第4話:ヒロインってそもそも何

『重ね重ね、朝からお騒がせしてしまいまして大変申し訳ありませんでした……』


 ズタボロのままで浮いて謝罪をしているリーア。

 不機嫌を隠さずにとてつもなく殺気の籠った目でリーアを見ているエリス。


 何とも対比的な二人だが、ここがエリスの部屋だというのが幸いだろうか。


「起きた早々にハイテンションで絡まれるこちらの身になっていただけませんこと?」

『あの、ほんっっっっっっっっとうにすみません……!』

「はぁ……」


 先が思いやられる、とエリスが痛む頭をおさえつつ、リーアのハイテンションも何となく理解は出来てしまう。

 そもそもハイテンションにも関わらず、リーアの顔色は悪かった。

 役割を演じさせられている、とでも言えばいいのだろうか。

 彼にナビ精霊という役割を押し付けた神様とやらは、相当に性格がお悪いようだ、とエリスは苦笑いを浮かべてみせた。


「そちらの事情もきちんと最初から説明してもらうけれど、まず手始めに」

『はい』

「私にのしかかっている……えーと、ヒロイン?っていうのは何なの?」

『えぇと』

「分かりやすく端的に」

『物語の主人公、です』

「主人公……」


 ふむ、とエリスは考え込む。

 なお、今この会話をしているのは登校中の馬車の中。

 エリスが身を寄せている兄の家から学校までは、馬車でのんびり揺られておおよそ三十分程度。

 少し考え事をするには丁度いいくらいの時間だ。


「小説とかの主人公、って思っていても良い?」

『はい、その認識で問題ないです』

「でも、ヒロイン、っていう言い方が気になるんだけど」

『うーん……』


 どうやって説明しよう、と小さく呟いたリーアに、エリスは首を傾げる。

 そんなにも説明が難しいものなのだろうか、と思うけれど、役割やら何やら、もしかしたらエリスが考えているよりは複雑なのかもしれない。


『主人公、でもいいんですが、今回の場合はですね』

「ええ」

『そもそもエリスさんをヒロイン設定した物語の舞台が……』

「特殊、だと。そういうことなのかしら?」

『はい。何せ恋愛や学園生活を主に楽しみつつ、設定されたヒーローと結ばれたりするお話の世界でして』

「……」


 なんだその世界。

 エリスが今浮かべた表情には、まさにこのセリフがぴったりだろう。

 学生なのだから学園生活を楽しむのはまぁ良いとして、恋愛を楽しむって何だ。まさかそのための人材も用意されてるとか馬鹿なことを言うのだろうか、とまで考えてエリスはぞっとした。

 しかし、この様子だと恐らく用意されているに違いない。

 宰相の息子がどうだとか、王子妃がどうとか、色々物騒なセリフがリーアから聞こえたこともあって、エリスは不安でいっぱいになってしまった。


「まって、私はそんな世界でそもそも何をするの?というか、何よそのふざけた世界は……」

『最大の目的は、妖精王との恋愛エンドなんですけどねー。これ結構難易度が高くって成し遂げられる人ってほぼいないらしくて』

「ちょ、ちょっと、そんなの嫌よ!?私は文官資格を取って働くんだから!私の意思はどこにあるの!」

『んじゃ、誰とのエンディングにも行かないノーマルエンドですかね』

「リーア、待ちなさい。情報量が多いんだけど!?」

『えっと……』


 んじゃ、もうちょっと簡単に言いますねー、と告げたリーアはものすごく簡潔にエリスに説明した。

 エリスがヒロインに選ばれ、リーアがナビ精霊として二人三脚で物語を彩っていく。なお、役割を果たさない限り、リーアは本来の役割、本来の力を発揮して人々の役に立つための精霊には戻れないから協力してほしいということ。そうしないといけないようになってしまっている、ということ。

 ここまでは、理解したくないと言っても、ある程度理解もできる。自分の意思でどうにも出来ないまま進められてしまったリーアに砂粒ほどの同情もしていた。

 だが、その後に続いて説明された内容が問題だらけだった。


 この世界は、既に『恋愛ゲーム』としての一年間を過ごしていくという設定が、人ではない存在によってまるっと上書きされてしまった世界だ、ということ。ヒロインがどうにかして一年間を過ごし終わり、クリアしない限りは解放されないということ、そしてもう一つ。

 解放されるには何らかのエンディングに到達しなければならない、ということ。

 その一年が無事に完了しなければどうなるのか、リーアにも分からないこと。これまでヒロインに選ばれた人たちは、どうにかして物語を紡ぎきった、ということ。


「とんでもないものに選んでくれたわねあなた……!」

『え、えへ』


 可愛らしくウインクしてくるリーアだが、そんなとんでもない存在がいるならいるで、前もって教えろ!と叫びたいのをエリスはぐっと呑み込んだ。怒鳴りつけたところで、今更どうにもできるはずがない。

 ならばせめて、この溜まりに溜まった怒りを解消させるために、リーアを思いきりもう一回地面に投げつけてやろうか……?

 そう思えるくらいにはイラッとしたエリスだが、既に定められた、変えられてしまったこの世界の仕組みそのものは解除できない。

 ただひたすらにこれからを走りきるしかない、と早々に察し、げんなりとした様子で思いきりため息をついた。


「……その恋愛エンドとやらのお相手様って、どなたがいるのかしら……」

『恋愛エンド、目指してくれるんですか!?』

「聞くだけよ!相手がどういう人なのか分からないと恋愛も何も無いでしょう。だから、誰がいるのか、まず教えなさい!情報無くして私にあぁしろこうしろと言っても無理だということはよく理解しているはずよね!?」

『……。あい。えーっとー』


 そうでした、怖かった。思わずそう呟いたリーアは指折り恋愛対象をつらつらと挙げていく。


 宰相の息子。

 この国の王子殿下。

 平民ながらも学園一の秀才(入学して以来、成績はトップ以外取ったことがないそうだ)。

 騎士団団長の息子。

 学園長の息子。


 リーアはひと通り伝えると、キラキラと目を輝かせた。


『お好みの人、います?』

「…………えぇ…………?」


 いるわけないでしょ……、と力無く呟いたエリス。

 聞けば聞くほど頭の痛くなるような人選でしかないのだが、言った張本人のリーアははて、とやはり首を傾げている。

 何で嬉しくないの?とでも言いたいような目をしているのだが、エリスからすれば『どうして女の子の幸せが地位やら権力のある人の元へと嫁ぐこと』だと勝手に判断しているのか、聞きたい。そりゃもう膝突合せてひたすらに、問いただしたい。


『そんな……まさか、嬉しくないんですか!こんなにも豪華メンバーなのに!?ヒロインとしてよりどりみどりなんですよ!?』

「私は、文官になりたい、って言ったでしょうが、鳥頭!」


 思いきりリーア目掛けて手を振り下ろせば、避ければ良いだけだというのに上手く避けられずべちん、とまた床にリーアは叩き落とされた。


『へぶっ!』

「私がやりたいことに学園での恋愛とかなんとか、どうでもいいことなのよ!勉強するために、今後の人脈作りのために学園に入って一生懸命日々過ごしているんですからね!一応聞いてみたらこれ!?……あぁもう頭が痛い……」

『はえー……エリス様、とーっても真面目ですねぇ……』

「今すぐ潰し殺してあげましょうか……?」

『失言でした申し訳ありません!』


 慌てて謝罪をしてくるリーアだが、この子の発言の諸々に、悪気は恐らくこれっぽっちもない。

 現実主義まっしぐらな自分エリスをヒロインとして選定した己を恨めばーか、と内心で呟いたエリスは、起き抜け早々にこんな話を聞くんじゃなかった……と、こめかみあたりを押さえる。


「……そのゲームとやらのストーリー?は……、いつから開始なの?」

『一週間後です』

「それって……」

『はい』


 クラス分けテストの結果発表の日。

 どうりで、リーアが最初にコンタクトをしてきたあの瞬間、目をギラつかせていたわけだ、とエリスは理解した。

 それを餌にしてエリスを釣る予定だったのだろうが、生憎と簡単に釣られるようなエリスではなかった。しかし、日々は無情にも過ぎていくのだからどうにかしないといけない。


「テストは明後日……。あぁもう……!」


 わざと悪い点数を取るだなんてできるわけがない。

 エリスは自分の力を出し切った上で、正当にクラス分けされたい。

 だから、リーアの力だけは借りない。


「……テストが終わるまで、リーア。あなたは私にできうる限りの話の筋書きを教えて」

『はい。それはもう教えますよ!』

「……恋愛エンドとやらは目指さないわ。普通の終わりを迎えて、私は私の未来を掴む」

『えぇと……』

「文句、ありまして?」

『ボクは、精霊としての本来の役割に戻りたいんです』

「えぇ、そうね」

『だから、一緒に駆け抜けます。平凡な、普通の終わりを迎えるお手伝いをさせてください』

「……」

『エリス様?』

「最初からきちんと話して、順序だててこうして対話していれば、あなたへの私の信頼度はマイナスでは無かったでしょうにね」


 そのエリスの言葉は、呆れた眼差しとともにどす!とリーアに突き刺さった。

 エリスが文官という職種を選んだからこそ、まず最初のリーアの対応はこれからを見据えていたエリスにしてみると、非常識極まりなかったもの。冷静に話せば、こうして普通に会話ができるというのにエリスの主人公力がとんでもなく高すぎたことにより暴走してしまったリーアだが、エリスからすれば『それが本性でもある』で一刀両断できてしまった。


「リーア、テストが終わるまで私があなたに求めることはただ一つ」

『はいっ!』


 あれ、何だかヤバい予感が、と思ったリーアを最早恒例行事と言わんばかりにエリスが鷲掴んだ。


「勉強の邪魔をしたら、分かるわね?」

『これから何をしなければいけないのか、文書にまとめます!大人しくしております!』

「よろしい」


 この人がもしも、恋愛エンドを目指したら攻略対象をことごとく魅了し尽くしてしまうだろうに……と思ったリーアだが、呑み込んだ。

 好感度マイナスの自分に対して協力してくれるというだけで、リーアは心の奥底で救われたような気がしたからだ。

 迷惑だけは、かけてはいけない。知っている知識をあれこれまとめて、役に立とうと心に決めて、敬礼をしたリーアに、エリスは普通に微笑みかけた。


『わぁ…………めっちゃ美人』


 きっと、エリスは『普通の終わり』を目指すけれど、攻略対象が放ってはおかないだろうなぁ……という不吉極まりない思いをリーアが抱き、こうして二人の協力関係は成されたのだ。

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