第15話 忘れられた楽器店

旅を続けるケンジが次に訪れたのは、寂れた商店街のある町だった。かつて賑わっていたであろうこの町も、今ではシャッターの降りた店が目立ち、人通りもほとんどない。ケンジはふとしたきっかけで、古びた楽器店の看板を見つけ、その店に引き寄せられるように足を踏み入れた。


店のドアは軋んだ音を立て、店内には長年放置されていたような埃が漂っていた。壁にはギターや古い楽譜が飾られていたが、どれも手入れされておらず、どこか朽ちかけているように見えた。カウンターには老年の男性が一人、疲れたように座っていた。


「いらっしゃい。こんな店に、珍しい客だな」


店主の声は低く、どこか寂しげだった。ケンジは少し驚きながらも、微笑んで挨拶を返した。


「旅の途中なんです。ふとこの楽器店に目が留まって、入ってみました」


「旅の者か…珍しいな。ここも昔は賑わっていたんだが、今はこんな有様だ。楽器を買う客も、めっきり減ったよ」


店主はそう言って、薄く笑った。ケンジはその言葉に少し胸が締めつけられる思いがした。音楽が生まれる場所が、こんなに静かになってしまったのは、時代の流れとはいえ、どこか悲しい。


「この店では、今でも楽器を売ってるんですか?」


ケンジが尋ねると、店主は肩をすくめた。「売っていると言っても、もう誰も買わない。俺の代でこの店も終わりだよ。子供たちもみんな都会に出て、誰もこの町に残らない」


その言葉に、ケンジは店の隅に目をやった。そこには埃をかぶった一つのギターが立てかけられていた。ケンジはそのギターに引き寄せられるように近づき、そっと手に取った。


「これは…?」

ケンジが尋ねると、店主は遠い目をして答えた。


「ああ、それか。俺の息子が昔使っていたギターだよ。あいつは音楽が好きで、毎日ここでギターを弾いていたんだ。でも、都会に出て、今はもう全然音沙汰がない。あのギターも、もう弾かれることはないだろうな」


ケンジはそのギターをしばらく見つめていた。手入れはされていなかったが、どこかに息づいているような温もりが感じられた。音楽に夢中になっていた息子の姿が、今もそのギターに残っているようだった。


「もしよければ、僕がこのギターを弾かせてもらってもいいですか?」


ケンジの言葉に、店主は少し驚いた顔をしたが、やがて頷いた。「ああ、好きに弾いてくれ。久しぶりに音楽がこの店に響くのも、悪くないかもしれないな」


ケンジはギターを持ち、そっと弦に指を触れた。弾き始めると、その音は想像以上に澄んでいて、古びた店内に静かに広がった。ケンジは、店主の息子がかつてこの店で弾いていたであろう音を思い描きながら、優しくメロディーを奏で続けた。


音が店の壁に反響し、時が止まっていたように感じられた店に、再び音楽が息づき始めた。店主はじっとケンジの演奏に耳を傾け、どこか懐かしむように目を細めていた。


「昔のことを思い出すよ。息子がこうやってギターを弾いていた時、店にはいつも音楽が流れていた。だが、あいつが都会に出てから、この店も静かになってしまった」


店主はそう言って、少し寂しげに笑ったが、その顔にはどこか温かさが戻っていた。


「きっと、あなたの息子さんも、今でもどこかで音楽を聴いているかもしれませんね。このギターを聴いたら、きっとまた戻ってきたくなると思いますよ」


ケンジの言葉に、店主はしばらく黙っていたが、やがて「そうかもしれんな」と小さく呟いた。


「音楽が、この店にまた戻ってきたような気がするよ。ありがとうな」


ケンジはその言葉に微笑んで頷き、ギターを丁寧に元の場所に戻した。店は静かに、そしてどこか新たな息吹を感じさせるような雰囲気に包まれていた。


「この店には、まだ音楽が残っていると思います。息子さんが戻るかどうかはわからないけど、きっとまた誰かがこの場所で音楽を奏でる日が来ると思います」


ケンジは店主に別れを告げ、楽器店を後にした。外に出ると、雨上がりの空が青く広がっていた。ケンジは空を見上げながら、また新しい旅に向けて歩き始めた。


「音楽は、どんな場所でも生き続けるんだな」


ケンジはそう呟きながら、次の町への道を進んでいった。静かになってしまった楽器店にも、音楽が再び響く日がきっと来ると信じて。


この第15話では、ケンジがかつて賑わっていた楽器店を訪れ、店主との交流を通じて音楽が持つ記憶の力を再確認します。息子を失った店主のために、ケンジがギターを弾き、音楽が再びその場所に息づく様子を描きました。音楽が時間や人々の思いを超えて生き続けることがテーマとなっています。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る