第6話 流し仲間との出会い

ケンジが次の町へ向けて歩き出してから数日が経った。田舎道を抜け、次々と広がる風景を眺めながら、ケンジはギターを背負い静かに歩き続ける。夜は旅館に泊まることもあれば、安宿や野宿をすることもあったが、彼の心は不思議と穏やかだった。音楽がある限り、どこへ行っても自分は自分でいられるという確信があったからだ。


ある夜、ケンジは小さな町の酒場に立ち寄った。いつものようにギターを弾いて店主に許可をもらい、流しとしての演奏を始めるつもりだった。店に入ると、少し騒がしい雰囲気が広がっていた。すでに何人かの客が酒を酌み交わしており、奥の方で賑やかに笑い声が響いている。


ケンジがカウンターに座り、ウーロン茶を注文していると、ふと隣に座る一人の男性が目に留まった。その男はケンジと同じようにギターケースを持っていた。中年に差し掛かったくらいの年齢で、日に焼けた顔と無精ひげが特徴的だった。彼は一杯の酒を片手に、どこか疲れた表情を浮かべている。


「ギター弾きか?」その男がふいにケンジに声をかけてきた。


「ええ、そうです。流しをして、旅をしてるんです」


ケンジが答えると、男は微笑みながら自分のギターケースを軽く叩いた。「俺も同じだよ。流し歴はもう20年になる」


その言葉にケンジは驚いた。20年も流しを続けているというその男に、どんな人生があったのだろうか。流しとしての先輩が目の前にいることに、ケンジは少し興奮を覚えた。


「俺の名前はアキオ。お前みたいな若い奴が流しをやってるなんて珍しいな」


アキオはにやりと笑いながら、ケンジに軽く酒を勧めた。ケンジはそれを断り、代わりにウーロン茶を一口飲んだ。アキオはその様子を見てさらに笑った。


「偉いな、酒に流される若い奴も多いが、お前はちゃんとしてる」


「アキオさん、流しってどうですか? やっぱり、ずっと続けるのは大変ですか?」


ケンジが素直に聞くと、アキオはしばらく黙り込んだ。そして、ゆっくりとギターをケースから取り出し、ポロンと軽く弦を弾いた。


「大変さなんてものじゃないさ。金は稼げない、雨の日も風の日も、どこに行っても人に軽く扱われる。でも、だからこそ、やめられないんだ」


ケンジはその言葉の奥にある深い感情を感じ取った。アキオのギターの音はどこか重く、疲れたように聞こえたが、それでも一音一音が確かに響いていた。


「俺も若い頃は、もっと理想を抱いてたさ。流しで金を稼いで、いつか大きなステージに立つんだってな。でも、現実はそんな甘くない。ほとんどのやつが、途中で挫折する」


アキオは酒を一口飲みながら、ギターを弾き続けた。彼の話には厳しさと共に、諦めきれない夢が垣間見えた。ケンジはそんなアキオに対して、どう答えればいいのかわからなかった。


「でもよ、音楽はそんなことじゃねえんだよ」


アキオが突然語気を強めた。ケンジは驚いて彼の顔を見る。アキオの目には、かつての若い頃の輝きが一瞬だけ戻ったように見えた。


「音楽は、結局は自分のためだ。誰かに評価されるためじゃなく、誰かに認められるためじゃない。自分が信じてる音楽を、どこまで貫けるか。俺が20年もこのギターを抱えて旅を続けてるのは、それだけだ」


ケンジはその言葉に深く頷いた。流しという仕事が厳しいことは、この数週間で彼も少しは実感していた。しかし、アキオの言葉はそれ以上に重く、彼にとって大きな意味を持つものだった。


「お前はどうなんだ? 何を信じて、このギターを弾いてる?」


アキオが問いかけた。ケンジはしばらく考えた後、父の言葉を思い出した。


「父から、音楽は誰かのために奏でるものだって教わりました。僕は、誰かの心に届く音楽を作りたいんです」


その言葉を聞いたアキオは、ふっと笑った。「いいな、若い奴がそういうことを言えるのは。俺も昔はそう思ってたさ」


「アキオさんも、今でも誰かのために弾いてるんじゃないですか?」


ケンジの言葉にアキオは少し驚いた顔をしたが、すぐにその顔を崩し、ギターを再び軽く弾いた。「そうかもしれんな。でも、お前はお前のやり方で続けろよ。それが一番だ」


その後、二人はしばらくギターを交えて酒場で演奏を続けた。二つのギターの音色が重なり合い、店内に心地よい音楽が流れる。客たちも次第に二人の演奏に耳を傾け、楽しそうに酒を飲んでいた。


夜が更け、酒場が静かになり始める頃、アキオは立ち上がった。「さて、俺はそろそろ行くぜ。お前も頑張れよ」


アキオはギターを背負い、ふらふらと歩き出した。ケンジはその背中を見送りながら、彼の生き方に尊敬の念を抱いた。アキオの言葉と音楽は、これからの自分の旅路を支えるものになるだろう。


ケンジはギターを片付け、外に出た。空には無数の星が輝いている。アキオとの出会いを胸に、彼は再び歩き出した。


「俺も、自分の音楽を貫こう」


その決意を胸に、ケンジは新たな町を目指して進み始めた。流しとしての道はまだまだ続く。けれど、音楽があれば彼はどこにでも行ける。そう信じながら。


この第6話では、ケンジが流しの先輩であるアキオとの出会いを通じて、音楽家としての厳しさや覚悟を学びます。彼の言葉がケンジにとっての新たな指針となり、物語の大きな転機を描いています。

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