第7話 これから路上ライブしませんか

 「買っちゃったよ……」


 満足したやら少し後悔したやら、複雑な感情を抱えながら私はグッズ売り場を後にした。悪いことなどしていないのに「私ってチョロすぎない?」というくすぐったい恥ずかしさがあった。


 「もしもーし」


 とんとん、と肩を叩かれ私は振り返った。すると眼鏡をかけて帽子を被った可愛い女の子がそこにいた。


 「うわっ」

 「しーっ。ヨダカさん、わたしです」


 彼女は八重歯を見せながら人差し指を立てた。旭ヒカリだ。

 ステージでキラキラしていた人が間近にいると、反射的に緊張してしまった。ライブ後だからかスッピンだ。それでもびっくりするくらい整った顔をしていた。もう骨格からして私とはまるで違う。いいなぁ……。


 「お、お疲れ。どうしてこんなとこに……」


 私はバッグをヒカリから隠しながら言うと、逆に怪しまれて「あれ? なんですかそれ」と目ざとく見つけられてしまった。


 「ど、どうでもいいだろ。それより何の────」

 「あー! これ! わたしのタオル!」


 ぎくっ、と身体が固まった隙にバッグからタオルを引っ張り出された。大きく『旭ヒカリ』と書かれたタオルが視界に飛び込んできた。


 「あっ、いやそれはっ、た、タオルそういえば汚くなってきたなーって、ちょうどいいから使えるかなって思って」

 「わざわざ? わたしのタオルを?」

 「う、うるさい! 話は何なのって聞いてんだよ!」


 ヒカリからタオルを奪い返して丁寧に畳んでバッグに仕舞った。後で壁に飾るんだから、もうちょっと大切に扱ってほしい。皺が付いたらどうするんだ。


 「ホントに来てくれるとは思わなかったので、嬉しくて声かけちゃっただけです。まさか物販までチェックしてくれてるなんて嬉しい誤算でした」

 「べ、別に。チケット代、払ってないからその代わりっていうか……」

 「ふふ、お買い上げありがとうございます」

 ヒカリはくすくすと笑い、「で、ヨダカさん」と続けた。

 「どうですか? 笑顔になってくれましたか?」

 「……そう見えるんなら、そうなんじゃないの」

 「もー! ヨダカさん素直じゃない!」


 きゃはは、とヒカリははしゃいでいた。ライブ終わりでテンションが上がっているのだろうか?


 「それにしても、ヨダカさん」

 「へ?」

 「なんでギター持ってきてるんですか?」

 「は?」


 たしかにバッグ一つにしては肩が重いと思っていた。振り返ると、たしかに私はギターを背負っていた。


 「あれ!? なんで!?」

 「なんでって、自分で持ってきたんじゃないんですか?」


 ヒカリは呆れ顔だ。そんな天然ボケあるかよ、みたいな冷めた目をしていた。いつも笑顔で輝いている彼女からのそんな視線は痛かった。


 「え、えーっと、なんでなんだろ、あはは……いつも外出る時にギター持ってきてたから、癖でついって感じかな、なんて……?」


 私が愛想笑いで誤魔化しても、ヒカリはジトーっとした目で黙ったままだ。かと思うと、「あ、そうだ」と何かを思いついたかのように両手を叩く。


 「ヨダカさん。もしかしたらお財布が軽いんじゃないですか? 物販って普通のものより割高じゃないですか」

 「え、あ、うん。それ自分で言うんだ……」


 タオルにブロマイドにシャツとポスターも買ってしまったから、たしかに懐が寂しくなっていた。毎日ギリギリの生活をしているのだ。


 「だからこれから路上ライブしませんか?」

 「……は?」

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