第1話 旅立ちのメロディー
下町の小さな楽器店。ケンジはいつものように父がギターを修理している背中を見つめていた。木の匂いと、微かに残る楽器の音色が店内に漂う。1970年代、日本は高度経済成長期の波に乗り、町も変わりつつあった。だが、この楽器店は昔と変わらない穏やかな空気を保っていた。
「ケンジ、お前も手伝え」と父が声をかける。いつもの言葉だ。しかし、今日は違っていた。ケンジは、古びたギターケースを肩にかけ、決意を固めていた。
「父さん、俺、旅に出るよ」
父は一瞬手を止め、息子を見つめた。ケンジの顔には、何か強い意思が宿っていることをすぐに悟った。15歳の少年が旅に出る。それは突拍子もないことに思えるかもしれないが、ケンジがずっと音楽に心を奪われてきたことを、父は知っていた。
「流しになるってことか?」
「うん、ギターと歌を持って、いろんな町を回って、俺の音楽を届けたい」
父は少し息をつき、黙った。ケンジの母親が亡くなったときから、彼を一人で育ててきた。その間、ケンジは音楽に救いを見つけてきた。楽器店で父の手伝いをしながらも、ギターを弾く時間が増え、いつしかその音色に自分の未来を見出すようになっていた。
「そうか…」父はポケットから古びたピックを取り出し、ケンジに渡した。「これは俺が若い頃、旅に出たときに使ってたピックだ。今はお前が持っていけ」
「父さん…ありがとう」
ケンジは受け取ったピックを手に強く握りしめた。父がどれだけの思いを込めてその言葉を口にしたのか、若いケンジにもわかっていた。それは音楽家として、そして父親としての、彼なりのエールだった。
荷物をまとめたケンジは、店を後にする前に、店内を見渡した。木製のカウンター、父が磨き続けてきた楽器たち。すべてが彼の記憶に深く刻まれている場所だ。
「帰ってくる場所は、いつでもここだ」
父の言葉が店の外まで響く。ケンジは一瞬立ち止まったが、振り返ることはしなかった。その背中に、父の視線を感じながら、静かに歩き出す。
商店街の通りを抜け、いつもの道がケンジの目に映る。普段はなんとも思わない風景だったが、今日は違って見えた。これが自分の故郷を離れる最後の光景だと思うと、一瞬足が止まった。
「俺の音楽、どこまで通じるかな…」
少しの不安を抱えながらも、ケンジは自分の決断に胸を張った。音楽を通じて、自分の居場所を見つけたい。その気持ちが彼の心を突き動かしていた。
やがて町を抜け、ケンジは広がる田んぼ道に立つ。遠くに見える山々が、これからの旅路を象徴するかのようにそびえている。ギターを背負い、一歩、また一歩と歩き始めた。
風が心地よく吹き抜ける。ケンジは思わず、口ずさむようにギターを弾き始めた。心の中から湧き上がるメロディーが、まだ見ぬ未来に向けて響いていく。これが、自分の新たな一歩だと感じながら。
そして、彼の音楽の旅が始まった。これから待ち受ける数々の出会いと別れ、喜びと悲しみ。そのすべてを、ケンジはギターの音色に乗せて紡いでいくのだった。
広がる大地の向こうには、まだ知らない世界が無限に続いている。その世界に向けて、ケンジは果てしない旅路に出発した。
こうして、第1話はケンジの旅立ちを描き、彼の決意や父親との関係、音楽への情熱を浮き彫りにします。
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