第5話:クラス分けの結果

「……最悪だわ」

『でも最高クラスじゃないですか』

「メンバーが最悪じゃないの」

『そうですねぇ。ええと、攻略対象とライバル、全部揃ってますし』


 揃ってますし、じゃないのよ!とエリスは声に出さないようにして思い切り怒鳴る。

 リーアは思ったことはそのまま口に出るようだから、きっとこれも怒らせようとした結果などでは無いのだ。だが、しれっと悪気なく言われた内容に、エリスはがっくりと項垂れた。

 とはいえ、ここは学園のクラス分け用紙を掲示してある掲示板の前で、多くの生徒が自分のクラスの確認をしている場所なのだ。騒ぎ散らすわけにはいかない。


「エリス、独り言が最近多くない?」

「気のせいよフウカ」

「そう?」

「ちょっとテスト勉強で頑張りすぎて疲れてるのかしら、ふふふ」

「……あなた、やりすぎる所があるもんね……」


 しかし、うっかりリーアと喋っていたところを親友であるフウカ・シェラに聞かれてしまったらしい。

 フウカはシェラ男爵家令嬢で、エリスの色々な意味でのぶっ飛びっぷりを把握している、とっても貴重で大切な友人なのだ、とリーアにはきちんと言い聞かせた。

 だから、フウカと話している時には話しかけるな。話しかけるとしたら何か別の方法を取れ、と言っていたのに……と小さく溜め息を吐いた。

 とはいえ、エリスの顔が如実に物語っていたのだろう。

 ついうっかりリーアも話しかけてしまったんだろうなぁ、とどうにか己を納得させておいた。


「……で、エリス。どうして最高クラスなのに最悪なの?」


 先程、リーアからされた質問と同じことをフウカからもされてしまう。

 テストであれだけ勉強を頑張り、結果を出しているのだからむしろ喜ぶべきでは?というのがフウカの純粋な思い。

 前のエリスなら飛び跳ねてでも喜んだには違いないが、『今』は状況が異なっている。


 めんどうなゲームのシステムだか何だか、よく分からないものに巻き込まれただけではなく、完遂しないとリーアも本来の役目に戻れない。尚且つエリスだってどうなることやら、というところと、もう一つ。


 どうして恋愛エンド対象がもりっといるのか、ということだ。


 リーアから聞いているお相手候補の面々は、確かに文武両道でなければいけないような人々である。そして、ライバルになるという令嬢だって生半可な身分のお人ではない。

 ライバル令嬢は、この国の四大公爵家の筆頭公爵家にして、王太子妃候補となっているくらいの才女だし、王太子とはとても良好な関係を築いているという。


 恋愛エンドの相手の中に、この国の王子殿下が居たのは覚えている。

 だが、ぜっっっったいに目に留まりたくなんかない。

 万が一、王家のゴタゴタに巻き込まれてしまった場合、エリス本人だけでなく、エリスの家にまで迷惑をかけてしまうことになるし、色んな意味でライバル令嬢になんか目を付けられたくはない。目立たなく、平穏無事に学園生活を送りたい。そして卒業のタイミングで文官資格を取って、文官として働きたい。


「いやその、ほら。最悪なのはあれよ、……そう、何かあまりにも高貴な方々と同じクラスって」

「そりゃ、この国の将来に関わるような方々だから、勉強もできるだろうしご両親からだってきっちり言われているわよ。最高学年の締めくくりは最上位のクラスで、とか」

「……フウカが冷たいわ……」

「この前とは違って弱気すぎるから、一体何があったのかしら、って思っただけよ」


 クスクスと笑われてしまい、エリスは不満そうにむぅ、と口を尖らせる。


 ほんの数日前までとは状況が異なりまくっているのだから、仕方ないと思いつつもフウカは状況が変わっていることは知らない。それは訝しまれて当たり前かな、とエリスは苦い顔をした。


「ほんの一週間くらいまえのエリスなら、間違いなく喜んだことでしょう?」

「それは……」

「文官への近道、でしょ?」


 ぱちん、と可愛らしくウインクをしたフウカはエリスを慰めてくれている。さすが親友、落ち込んだのはきちんと把握してくれた上で慰めてくれているからこそ救われる。

 ならば、親友が喜ぶような言葉でお礼を言わなければ、とエリスは深呼吸をして微笑みかけた。


「寂しかったのよ、だってフウカとは離れてしまったわ」

「え……」


 微笑みと共に告げた内容だが、フウカには効果絶大だったようで、思いきりエリスを抱き締めてぐりぐりと頬擦りをされた。


「私だって寂しいわよーー!!お昼休みのランチは一緒だからね!!」

「もちろんよ、フウカ」


 ぎゅうぎゅうと抱きしめ合ってから、フウカは自分の所属クラスへと。

 そしてエリスは自分がうっかり配属されてしまったクラスへの重たすぎる足をようやく動かし始めた。

 クラスが離れることで寂しくなるから、と友人同士でハグをしていたりするのはあちこちで見られる光景だから、さほど今の行動は注目されていなかったようで、エリスは安心したと同時に、人気のない廊下へと進みつつ隣で浮いているリーアをぎろりと睨んだ。


「リーア」

『ほんとに悪気はなかったんです!!』

「その小さな脳みそにしっかり刻みなさいね、人の言いつけは守らないとろくなことにならない、って」

『かしこまりました!』


 リーアに関して、基本の性格はとてもいい子なんだよなぁ、とエリスは思う。

 しかし、『○○だから』が前提条件についてしまうのは地雷案件であることも多いのは短い人生ながらもエリスはしかと学んできたことだ。

 だから気を付けていたのに結果として、もう巻き込まれてしまったから、走りきるしかなくなってしまった。


「……気が重いわ」


 目の前にある扉を開ければ、もうその先はエリスがこれから一年を過ごすクラス。


「……状況が状況でなければ、きっと私はとても嬉しかったわ……」

『あの、本当に、大変申し訳ございません……』

「もう諦めたから……サポートはしっかりなさい。良いわね」

『はい!』


 ぐ、と扉の取っ手に手をかけて開けば、既に着席している面々もいる。


「(……リーア、もう攻略対象とやらはいる?)」

『います。窓際、前から三列目でこちらを見ている男子生徒が宰相の息子です。あとはまだ来てないみたいです』

「(私が早かったから、かしら)」

『かもですー』


 自分の座る席はどこなのだろう、と周囲を見渡せば、一人の女子生徒が駆け寄ってきてくれる。


「座席表なら、黒板に貼られているわ。お名前を聞いても良い?」

「エリス。エリス・ルーデアですわ」

「ええと……あぁ、あちらですわね! 窓際から二列目、前から三番目のお席のようです」

「ご丁寧に、ありがとうございます……!」


 とても親切な人だ!と、エリスが感動したのも束の間。

 先程からこちらを見ていた例の宰相の息子が、何故か立ち上がってこちらへと歩いてきた。


「(リーア!!)」

『だ、大丈夫なはずです!』


「お前……」

「え……?」


 自己紹介無しで、しかも人のことをいきなり『お前』呼び!?とエリスは色々な意味でぎょっとした。

 いくらここが学校だとはいえ、社交界の縮図とも言われているような場所でそれかよ!とツッコミを入れたいが、いきなりそんなことするわけにもいかない。

 どうしたものか……と悩んでいたら、エリスの席を教えてくれた女子生徒がひと言、ちくりと宰相の息子を刺してくれた。


「自己紹介も無しにそれはどうかと思いますが」

「そ、それは」

「いきなりお前、だなんて……」


 今まで関わったことのなかった人だからこそ、初対面の印象はとてつもなく大切なはずなのだが、この人はそれを親から教えられなかったのだろうか、とエリスは冷静に考えていた。

 思わず口から出たにしても、せめて『お前』はやめろ、と何度もツッコミを入れたくなってしまう。


「あの……私、エリス・ルーデアと申します。この一年、同じクラスなのですからよろしくお願いいたしますわ」


 先手必勝。

 先に自分が自己紹介をしてしまえば、こちらの印象は悪くないまま。しかも『お前』呼ばわりされたにも関わらず大人な対応が出来たことにより、クラスの面々の印象は良くなるはずだ、というエリスの思惑は見事正解だった。


 クラスの空気というか、全体の雰囲気は少しだけあたたかなものになっている。


「(よし)」

『エリス様、ばっちりです!』

「(え?)」

『クラスの皆様も、そして目の前の宰相の息子の印象も、とっても良いです!』


 後半のそれ、ぜっっったいにいらん、とエリスは顔に出さないままでツッコミを入れたのは言うまでもない……。

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