第14話 心を閉ざした少年

ケンジが次に訪れたのは、山間にある小さな村だった。自然に囲まれ、静けさが漂うその村は、都会の喧騒とは全く異なる雰囲気を持っていた。旅の疲れを癒そうと、ケンジは村の宿に泊まり、しばらく静かな日々を過ごすことに決めた。


ある日の夕方、ケンジは村の小さな公園を訪れた。そこで、一人の少年がベンチに座って、じっと地面を見つめているのに気づいた。少年は10歳前後だろうか、何かを考え込むように、全く動かずにじっとしていた。


ケンジはその様子に少し気になり、近づいて話しかけた。


「こんにちは。何をしているの?」


少年は驚いたように顔を上げたが、すぐにまた視線を地面に戻し、何も答えなかった。その様子に、ケンジは少年が何か心に悩みを抱えているのだと感じた。


「僕はケンジ。旅をしながらギターを弾いてるんだ。もしよかったら、君のために一曲弾いてもいいかな?」


少年は少し迷ったような表情を見せたが、やはり何も答えなかった。ケンジは無理に答えを求めず、ただ静かにベンチに座り、ギターを取り出して弾き始めた。選んだのは、優しく、心に染み入るようなメロディーだった。ケンジは少年が何か心を開いてくれるのを期待しながら、ただ静かに音楽を奏でた。


ギターの音が公園の静寂の中に響き渡ると、少しずつ少年の表情が和らいでいったのがわかった。最初は無表情だった少年の目に、かすかな興味が芽生え始めたようだった。


曲が終わると、少年はゆっくりとケンジの方に目を向けた。ケンジは微笑みながら「どうだった?」と優しく声をかけた。


少年はしばらくの沈黙の後、ぽつりと「…きれいだった」と小さな声で答えた。その言葉を聞いたケンジは、彼が少し心を開いてくれたことを感じ、安心した。


「ありがとう。君は音楽が好きなの?」


少年は再び少しの間黙っていたが、やがて静かに頷いた。「うん…でも、もう聴くことがなくなった」


その言葉に、ケンジは少し驚いた。「どうして?」


少年はしばらく口をつぐんでいたが、やがてぽつりぽつりと語り始めた。「僕…お父さんが死んじゃったんだ。お父さん、ギターを弾くのが好きで、毎晩僕に弾いてくれてた。でも、お父さんがいなくなって、ギターの音もなくなっちゃった」


その言葉にケンジは胸が締め付けられる思いだった。少年は父親を失い、その大切な存在と共に、音楽も失ってしまったのだ。少年にとって、音楽はただの音ではなく、父親との大切な思い出そのものだったのだ。


「そっか…お父さんは、君のためにたくさんギターを弾いてくれてたんだね。きっと、お父さんも音楽が大好きで、君とその時間を共有したかったんだと思う」


ケンジの言葉に、少年は少し涙を浮かべたが、すぐにその涙を拭いた。


「お父さんが弾いてくれてた曲、もしよかったら教えてくれないかな? 僕がその曲を弾いてあげるよ」


少年は驚いた顔をしてケンジを見た。彼の目には、父親との思い出を取り戻したいという気持ちが浮かんでいるようだった。やがて、少年は小さな声で「お父さんが弾いてた曲は、…この曲だよ」と口ずさんだ。


その曲は、古いフォークソングだった。ケンジはそのメロディーを聞き取り、ゆっくりとギターを弾き始めた。少年はじっとその音に耳を傾け、目を閉じていた。


ケンジが演奏している間、少年の目からは涙が溢れていたが、それは悲しみだけではなく、父親との大切な時間を思い出す涙でもあっただろう。ケンジは心を込めて、その曲を最後まで弾き続けた。


曲が終わると、少年は涙を拭いながら「ありがとう」と小さく言った。「お父さんが弾いてくれた曲を、もう一度聴けて嬉しかった」


ケンジは微笑みながら「君のお父さんも、きっと君がまた音楽を楽しんでくれることを望んでるよ。音楽は、いつでも君の心に寄り添ってくれるんだ」と優しく伝えた。


少年は再び静かに頷いた。そして、「また、弾いてくれる?」と尋ねた。


「もちろんさ。またいつでも君のために弾くよ」


その約束を交わし、ケンジは少年に別れを告げた。少年は小さな手を振りながら、少し笑顔を見せてくれた。それは、彼が再び音楽と向き合い、父親との思い出を大切にする決意の表れでもあった。


ケンジは再びギターを背負い、村を後にした。少年との出会いは、ケンジにとっても大切なものとなった。音楽は、失った大切なものを取り戻す手段にもなる。それをケンジは再び確信し、次の町へと足を進めていった。


この第14話では、ケンジが父親を失い、音楽と距離を置いてしまった少年との出会いを通じて、音楽が過去の大切な思い出を取り戻す手段であることを描きました。父親との絆を音楽を通じて再び感じることができた少年の心の変化を描いています。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る