第2話:エリスにとってはメリットがとても多いけれど
思い通りにならないとんでもないヒロイン候補だ、それがエリスに対して抱いたリーアの感想。
というか、鷲掴みにされるだなんて思っていないし、やろうと思ったヒロイン候補だっていなかった。一体自分をなんだと思ってくれているのか、とリーアの怒りが膨れ上がり、じたばたと暴れながらキーキー叫び出した。
『離せ離せー!! 嘘つき! やってくれるって言ったのにー!』
キャンキャンとやかましくて元気だな、と思いながらがっちりと鷲掴んでいるリーアを、エリスは観察している。じたばたと暴れている様子は、何というか小動物が捕まって暴れているというあの感じにそっくりではある。
だが、普段目にする精霊とは違い、人間が小さくなったような見た目であるから、本当に他とは違っているし、ある意味で特別な存在なのかもしれないが、やっていることは道を歩いていて肩がぶつかった途端にいちゃもんをつけてくるゴロツキに似ている。
あと、可愛い顔立ちはしているのだが、言動と噛み合っていない残念ぶり。というかこいつ頭が悪いのか、と思いたくなるが、ゴロツキと我儘っ子を足して二で割ったような雰囲気すらある。というか、またキーキーうるさい困りものだ。
そして、さっきから嘘つき呼ばわりされているのは、気分が良いものでも、ない。エリスは大きくため息を吐いてから問いかけた。
「嘘つき、って誰が?」
『エリスさんですよぉ!』
「……へぇ」
リーアはエリスの物言いにカチンときたのか、手の中でどうにかして逃れてやろうと必死に暴れている。
だが、エリスは知ったことでは無いと言わんばかりにぐぐ、と手に力を入れた。
「話を聞いてあげる、とは言ったけど『やる』だなんて誰も言っていないわ」
『そんなこ、と……』
思い返してみれば、実はエリスの言う通り。
エリスはひと言でも『やってあげる』だなんて言っていないし、話を聞く、とだけしか言っていない。
それを自分勝手に曲解したのはリーアであり、エリスは何一つ悪くない。
『あ……』
「元の世界に戻してくれたんなら、静かにしていてくださる?あなたのそのキーキーとさっきからやかましい金切り声がお兄さまに聞こえて、叱られてしまうのはきっと私だわ。そして、叱られてしまったら、私はあなたを」
『ひっ!』
にこぉ、と音がつきそうなほどに恐ろしく笑ったエリスを見て、リーアは悲鳴をあげる。
「どうやってでも、殺したくなってしまうから」
『あ、ああ、あの』
「それほどにね、今の、このテスト勉強が私は大切なの。良い?あともう少しだけ勉強させてくれたら、きちんと話を聞くけれど……今のあなたの行動全てが、私に対してデメリットしかないの。ご理解いただけている?」
こくこくこく!と首を何度も縦に振ったリーアは、人選間違えてしまったのではないだろうかという思いと併せて、『この人ならばうまく立ち回ってくれそうだ』という根拠のない自信が膨れ上がってくるのだが、エリスの手に力が入り、そろりと見上げればとてつもなく怒っているエリスと視線が合う。
これはまずい。
きちんと静かにしていないとヒロイン候補から逃げられてしまうどころか、殺されかねない。いいや、殺される、間違いなく。
『あの、ボクは具体的にどうしてればいいんでしょうか……?』
「勉強終わるまで、黙ってて」
『は、はい』
「私に対しての質問も禁止、動かないでそこで座って大人しくしていなさい」
こくん、と頷いたリーアをまだ訝しげに見つつも、エリスはすぐ勉強へと戻っていった。
リーアは、勉強を再開したエリスをじっと観察している。
なるほど、クラス分けか。これがあるから自分がやらせたいことのヒロイン候補としては最適なんだろうし、何よりもこの集中力の高さと、手に入れたいと思ったときの行動力の高さはヒロインに相応しい、と笑みが溢れて止まらない。
エリスがヒロインになれば、きっとこの国の王太子と結ばれて、いいや、悪役令嬢も押し退けて相思相愛な二人がおさめる素晴らしき国を作り上げるに違いない。
宰相の息子も良いな、もしくは他の高位貴族の令息の嫁候補としても最適な人では、とリーアは勝手に一人で思い、一人で納得して、うんうんと頷き百面相をしている。
視界の端でそれを捉えてしまい、エリスはこっそりと『何か気持ち悪いこと考えてるに違いないなあのリーアとかいう精霊』とげんなりする。
一応、目標としていた範囲は集中して取り組めた。
問題をもう一度確認した感じ、応用問題が出たとしても解けたので本番でもやれるだろう。
少し邪魔は入ったものの、どうにか目標に決めた範囲を終わらせたエリスは、うーん、と大きく伸びをした。
「……終わりました。えぇと、リーア、だったかしら」
『……』
うんうん、と頷いているのを見て、エリスははっと思い出した。
「喋っていいですよ。先程は失礼しました、キャンキャン喧しい上に人を嘘つき呼ばわりするものだから、少し、頭に来てしまいまして」
『あの、すみませんでした……』
怒るのも無理はないし、嘘つき呼ばわりされて喜ぶバカだっていないのだから。
それに、いきなり突撃をしてきたのはリーア。約束なんか勿論していない。
「約束もなしに、しかも夜更けに突然押しかけた挙句ヒロインがどうとか嘘つき呼ばわりとか、意味のわからないことばかり言うな、という話なのよ」
『ごもっともです』
「……一応、話くらいは聞くけど、あまり過度な期待はしないでね」
『そこをなんとか!』
「内容次第よ」
『え』
先程の凄みのある笑顔ではなく、にこ、と次は可愛らしい笑顔を浮かべているにも関わらず、何故だか先程と比べても別の意味で迫力があるのは、どうしてなのだろうか。
あれぇ……?とリーアは冷や汗を垂らしながらも、エリスの次の言葉を待った。
「あなたのお話が、私にとってメリットがあると思えば勿論引き受けましょう」
『本当ですか!』
「えぇ」
『……ちなみに、ですね』
恐る恐る、リーアは言葉を続けた。
『デメリットの方が、上回れば……?』
「あら」
エリスの笑顔に乗せられた圧が、とてつもなく大きくなってしまった。ヤバい地雷踏んだ!?とリーアが後悔をしたが、時すでにまたもや遅し。
「やるわけないでしょう?」
『ボクの、命は』
「内容によっては、覚悟を決めておいた方が良いのではないかしら」
笑顔が途端に消え、スンッ、と真顔になって告げたエリスからは、本気しか窺えない。
ヤバい、言葉を間違えたら一発アウトだけでなくなんかもう色々ヤバい。
そう思えるくらいの迫力があったのだが、リーアはきっとうまくいくと思っていた。
貴族令嬢たるもの、いいや、女性であれば一度は『お姫様』を夢見るはずだ、と。
ならば、それをエサにして釣りあげれば良いだけの話。王太子の恋人、というだけではなく、高位貴族の子息との恋に導いてあげることができて、尚且つその人と結ばれるような未来へと導いてあげられたら、エリスの家にとっても、エリス自身にとっても、いいこと尽くしではないだろうか、と思う。
『あの、ですね。お願いというのは、さっきボクが言ったヒロイン、という単語に関係しています』
「……」
『何をすれば良いのか、具体的に言いますと……』
そう前置きをしてから、リーアは目的を素直に話す。
エリスを物語の『ヒロイン』にしたいということ。それにより、エリスにはリーアからの加護が与えられ、例えば恋をしたい相手に対しては想いが叶えやすいように動けるように采配したり、勉強もリーアの加護があれば好成績になれるように的確に『ここを勉強しろ』と教えられること、更には女性の夢である王子、あるいは王太子の恋人となり王子妃や王太子妃へと駆け上がるシンデレラストーリーも夢では無い、ということ。
「ふぅん……」
『いかがでしょうか、エリスさんにとって悪いお話ではないと思います。特に成績に関しては、先程まで必死に勉学に励んでおられましたし!』
もう一押しだ!とリーアは思ったのだが、エリスはつまらなさそうに欠伸をして、腕組みをしてから考え込んでしまった。
『あ、れ……?』
「私にとってメリットはあるようだけれど、デメリットは?」
『あるわけ』
「ない、とか言わないで。メリットばかりの話なんて詐欺も良いところだわ。メリットだらけだからって食い付いたら、どこかで奈落の底に叩き落とされる未来しかないんじゃないの?」
リーアの間違いは、エリスを夢見る女の子、と勝手に判断してしまったことにある。
このエリス、とんでもない現実主義なのだ。
「勉強は自分でやるからこそ身につくものであって、人に最初から導きまくってもらったところで、いい結果になるだなんて思えない。教えられたところだけ勉強すれば、良い点数が取れるのは当たり前だわ。あなたの加護とやらは、恐らく普通のものとは異なっているんでしょうからね」
そして、冷静でもある。
メリットだらけなら、やると即答する人が多いというのに、エリスは引き受けるどころか既に訝しんでいる。
まずい、引き受けてもらわないと、とそこまで考えて、リーアをふっと影が覆った。
「聞き方を変えましょうか」
『あ……』
エリスの表情が読み取りづらいのが、得体のしれない恐怖となってリーアを襲う。
「
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