第24話 開戦

「透歌、識。お前達が直々に動いてくれて心強く思うし、嬉しいよ」


暗闇に包まれ、街灯の明かりと車の明かりが目立つ世界の中。

私としーちゃんを後ろに乗せて運転してくれているスーツに身を包んだ黒髪のボサボサヘアーな女性――羽場侑李はばゆうりさんが口を開いた。


「いえ、とんでもありません。これは最早、貴方がた警察の問題だけではないのですから」


大いなる力には大いなる責任が伴うとはよく言ったもの。

目の前から差し迫っている悪に対抗できる程の力を持っていながら、それを自らの為だけにわたくしは使いたくない。


「ふっ。とても高校生とは思えないな。全く、玄斗もそうであって欲しかったもんだ」


……侑李さんは、玄斗様の事をよく気にかけている。

無影の剣客の時もそう、本来なら世間を騒がしている殺人鬼を倒した人間なんて、いくら本人が伏せていたとしても、何気ない情報が流出してしまうのは必然。


例えば、打ち倒したのは子供――だとか。

けれど、侑李さんが手を回して玄斗様から無影の剣客を打ち倒した人間という功績を隠蔽した。


だから、テレビや新聞、ネットの記事などでは警察の捜査が身を結び無事捕らえるにまで至ったとなっている。


「……そういえば、玄斗様は自らが無銘の剣聖である事を存じ上げていないようですよ?」

「まぁ、私も教えてないからな」


わたくしの言葉に一言、侑李さんはそう返すと――「いや」と前置きのような言葉を漏らし、そして――ゆっくりと口を開く。


「教えたくないんだ」

「教えたくない、ですか?」


どこか遠くを見ているような様子を見せながらそう言葉を発する侑李さんに、わたくしは再度聞く。


「無銘の剣聖――奴にとってその称号は栄光でも名誉でも何でもない。自らの後悔、弱さを表すものだ。お前なら分かるだろ。あの日あの時、繁縷を打ち倒したヤツを見ていたお前なら」

「……確かに、そうなのかもしれません」


わたくしが玄斗様の存在を知っていた理由。

それは“あの戦い”を実際に見ていた者の一人であったから――それに他ならない。


「……結局の所、奴が自力で気づくのを待つしか無いんだよ。誰かに言われて一気に知るより、自分から知っていく方がショックは少ないかもしれんだろ」

「皮肉ですね、本当。誰もが羨む剣聖の名が、彼にとっては――」


川を横断する為に繋がれた巨大で長い橋の上。

窓からそんな場所から見える景色を傍観しながら、そう呟いたその瞬間だった。


「――――――――――ッ!!」


その時、わたくしの“能力”が発動した。

景色が頭の中に流れ込んでくる、数秒先の死の未来。

赤く煌めく熱線が、この車の上半分を消し飛ばしに向かって来る。

そうして、わたくし達は――殺される。


「車を止めて伏せて!!」


わたくしはすぐさま侑李さんに指示を出し、車を止めさせたその刹那。

しーちゃんの頭を押さえ、自分の体と一緒に伏せさせると――熱線が体上を掻っ切った。


それを確認した瞬間にはもう既に体は動いている。

しーちゃんと侑李さんを素早く同時に抱き抱え、わたくしはオープンカーと化した車から飛び出した。


「チッ。敵襲か!!」

「私、今の透歌様の雄姿と昨日盗ませていただいた少し大人っぽさを感じさせるピンク色の大変神聖なパンツだけで当分は生きていけそうです」

「こんな状況でそんな犯罪暴露しないでくれない!?」


とんでもない暴露をしてくれやがりましたこの人はもう、侑李さんにあとでたっぷりとお叱りを受けてもらっておきましょう。

――そう、目の前の敵を倒してから。


「随分と賑やかだな、炯眼の剣聖!!」


そうして声を発したのは、ピアスをじゃらじゃらとつけた一人の男。

考えるまでも能力を使うまでもなく分かる。

ヤツが、攻撃者だ。

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