第3話:事後報告は最悪そのもの

 メリット。

 意味としては、功績。価値のある特徴。長所。利点。


 エリスにとってのメリットは、リーアがあれこれ言った中にはない。正確に言えばメリットはしっかりとあるのだが、人の力をあてにして手に入れて、果たしてそれは本当に喜べるものになるだろうか。

 エリスは今回のクラス分けのテストで、どうしても上位に食い込みたいという願いはある。

 クラス分けの試験で協力してもらえたら確かに楽ではあるものの、でも自分の力でなし得てこそ、ではないだろうか。答えが分かっていてそれを記入したところで、本来の実力では無いのだから。


 ちなみに、クラス分けでAクラスに所属出来れば、卒業する前の文官試験でとても有利になる。

 具体的に言うと、文官試験の勉強にあててくれる時間があるとないとで、今後の勉強のしやすさが全く違ってくる。Bクラスよりも上のクラスに所属した場合、本来受けるべき授業に関してはかなりの速度で行われる。故に、いわゆる『余りの時間』というものが出てくるのだが、将来の進路によって勉強の時間に使ったり、自由登校としてしまう人など様々いる。

 だから、もしも叶うならばAクラスでハイレベルな授業を受けつつ将来に向けての勉強もしたい。それが、エリスの願い。(超現実的)


 だが、エリスが今思いつく限りの願いは、これだけだ。

 自分よりも身分の高い令息との恋だなんて、面倒臭いにも程がある上に何より周りが喧しいのは分かりきっている。

 王太子妃とか嫌でたまらない。そもそも、それだけ高い身分の人ならもう婚約者なりがいるだろう。お邪魔をするどころか、奪ったりしたら色々問題では無いか、と冷静に考える。


 どうせならそもそもの夢の文官として働いて、上を目指していくという方が、やり甲斐はあるのだから。


 おとぎ話のようなメリットをあれこれ提案されたところで、超現実主義のエリスには響かない。

 だから、疑ってかかった。

 こちらに提供するメリットよりも、リーアに対してのメリットの方が何かしら莫大な利益を生み出すものではないか、と。


『ボクにとっての、メリット……』

「そう。どうせ何かあるんでしょう?」


 リーアにとってのメリットは、とてもシンプルなのだ。

 このナビ精霊という立場から『解放されたい』というもの、これだけ。


 リーアは普通に四大元素の精霊として生まれるはずだったところなのに、何の因果か、別次元の神に取っ捕まった結果、何だかよく分からない役目を押し付けられてしまった。

 どうやったらこの役目から解放されるのか、と問えば『誰でも良い、主人公ヒロイン適性のある人間を見つけて、卒業までの一年間を使った人生ゲームをさせろ。その一年間で、こちらが設定した目標をクリアできれば、本来の役目の精霊に戻してやる』という回答が得られた。


 なんのこっちゃ、と思ったリーアだが、この適性のある人の方が少ない。

 他のナビ精霊に聞いてみたら、『何か暴走して物語がおかしな方向へと突き進んだ結果、失敗ばかりしている』という話ばかり耳に入ってくる。


 そんなことはいやだ、と思って見つけたのが今、目の前にいるエリス。


「リーア、さっさと仰いなさいな」

『あ……』


 自分がやらかしてしまったのだから、これだけ冷たい目を向けられるのも当然のこと。

 最初から素直に助けてください、と言ってから、協力してください、と言えば良かった。エリスに関してのリサーチ不足なのはもう取り返しがつかないことに加え、自分の迂闊さが招いてしまった好感度マイナスからのこれから。

 この短時間で色々なやらかしをリーアは既にしているのだから、もうさっさと謝りつつ色々暴露してしまった方が良いかも、と思った。


『あの、ですね』

「……」


 先ほどのエリスの殺気はどうにかおさめてくれているらしいが、目先の欲望につられまくって暴走し、きゃんきゃん騒いだリーアへの信頼とか何とかは、もう無い。そもそも最初から警戒されていたのだから、そんなものあるわけもなかったのだが、エリスの超冷静なツッコミを受けて、ようやく我に返れた。


『……ボクは、解放されたいんです』

「解放?」


 何だか先ほどまでの気持ち悪いほどの熱量ではなくなっている、とエリスは判断した。

 だが、興奮したり怒ったときほど本性が見える、ともいうから、まだ気は抜いてはいけないとエリスは思うし、何をさせられるのか分からないから油断してはいけないだろう。


『さっきは、すみません……。あなたの適性があまりにも高くて、嬉しくなりすぎて……』

「殊勝なふりして騙そうとは」

『し、していません!』

「まぁ、一旦そういうことにしておきましょうか」


 どうして、と問い掛けたかった。

 だがきっと、エリスはこう返す。


 ――最初にだまし討ちみたいに騒ぎ立てて人を嘘つきだの何だのふざけきった発言をしたのは、あなたでしょう?


 そもそも、リーアが何か文句なんて言えるわけもないのだ。

 最初にかわい子ぶって、エリスを承諾なしに巻き込んで、初対面の印象が最悪な状態で『ヒロインになってください』だなんて、了承してもらえるわけはない。


「騙そうとしていない、ということにはしておきましょう。……で、そもそもナビ精霊って何なの?」

『ボクだって詳細は知らないんです』

「……え?」

『勝手に指名されて、この役割に当てはめられるんです』

「今の私みたいね。あ、でも私はまだなのかしら……まぁ、いったんこの話は置いておくとして」

『あ、はい』

「私たちの世界には、存在する精霊は四大精霊と、光属性と闇属性。基本はこれだけのはずなの」


 エリスの言うことは、まさにその通りだ。

 そもそもリーアだって、最初はその中のどれかで生まれる予定だったにも関わらず、この役割を押し付けられているのだから。


『何かもう色々反省ついでに、何でも聞いてください。答えられる範囲で、ボクに分かることなら何でもお答えします』

「……呆れるほど、やけに素直ね」

『いや……さっきのテンション高すぎる自分を思い出して、何というか自己嫌悪というか』

「精霊って、自己嫌悪するの……?」

『ボクはします。というか、ナビ精霊はある程度人間と同じようにしてもらっています。ヒロインと意思疎通できないと困りますから』

「ああ……」


 確かに、とエリスは思う。

 ヒロインがどうとか、ナビ精霊がどうとか、ここまでに聞いた単語から推測するに、達成しなければならない目的があって、リーアはそこに導くための案内役、とでもいうところ。

 案内をされるのが、エリスの務める役割の何か……つまり『ヒロイン』らしいが、それをさせて一体何がしたいのか。


「それで、リーアに役割を押し付けた諸悪の根源の目的は?」

『分からないです』

「言えないように秘匿されている?」

『それもあります。言おうとしたらですね……』


 はくはく、とリーアの口が閉じたり開いたり。

 声にしたい何かがあるように見えるが、音として聞こえてこないから何を言っているのか分からない。

 エリスは読唇術を修得はしていないから、何を言いたいのかも分からない。必死なのだけは理解出来た。


「……なるほどねぇ……」

『それで、ですね』

「なぁに?」

『エリスさんには大変申し訳ないんですが』

「……」


 こういう前置きの場合、大体が最悪なケースだ。ぞわり、と悪寒が走り、リーアをじっと眺めていれば申し訳なさそうに、しかしある意味開き直ったようにてへ、と可愛らしく笑ったリーアは首を傾げた。


『エリスさんとのさっきの会話のどさくさに紛れて、ヒロイン登録しちゃったんですよねー☆』

「……おい」


 兄が聞いたら間違いなく『令嬢らしさを拾ってこい!どこに捨てた!』と叱られそうなくらいの低音が思わずエリスの口から出た。

 元々エリスは令嬢らしくない、というくらいに現実主義な上に、そこそこ口が悪い。原因は大人相手にあれこれ立ち回っていた兄の素の口の悪さがエリスに影響しているのだが、普段エリスは徹底的に猫かぶりをしているからバレていないだけ。

 だが、さすがに事後報告は看過できない。


「リーア」

『はい…………………………はいぃっ!!!!』


 がっちりとまた鷲掴みにされたリーアは、エリスの迫力にどば、と冷や汗が吹き出るのを感じた。


「私ね、事後報告って大嫌いなの。理由はわかる?」

『……やってくれるであろう、と勝手な判断の元、その役割とか仕事を押し付けることになっているから、でしょうか』

「あら、少しは頭が回るのね。ふふ、お利口さん」


 ぎちぎちぎち、とエリスの手に力が込められていく。


「リーア、何か私に言いたいこと、ある?」

『事後報告すみませんでしたエリス様!!』

「他には?」

『できうる範囲での補償をお約束いたしますのでどうか命だけは!!』

「何ができるのかしら?」

『人の気持ちとか操れます!!』

「いらん!!」


 リーアを鷲掴みにしている手を振りあげ、ちょっと待って!という静止を無視したエリスによって思いきり床に叩きつけられたリーア。

 同時に思いきりエリスの部屋の扉が開かれ、エリスの兄が部屋に駆け込んできた。


「さっきから何事だエリス!どうした、暴漢でも出たか!?殺すか!?」

「暴漢ならもっと早く助けを求めておりますわ、お兄様」

「それもそうだ」

「ちょっと勉強でイラついていたところに害虫が出てきたので、対処しておりましたの。失礼いたしました」

「……そうか」


 無理はしすぎないように気を付けろよ、と言ってくれた兄にはにっこりと満面の笑顔を返し、床に叩きつけられたリーアは逃げられないように素早く踏みつけてドレスの裾で隠しておいたのは正解だったようだ。

 そっと解放してやれば、ふよふよと浮き上がってきてエリスの目の前で深く頭を下げた。


『何かもう本当にすみませんエリス様』

「ヒロインがそもそも何をするのか教えてもらわないといけないけれど、私は寝る時間なの。起こしたら分かってるわね」

『はい!』

「よろしい。……リーア」

『はい』

「許していないけど、やりたくもないけれど、もう登録されたということは、私は腹を括らなきゃいけないのよね?」

『……はい』

「……あなたにも事情があることは理解はしたいけれど、それ以上のやらかしをしていることを、まず理解しなさい。その上で、私はこの役目から解放されるために何をどうしたらいいのか、明日から話せるかしら」

『……はいっ!!』


 何度も何度も、リーアは頭を下げた。

 なお、翌朝エリスが起きて早々にテンションの高いリーアに絡まれ、リーアはエリスにまた叩き落とされたのは言うまでもない出来事である。

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