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みなと
第1話:引き受けるなんて言ってませんので、悪しからず
『おっめでとうございまーす! あなたはこの度、ヒロインに選ばれましたー!!』
「……」
唐突に目の前に現れた存在に、エリスはものすごく嫌そうな顔で答える。
底抜けに明るい上に、それの周りがキラキラと光っていて存在感だけやたらとあるし、声も大きい。一体なんなんだ、とゲンナリしてしまうのは仕方の無いことだ。
「宗教の類ならお断りしますのでお引き取りください」
『ち、違います!』
「……なに、私疲れてんのかな……テスト前だからって幻覚を見るだなんて……今日は早く寝なきゃ」
『あの、聞いてください、お願いですから!』
「嫌だけど」
えー!と何やら甲高い声で叫んでいる光る何かにエリスはジト目のまま、心底嫌そうな態度は維持したままで続けた。
「いきなり現れた正体不明の何かの話を聞いてやるほど私は優しくないので。あと、馴れ馴れしい。気持ち悪いしうるさいのよ」
『精霊の存在が珍しくないとでも言うんですか!?』
「いや、その辺に普通にいるから珍しくもなんともないわ。……おいで」
ほれ、とエリスが自身の得意な水魔法をぱっと発動させれば、魔力をお目当てにきゃいきゃいと下級精霊が近寄ってくる。
それを合図にしたかのように、水魔法の力がほんの少しだけ増幅した。
『うそだ……』
何がどうしてこうなった、と空中で項垂れている自称・精霊はどうやら己が特別な存在だとばかり思っていたらしい。
エリスの住んでいる、ファルドゥリア王国には、精霊もいれば、精霊の力を用いた召喚術だってあるし、魔法だって存在する。
魔物だって普通に存在しているし、王国は魔物よけの結界を展開することで王都までは入ってこない。
メインの町や村、中心都市には強力な結界がある上に、万が一のことを考えて常に神殿にて精霊に祈りが捧げられ、魔物に結界が破壊されないようにと何重にも強化をされている。それを専門職として生業にしている人もいるくらいなのに、今更精霊に驚けと言われても無理がある話である。
人型は珍しいけれど、高位精霊になればなるほど姿が人に近付く。これはエリスの通っている高等学院で精霊学の授業を受けていれば普通に皆知っているし、平民にも広く知識として広められているから、多分この精霊とやらが街中に飛んで行ったとしても全く違和感なく『あら精霊さんこんにちはー、貴方は何属性の精霊さんなのかしら。人型だから、高位精霊?』と、のほほんと挨拶をされてしまってはい終わり、というくらいだろう。
高位精霊も定期的に行われている神殿の行事だったり、年に一回のお祭りで披露されているから、見たことのない人の方が少ないくらいなのだから。
『あ、あの、この国は、いいえ、この国の人達は皆魔法に詳しいのですか!?』
「日常生活で必要なので、そりゃまぁ当たり前に詳しいし使えますけど。専門的に学んだり研究したり、を仕事にしてる人もいるくらいなので」
『そ、そんなぁ……』
何やらまたがっくり項垂れているが、エリスの知ったことでは無い。
こんなもんに構っている暇があれば、最高学年に上がる際のクラス分テストのための勉強をしたいくらいなのだが、何やらえーんえーんと泣きながらチラチラこっちを見てくる精霊が。
うわうぜぇ、とエリスは思うが、厄介払いをするには相手をしなければいけないらしい。何で面倒なことを引き受けないといけないの……! と、項垂れるも、思い切り溜め息を吐いてからようやくここで体の向きを変えた。
「んで、貴方は何なんですか。精霊ではあるんですか?」
『はい! ボクはナビ精霊のリーアといいます!』
「…………」
エリスの問いかけにその精霊はやたらと明るく、嬉しそうに張り切って胸を張る。
しかし、『ナビ精霊って何だ』とエリスはとんでもなく訝しげな表情になってしまう。
当たり前だが、この国でいうところの精霊というのは、地水火風の四大元素に属している。
とんでもなく稀な存在として闇と光の精霊がいるが、これは会える時期がそもそも限定されているので日常的に見れるのは、人が操れる魔法の四大元素にそれぞれ属している精霊たちなのである。
火魔法を使えば、発せられる火属性の魔力を餌として下級精霊がふわふわ寄ってきて、いい感じに魔力を食べつつ増幅してくれたりなど、火加減の調節をしてくれたりする。
残りの属性もそうで、うまく共存し合いながら過ごしているのだが、このリーアとかいう精霊は、どうやらそれ以外らしい。
イレギュラーには何となく関わりたくないなぁ……と顔に書かれているのが分かりやすかったのかもしれないが、リーアが慌てながら必死にエリスに訴えかけてくる。
『お願いします、ボクを助けると思ってこのまま話聞いて貰えませんか!』
「え……嫌だけど」
『おーねーがーいーしーまーす!!』
「うるっさい、耳元でキャンキャン喚かないでよ!!」
令嬢らしくない、と言われようともエリスの素の言葉遣いが今はぼろぼろ出てきしまっている。
エリス・ルーデア。
ルーデア伯爵家の長女にして、現在、王立学園高等部の三年生にもうすぐ進級しようという頃。
年は十七歳、身長は高くもなく低くもなく、な157cm。だいたいこれくらいの女子が多い。
髪の色は深い青で、目の色は綺麗な空色。父や母からは『まるで宝石のアクアマリンね』と褒められることもあるし、ちょっとした自慢でもあるが、一旦それはさて置いた。
そして、ルーデア伯爵家はそれこそ可もなく不可もなく、平凡ではあるものの由緒正しき歴史のある伯爵家。父も母も元気いっぱいだし、領地にも領民にも問題は無い。犯罪者が全く居ない、とかではなくまぁそれも普通、くらい。至って平穏な領地そのものである。特産品は季節に応じたフルーツで、パティシエたちがフルーツ作りのために仕入れに来たりもしている。
ただ、学園に通うのが領地からは少し遠いから、王宮で文官として働いているエリスの兄の持つ家に住まわせてもらいながら通っているのだが、まさか今こんな事態になるとは思ってもいなかった。
そしてもう一つ。
これだけ騒いでいるのに兄から何も言われていない。
今は夜なのだが、これだけ煩くしていると間違いなく兄からは特大の雷を落とされるはずなのに、とエリスは訝しんだ。
「……ねぇ」
『はいっ!』
ようやく違和感を覚えたエリスは、リーアに話しかけた。それが嬉しかったのか、リーアはぱっと顔を輝かせてにこにこと笑っているが、何だろう。気持ち悪さが勝ってしまう。
「私、結構な声の大きさだけど、何で誰も来ないし、何の反応もないの?」
『それはですねぇ』
ニコー、とひと際薄気味悪い笑顔になったリーアが、爆弾発言をかましてくれた。
さっきまでの可愛らしい笑顔はどこに、という凶悪なもので、エリスはひくりと頬を引き攣らせてしまった。
『ちょっとこの屋敷全体を精霊界に取り込んでいる影響で、みーんな眠ってるんです!』
「……は?」
『すごいでしょ? ね、ナビ精霊のボクすごいでしょ!』
「(何がすごいのよ……!馬鹿なんじゃないのコイツ……!)」
褒めて、と言わんばかりにリーアがグイグイやってくるのだが、気持ち悪い、おぞましい、以外の感想が出てこない。
精霊界に取り込んでるってなんだ。そんなに簡単に人の家(正確には兄の家だが)を取り込まないでほしいし、取り込むなら許可を取れ、と声を大にして言いたい。
そもそもナビ精霊だなんて存在は、これまでの王国の歴史にも出てこない。仮に存在するならば、歴史学で単語だけでも聞くはずなのだから、とエリスは必死に頭を回転させる。
『エリスさんが
ねー、と可愛らしく言ったところで気持ち悪いものは気持ち悪いし、エリスからすればリーアはもう化け物にしか見えない。
だが、早くここから解放してもらいたいのも事実。
「……何が望み?」
『わぁ!』
リーアの顔がぱっと輝く。
そして、満面の可愛らしい笑顔でこう続けてきた。
『おっめでとうございまぁす、貴女は栄えある
「……」
そして、冒頭の台詞に戻る、というわけである。
こいつ、鷲掴みにして火炎魔法で燃やし殺してやろうか、と物騒なことをエリスは考えたのだが、そういうわけにもいかなそうだ。
エリスが表情を消してしまったのを、どうやら不快感を露わにしていると勘違いしたリーアは慌ててひょいひょいとエリスの周りを飛びながら言葉を続ける。
『ごめんなさーい、でもこうしないと話を聞いてもらえないかなーって思って!』
「そういうのを脅迫、っていうの。お勉強になったわね、化け物」
『化け物じゃないですよー。ボク、こーんなに可愛いのにー』
ねっ、と可愛こぶってみても遅いと思うが、とりあえずこいつの話を聞かなければそもそも解放されないらしい。
それにさっき言った『ヒロイン』って何なんだろう、とエリスは眉をひそめた。
意味合いとして、こう……小説でよくある男性主人公と恋仲になるであろう可愛らしい女の子のことか……?ということは予測できるが、かといって自分はそんなもんではない、とエリスは思う。
しかし、このナビ精霊、詰めが甘いとエリスは追加で思った。
『さ、引き受けてくれますよね! なら元に戻しますよ!』
リーアはにこにこと機嫌良さそうに言ってから、精霊界に取り込んでいる(らしい)兄の家を、何らかの魔法か何かで元の世界に戻した、らしい。
エリスに感じられるのは、何となく体にまとわりつく魔力の気配が馴染んだものになってきている、くらいかもしれない。
「……」
『あれぇ? エリスさん?』
ルーアがエリスの顔を覗き込んだ瞬間、がっ、とおもむろにエリスはリーアを鷲掴んでこう言った。
「何が望みか、は聞いたけど『あなたのお願いを聞いてあげる』だなんて誰も言ってないのにご苦労様」
『…………え?』
ぎち、とリーアを鷲掴んだエリスの顔は、『無』。
あれ、まずかったのか、とここでようやくリーアが気付いたのだが時すでに遅し、というやつなのであった。
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