第2話:イストリアの街

「ここが……異世界か」


 思わず呟いたその言葉は、まるで実感が湧かない現実を前にした俺自身への確認だった。目の前に広がる光景は、見慣れた現代日本とは全く違う。


 高くそびえる石造りの建物、石畳の道を行き交う人々、そして澄んだ青空の下を飛び交う鳥たち。俺の足元を軽く撫でる風が、異世界の空気だと感じさせるほど清々しい。


 俺は転生したんだ……と、ようやく自覚が芽生える。


「ルナ、お前も感じてるか?」


 隣を見ると、ルナが白銀に輝く毛並みを風に揺らしながら、いつものように鼻をピクピクと動かしている。彼女の瞳は、今や深い蒼色に変わり、まるで何かを見通しているかのようだ。


 転生してからのルナは明らかに異なる存在となった。現代ではただの柴犬だった彼女が、今では魔獣――それも、どこか威厳さえ感じさせる進化型の狼のようだ。


 しかし、彼女が変わってしまっても、俺の隣にいてくれるという事実は、心の支えだった。


「まずは宿を探さないとな……」


 俺はルナと共に歩き出した。この町の名は「イストリア」――どうやら冒険者が集まる町らしい。辺りには冒険者らしき装備を身にまとった人々が多く、剣や鎧に身を包んだ姿が目立つ。


 だが、冒険者以外にも、商人や職人、行商人たちが活気に満ちた声を上げている。


「ここはまさに、中世の町みたいだな」


 俺は感嘆を隠せなかった。石畳の道には、馬車や荷車が行き交い、商人たちは自らの店先で売り物を並べ、時には声を張り上げて呼び込みをしている。


 木箱に乗って大声で取引を叫ぶ男、路地裏でひそひそと話をする怪しい集団――どこを見ても、異世界らしさに満ちていた。


「すごいな、まるでゲームの世界そのままだ……」


 この町の活気と雰囲気に、俺は自然と足を止めて見入ってしまった。異世界に来たという感覚が少しずつ現実味を帯びてくる。


 けれど、今は驚いている場合じゃない。まずは生活基盤を整えることが先決だ。今日は一度、宿を見つけて落ち着こう。今後の計画を練るのは、それからだ。


銀月亭ぎんげつてい、か」


 町の中央にそびえる石造りの建物の看板には、そう書かれていた。見た感じ、豪華すぎず、しかし上品な佇まい。これは中級クラスの宿だろう。


 贅沢なものではないが、サービスもきちんとしていそうだし、何よりも落ち着いて過ごせそうな雰囲気がある。


「ここなら大丈夫そうだな」


 俺は軽く息をつき、ルナを連れて宿の扉を押した。ドアを開けると、温かみのある室内が広がり、上質な木の香りが漂ってきた。


 カウンターの向こうには、綺麗な身なりの女性が品のある微笑みを浮かべて立っている。


「いらっしゃいませ、銀月亭へようこそ。お泊まりですか?」


「そうだ、一週間お願いできるかな。あと、ルナも一緒なんだけど、問題ないか?」


 俺がルナを指さすと、女性は彼女を見つめ、少し驚いたような表情を浮かべた。しかし、すぐに優しい微笑みに戻り、軽く頷いてくれた。


「ペット同伴ですね。もちろん、大丈夫です。特に問題はございません。彼女、とても賢そうですし」


「ありがとう、助かるよ」


 俺は胸を撫で下ろした。ルナがこの姿になってから、どんな反応をされるか少し不安だったが、受け入れてもらえて安心した。


「一週間ですと、朝食と夕食込みで300クラウンになります」


 俺は神から転生時に渡された異世界の通貨――クラウンを取り出した。カウンターの女性に手渡すとき、その硬貨の重量感が改めて手に伝わってくる。300クラウンということで、俺は金貨を3枚渡した。


「ありがとうございます。それではこちらが鍵です。お部屋は2階の角部屋になります。何かご不明点があれば、いつでもお知らせください」


 女性が差し出した鍵を受け取り、俺はルナと共に2階へ向かった。階段は木製で、踏むと少し軋む音がするが、それがまた味のある落ち着きを感じさせる。


 廊下には装飾の施されたランプが灯り、落ち着いた照明が部屋へと導いてくれた。


「ふう、いい宿じゃないか」


 部屋に入ると、そこは中級クラスの宿らしく、清潔で落ち着いた雰囲気が広がっていた。天井は適度な高さがあり、木の家具が温かみを与えている。


 ベッドもふかふかで、久々にゆっくり休めそうな感じがする。


「ふう、ようやく落ち着いたな……」


 俺はベッドに腰を下ろし、大きく息を吐いた。異世界に来たばかりで、どう動いていいのか正直わからなかったが、こうして一息つける場所があるだけでも気持ちは違う。


 ルナもベッドのそばで静かに尻尾を振りながら、リラックスしている様子だった。彼女も疲れているはずだ。魔獣として進化してからというもの、慣れない身体でこの世界を過ごしてきたのだから。


「なあ、ルナ……お前も大変だったな」


 俺はそっとルナの頭を撫でた。彼女は少し目を細め、安心したような表情を浮かべた。現代でも、こうして何度も癒されてきた。異世界に来ても、俺たちの関係は変わらない。


「これからどうするかだよな。まずはこの町をしっかり把握しないとな」


 俺はベッドに腰を落としながら、これからの計画を考えた。冒険者としての活動を始めるか、商人としての基盤を固めるか、どちらも同時進行で進める必要がある。


 幸い、俺には「等価交換」のスキルがある。これをどう使うかが、今後の俺の生き方を決めることになるだろう。


「よし、少し試してみるか」


 ベッドから立ち上がり、ルナに目を向けると、彼女も興味津々でこちらを見ていた。異世界に来たばかりで、今までこのスキルを使う機会がなかったが、今がそのチャンスだ。


 ポケットから現代日本から持ってきた小さなもの――携帯用のポケットナイフ――を取り出す。このアイテムがどれほどの価値で交換できるのかを確かめたい。


「等価交換、発動」


 俺がナイフを手にし、軽く呟くと、ふわりと手の中からナイフが消えた。次の瞬間、空中に輝く光が集まり、何かに変化していく。


 やがて、その光の中から小さな袋が現れ、俺の手に落ちてきた。袋を開けてみると、中にはこの世界の通貨――クラウンが詰まっていた。


「これは……20クラウンか。ナイフ一本でこれだけの価値があるんだな」


 俺は驚きながらも、その額に納得した。現代日本でさほど高価ではないアイテムが、ここでは貴重なものとして認識され、価値を持つことがわかった。


 このスキルをどう活用するかで、今後の商売や冒険者活動に大きな影響を与えるだろう。


「このスキル、やっぱり便利だな……」


 ルナが軽く鳴いて、俺の手元を覗き込む。彼女も興味を持っているようだが、これで異世界での第一歩を少しずつ進めることができると確信した。


 今後の商売の成功に向けて、このスキルをどう最大限に活かしていくか、考えを巡らせながら、俺はもう一度、イストリアの町に思いを馳せた。


「まずは、明日からこの町をもう少し探ってみるか」


 俺は深呼吸をしながら、自分に言い聞かせた。異世界での新しい生活が始まったばかりだ。焦ってもいい結果は生まれない。まずはこの町「イストリア」をじっくり探りながら、足場を固めることだ。


「ルナ、今日はゆっくり休もうな」


 俺の声に応えるように、ルナは小さく吠えた。その鳴き声には、どこか安心感と信頼がこもっていた。



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本日の2話目


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