第16話 森の奥の隠れ家

ケンジが次に訪れたのは、山奥にある小さな集落だった。ほとんど観光地化されておらず、自然がそのまま残っている場所で、古い神社や古民家が点在していた。町から少し外れた場所に、その集落があることを知り、ケンジは森の中を歩いていた。


歩き続けていると、森の奥にぽつんと小さな小屋が建っているのが見えた。まるで時間が止まったようなその場所は、静かで不思議な雰囲気を漂わせていた。ケンジは好奇心に駆られて、その小屋に近づいた。


ドアをノックしてみるが、返事はない。しかし、ドアは少し開いており、中に入ってみると、そこは誰かが住んでいる様子があった。木製のテーブルには使い込まれたティーカップが置かれており、壁には楽器がいくつか掛けられている。ギター、バイオリン、そして古いアコーディオンもあった。


「ここは…音楽家の隠れ家か?」


ケンジは一人呟きながら、その場に足を踏み入れた。外の世界から完全に切り離されたようなこの場所には、何か特別な雰囲気があった。ケンジは壁にかかったギターに手を伸ばし、そっと弾いてみた。音は驚くほど澄んでいて、静かな小屋の中に響いた。


「そのギター、よく鳴るだろ?」


突然、後ろから声がした。ケンジが驚いて振り返ると、年配の男性が立っていた。髪は白く、風に吹かれて揺れている。彼は少し微笑んで、ケンジを見ていた。


「すみません、勝手に中に入ってしまいました。あまりに魅力的な場所だったので…」


ケンジが謝ると、男は首を横に振った。「気にするな。ここは誰でも入っていい場所さ。俺の家でもあるけど、ここで音楽を奏でるのが好きな人なら、歓迎するよ」


ケンジは安堵して「僕はケンジといいます。旅をしながらギターを弾いています」と自己紹介した。男は頷いて「俺はトモジ。昔は演奏家をやっていたが、今はこの森の奥で一人静かに過ごしている」と答えた。


トモジはテーブルの椅子に腰を下ろし、遠い目をしながら続けた。「この小屋は、かつて俺たち音楽仲間が集まって、夜通し演奏していた場所だった。もうずいぶん昔の話だがな。今ではみんな散り散りになって、ここに来るのは俺だけだ」


その言葉にケンジは少し寂しさを感じたが、それ以上に音楽が深くこの場所に根付いていることを感じた。「ここでみんなで演奏していた時は、どんな音楽を奏でていたんですか?」とケンジが尋ねると、トモジは微笑んで答えた。


「古い民謡やフォークソング、それに仲間が作ったオリジナルの曲もあった。俺たちは音楽を愛し、心から楽しんでいたんだ。この小屋はその時の音楽でいっぱいだったよ」


その言葉に、ケンジはトモジの想いを感じ取り、この場所で再び音楽を響かせたいと思った。


「もしよければ、ここで僕も一緒に演奏していいですか?」


トモジは一瞬驚いたような顔をしたが、やがて微笑んで「もちろんだ」と言った。「俺も久しぶりに、また音楽をやりたくなってきたよ」


トモジは壁からバイオリンを取り出し、ケンジはギターを構えた。二人は静かに音を合わせ、トモジの昔の仲間たちが奏でていた曲を少しずつ思い出しながら演奏を始めた。バイオリンの切ない音色と、ケンジのギターの柔らかな音が重なり合い、森の中に静かに広がっていった。


曲が進むにつれて、トモジの演奏は次第に力強さを増し、ケンジもそれに応えるようにリズムを刻んだ。二人はまるで、時を超えて昔の仲間たちと再び演奏しているかのように、心を通わせていった。


演奏が終わると、トモジは深く息をつき、目を閉じていた。「やっぱり、音楽っていいものだな。あの頃に戻れたような気がするよ」


ケンジも同じように深呼吸し、微笑んだ。「音楽は、過去を繋ぎ、今を生きる力を与えてくれるものですね」


「その通りだな。ここでこうしてまた演奏できたこと、感謝するよ」


トモジは感慨深げにそう言い、ケンジに礼を述べた。「お前がここに来なかったら、俺はきっともう演奏することもなかったかもしれない。ありがとうな、ケンジ」


「こちらこそ、素敵な場所で一緒に演奏させてもらえて嬉しかったです」


ケンジはトモジとしっかりと握手を交わし、森の奥の小屋を後にした。小屋から離れると、再び静かな森の音が彼の耳に戻ってきた。


「また、いつかこの場所で音楽が響く時が来るかもしれないな」


ケンジはそう思いながら、次の町へ向かって歩き出した。森の奥の隠れ家での一時は、彼にとっても忘れられない思い出になった。音楽は、どこにいても繋がり、共鳴する。その確信を胸に、ケンジは新たな旅路を進んでいった。


この第16話では、ケンジが森の奥にある小屋で出会ったトモジとの音楽の交流を描きました。かつての仲間たちと演奏していた思い出の詰まった場所で、再び音楽が息を吹き返し、過去と現在が繋がる瞬間を表現しています。音楽が時を超えて人々を結びつける力を感じさせるエピソードです。

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ケンジ〜流しとしての果てなき旅路 白鷺(楓賢) @bosanezaki92

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