第4話

 夜の渋谷の街は人で溢れている。前を阻まれ自由に進めない。私はじれったくなって車道へ出た────眩い光と、ク

ラクション。眼前に自動車が迫っていた。

 あ、やばい、死ぬ────

 「ヨダカさんっ!」

 誰かに服を引っ張られ、一緒に歩道に向かって倒れ込んだ。歩いていた人たちが、獲物を捕食するアメーバみたいに形を変えた。「あぶなっ、気を付けろよ!」と柄の悪いお兄さんに怒鳴られた。

 「ごっ、ごめんなさい!」

 チッ、と舌打ちをした彼は不機嫌そうに歩き去っていく。私を助けた人────ヒカリがバツの悪そうな苦笑を浮かべながら私を見る。

 「大丈夫ですか? 危なかったですね、ヨダカさん」

 「ヒカリ……ちゃん」

 「はい、ヒカリちゃんです。良かったぁ、助けられて。結構マジで危なかったですよね」

 ヒカリは胸を撫で下ろすと、安心したようにへらりと笑って、私へ手を差し伸べた。

 「立てますか?」

 「あ、うん。ありがと……」

 ヒカリの手を握って立ち上がった。ふと彼女を見ると、スカートの下から覗く膝が擦りむけて出血していた。

 「ね、ねぇ! 血、血が出てる!」

 「ありゃ。なんか痛いって思ってたんですよね。でも大丈夫ですよ。こんなんツバつけときゃ治る────」

 「んなわけないだろ! アイドルなんだから身体大事にしなきゃ!」

 感情のままに大声で言ってしまって、慌てて口を塞ぐ。もう遅い。ここは夜の渋谷、人通りが多いからきっと騒ぎになってしまうだろう。

 「あはは。いいですって。気にしないでください」

 ヒカリは周囲を見渡した。誰も何も言わなかった。せいぜい「道を塞ぎやがって」と疎ましそうな目で見られるだけだ。

 「ほら。わたし売れないアイドルなので。あはは」

 そんな取り繕うような笑顔を向けられた。可愛いはずなのに、全く心に響かなかった。たぶん、顔に出てたと思う。

 「……行くよ」

 私はぐい、とヒカリの手を引いて歩き出した。「うぇっ」と変な声を出された。いきなりアイドルの手を握るなんてダメなのかな。本当はお金払って得る権利なのに。権利という言葉でアスカさんを思い出して嫌な気分になったから、これ以上考えることを止めた。

 今は、とにかくヒカリが大事だ。

 「薬局で消毒液と絆創膏買って、ちゃんと処置しないと」

 「え、あ、はいっ。そっか、そっか────」

 ヒカリは急にもじもじと大人しくなって、私に腕を引かれるがままになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る