンチュに吸い取られて、シャキシャキ感と肉のうまみが最後まで口に残る。のど越しも最高だ。幸せを感じる。人間って単純な生き物だなぁ。いくら悩んでも苦しくても、美味しいご飯があればそこそこ頑張って生きられるのだ。

 「お肉が久しぶりって、普段は何を食べてるんですか? ていうか、そんなに痩せてて流石に食生活が心配です」

 ヒカリに腕を掴まれた。私の腕は全体的に細い。骨と皮しかない、という例えがしっくりきてしまうくらいだ。

 「え? 普通にコンビニ弁当とかスーパーの総菜だけど。外食たるいし」

 「毎日?」

 「毎日」

 げふっ、とヒカリがまた咽た。

 「それダメですよ! 人の生活習慣あーだこーだ言ってるくせに自分は全然じゃないですか!」

 「しょうがないだろ、料理できねんだから。それに一人暮らしは自炊の方がお金かかんだよ」

 「栄養バランスが滅茶苦茶じゃないですか! バランス崩れたらすぐお肌に出るんですからね!」

 なぜかヒカリは自分のことのように怒っている。

 「別に私アイドルじゃないし……」

 「アイドルどうこうじゃなくて、もったいないですよ! こんな美人なのに!」

 「はいはい、あーん。ハイおいしー」

 肉を煩い口に突っ込んで黙らせる。ヒカリは頬に手を当てて「美味しぃー」と語尾にハートマークが付いた声を出す。

 「で、ヨダカさんの食生活の話ですけど」

 ちっ、誤魔化されなかったか。

 「よかったら今度おうちまで作りに行きましょうか?」

 「えー。ていうか作れるの?」

 「お母さんに仕込まれたので。ヨダカさんに倒れられたらわたしが困るんですよ。分かってください」

 料理を作ってくれるなんて棚ぼたな話だったけれど、年下かつ教え子に世話を焼かれるのは嫌だった。

 「家に何もないよ? お礼もおもてなしも出来ないし」

 「ご飯作りに行くだけなので結構です。あっ、ちょうどいいや、ついでにヨダカさんのお家でテスト勉強します」

 「それが対価ってわけね? なるほど」

 「えへへ。自分のお部屋だとどうしても集中できなくて。でも図書館に行く暇も無いし」

 はぁー、と私は肩を竦める。ちゃっかりしているヒカリの一面がよく分かる。

 「分かった分かった。じゃ、お言葉に甘えようかしら」

 「了解です! ヨダカさんのお家たのしみだなぁ」

 ヒカリは喉の奥でコロコロ笑ってカルピスを飲んだ。今日は特別にジュース解禁だ。私は幸せそうに食べているヒカリを見て、連れてきてよかったなぁ、としみじみ思った。

 ……そろそろ聞いてもいいのかな、オーディションのこと。

 店に入って一時間ほど経つ。今まで雑談で間を埋めていたけれど、やはりオーディション直後でこの話題はセンシティブだろうか。

 「オーディションのこと気になってるんでしょ」

 テーブルに頬杖を突いたヒカリがいたずらっぽく言う。

 「えっ」

 「あはは、ヨダカさん顔に出すぎぃ。百面相ですよ」

 「い、意地悪だな。こっちゃ気ぃ遣って……」

 「キラちゃん、すごかったですよ」

 話が長くなりそうだからか、ヒカリは鉄板に肉を押し付けて無理矢理焼く。二人で鉄板を空にする。肉を頬張って、ごくんと飲み込む。そんな日常的な動作の中で、ヒカリは言葉を滲ませている。

 「やっぱりダントツです。ああいう人だから売れてるんだろうなって思いました。まるで、この世の全てに愛されてるみたい」

  「……そっか」

  「でもね」

 ヒカリは背もたれに身体を預け、高級焼肉店らしい綺麗な黒い天井を見上げて、はぁ、と息を吐いた。

 「全力を出せたので後悔は無いです。これで落ちても、しょうがないなって思えます。そのくらい出し切りました」

 晴れやかな顔だった。後悔なんて一つも残していなかった。マイナスな感情を全部オーディション会場に置いてきたような、そんな表情だった。その顔を見れただけで、私はもう満足だった。

 「それなら良かった」

 「ヨダカさんが色々教えてくれたおかげです」

 「ヒカリが頑張ったからだよ。私は何もしてない」

 「またまたぁ。私が有名になったら全部のインタビューでヨダカさんの名前を出しますからね!」

 「それはやめて」

 「いひひ。ゼッタイ出しますからね? 外堀を埋めてヨダカさんをもう一回デビューさせます」

 「勘弁して……」

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