第23話 無銘の剣聖は

燈の見舞いを終え、寮までの帰路を辿っている間。

俺の脳には、燈が言い放った言葉達が反芻していた。


『え!?知らないんですか玄斗さん。当時最強と謳われていた剣聖がたった一人で学園都市そのものを相手取ろうとした前代未聞の事件なのに!!』

『という事は、当時最強だった剣聖――繁縷瑠璃はこべるりさんも分からないわけですか……』


……いや、燈。俺はソイツを知っている。これ以上無い程知っている。

容姿も、性格も、実力も――――最期も、全部、全部。


「だって、瑠璃姉さんを殺したのは…………」


俺は剣の鞘を握りながら、後悔を掻き消すかように歯を噛み締める。

もし、繁縷瑠璃という存在を殺したヤツが、後に無銘の剣聖という存在として崇め奉られているのだとしたら、それは間違いなく――――もしかしなくても、俺の事だ。


「………………………………」


空を見上げ、赤く染まる遠くの夕日に目を向け、繁縷瑠璃を――俺の剣の師匠を思い、描く。


――――繁縷瑠璃は、俺の剣の腕を磨き上げてくれた師匠だった。

ギャルみたいな口調で、いつも優しくて、いつも笑ってて、剣の腕も達者で、でも子供にすら容赦が無い鬼のような人で……本当天使と悪魔、その二つの相反する一面を持つ人だった。


…………けど、そんな人間がある日突然、本当の悪魔になった。

警察を斬り、名家の人間を斬り、姉妹のように仲の良かった早駆綾愛を斬り――そんな彼女を止めようとした俺は、たった一人で立ち向かい、そして――ってしまったんだ。


どうしてそんな凶行に及んだのかは知らない。知りたくない。

今の俺がこうして普通の精神を保っていられるのは、時の流れもあるのかもしれない。

けれど、一番の要因は綾愛や他の人が俺を支えてくれたからだ。


けれどもし、あんな優しい人間を狂わせてしまったその何かを知ってしまえば、俺はきっと――彼女を殺してしまったという事実が、一生涯かかっても許せないような気がするんだ。


それは逃げだ。と言われるだろう。

けれど、それでもいい。

だって、そうでもしなきゃ俺は――。


「………………あーもう、やめだやめだ!!」


俺は全ての思考を一度リセットし、頭を掻きむしる。

なに辛気臭くなってやがんだ俺。そういうのはもう似合わないだろ高校生だぞ!?


てか、なんか知ってそうだからって理由で綾愛に無銘の剣聖について聞こうと思ってたけど、よくよく考えたら実の姉妹のように仲が良かった人間相手に『もしかして、繁縷瑠璃を殺したっていう無銘の剣聖って俺?』なんて事を聞いてしまったら、その後お通夜みたいな空気が張り詰める事まっしぐらな展開になるのは目に見えてるじゃねぇか!!


「そもそも、100パー俺の事だってもう分かりきってるしなぁ……」


何度でも言おう、瑠璃姉さんを殺したのは俺だ。今でも鮮明に思い出せる。

そして、俺が殺したという事実は警察には隠してもらっているし、確かに正体が広まっていないのも当たり前の話だ。


「けど、だとしても!!俺の目的は変わらない――!!」


自分自身の正体が無銘の剣聖という事実に気付いたとしても、俺の目的は変わらない。

友達を作って、学園生活を謳歌する――それが、俺の今の目的だ。


それはきっと、瑠璃姉さんというかけがえの無い人を失ったからこそ、また新たな繋がりを求めたが故の結果なのだろう。


けど、それでも――失うのが怖くなって、新たな繋がりを求めようとせず閉じこもっちまうよりかはマシだよな。


俺は自分自身をそう納得させながら、寮までの道のりをゆっくりと歩んでいくのだった。






――――後書き――――

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