第20話 話される事実と託したい意思

――とりあえず、とりあえずだ。

俺は自分の羽織っていたクリーム色の制服を脱ぎ、彼女に渡す。


「勘違いしないでくれマジで、俺を訴えないでください本当に」


最悪の未来を防ぐため、俺は念を押しておく。

剣聖という地位にいる人間が俺みたいな一般人を相手に訴えなんて起こしてみろ、一瞬で負けて投獄だぞ。


「ふふ、分かっていますよ。別に、わたくしのような貧相という言葉がよく似合う体と小さいお胸を求めている人間なんて居ない事知っていますから」

「なんで急に重くなるんすか!?」


どこか憂いを帯びた瞳を宿らせながら、そんな事を言う漣さんに俺は思わずツッコミを入れてしまう。

いや、絶対需要はあると思うんだが。ただ、寄ってくる人間はまともじゃない……かもしれないが。


「でも、これで分かりました。やはり貴方様はお強い、わたくしを遥かに凌駕する程に」

「いやいやいや何が『遥かに凌駕する程に』っすか。本気出して無かったじゃん」

わたくしの声真似が上手すぎて尊敬を超えて怖いですね……」


なんかそれ天崎にも言われたような気がするんだが、これ結構自慢な特技なのに皆酷くね?凄い!!とか言ってくれてもいいんだよ?


「ですが――本気を出していなかったのは貴方様も同じでしょう。もしこれが命を懸けた戦いだったとすれば……わたくしは死んでいたでしょうね」


何故か楽しそうに「ふふっ」と笑いながらそんな事を言う彼女に、俺は静かに告げる。


「……どうして漣さんが俺の事をそこまで神格化してるのかは知らないですけど、マジであなたを凌駕する強さなんて持ってませんよ俺は」


実際、こうして戦ってみては分かったが彼女は強い、強すぎる。

それこそ、剣聖の中でも最強とか言われても信じてしまうくらいに。


俺が考えも無しに変な場所に向かって手刀を放ってしまったのは、どうしても傷をつけないという事に加え当てる位置を調整するなんて事を考える余裕が無かったからだ。


ここまで追い詰められたのはぶっちゃけ3年ぶりとかくらいだろうか。

もし悠長に考えてたら空の彼方まで吹っ飛んでた自信あるよマジで。


「貴方様にそう言われて、わたくしとても嬉しく思いますよ。ですが――」


その時、彼女の表情から微笑みが消えた。

瞳は真っ直ぐに、口角は水平に――そんな真面目な表情を宿した彼女が、その口を開き重苦しい声を発する。


「そんなわたくしにも、殺せなかったヤツが居ます」


突如として出された物騒なワードに、俺は思わず目を見張った。

さっきまでの平和(?)な雰囲気isどこ


「だからなんで急に重く……いや、分かりましたよ。それが話したい事なんですね」


あのメイドさんの話では、彼女は俺と一対一で話したいとの事らしかったからな。

一つ嵐が起こったとはいえ、


「ふふっ。今更ですけど、話しやすい口調でいいですよ。先程から話しづらいでしょう?」

「え?いやでも、漣さんは恩人ですし…………でも、分かった。そうさせてもらうよ」

「はい」


そう言って微笑みを向けると、漣さんは場を切り替えるように咳ばらいをし――「話を戻しますね」と言って本題へと戻る。


わたくしが唯一取り逃した存在――彼女は、自らの事を不条理ふじょうり魔王まおうと名乗っていました」

「魔王?なんだそりゃ、厨二病ってヤツか?」


自分の事をわざわざ魔王と称するって、それ相当……いやかなり黒歴史になりかねない話だと思うんだが。


「……そう思ってしまうのも無理はありませんが……実際に相対すれば分かります」


そうして漣さんは両方の手で拳を握りながら、その情景を話し始める。


「彼女は化け物です。一言で表すとするのなら“異常”という言葉がよく似合うでしょう。わたくしの眼にも映らない圧倒的な速度の剣戟けんげきに体術、瞬間移動、驚異的な再生能力、対象の位置の変更をする事だって可能でした」

「それはいくらなんでも欲張りすぎじゃね?」

「本当です。わたくしでさえ右腕と左足を斬り落とすので精一杯でした。まぁ、まばたきをする間もなくくっついていたのですけれど」

「なにそれこっわ」


てか、やっぱりこんな女の子でも剣聖ともなれば相手の四肢斬り落とせるくらいのメンタルっていうか精神性は持ってるんだな…………いや、そもそもそんなチーター相手にしてよく右腕と左足斬り落とせたな、凄くね?普通に。


「でも、そんな話をどうして俺に?」


そんな素朴な疑問を投げかけると、漣さんは少し沈黙した後――意を決したかのように告げる。


「無影の剣客という、つい昨日逮捕された無差別殺人者が居ました。どのように逮捕に至ったのかは、無影の剣客を打ち倒した本人の意思の元、警察によって伏せられてしまったようですが」


何だか俺の方をチラチラ見ながら言ってきてるんだけど、絶対この人どのように逮捕にまで至ったのか知ってる感じじゃないですかヤダー。


「とまぁ、そんな彼女は透明化という素晴らしい能力を持っていたのですが……面白い事に、元は無能力者――いわば、現剣の力を引き出す事が叶わなかった存在だったのです」


彼女が言い放ったその事実に、俺は信じられず目を見張ってしまった。

現剣がもたらす超常的な力は通常、5、6歳までには例外なく全員、ある程度引き出せる。


しかし、もしそれらの歳が過ぎても力を引き出す事が叶わなければ――幾度となく鍛錬を積んだとしても、その人間は一生超常的な力を発現させる事は出来ない。


それは、一種の難病のようなものとされている。

現剣から自身の肉体へと流れ込んでくる超常的な力を波と例えるとするのなら、人間の体はゲートと例えるべきだろうか。


通常、そのゲートは解放されているものであり、現剣から流れ込んでくる力という波を許容して初めて人は火や風等を起こすに至れるが、無能力者は逆にそのゲートが閉ざされており、波が入り込める隙が無い。


故に、現剣は出来ても力を引き出す事が体質上不可能。

故に、無能力者と成り得るのだ。


「だけど……透明化の能力が使えていたって事は、要するにソイツは後から現剣の力を引き出すにまで至ったっていうのか?でも、それは体質上不可能な筈なんじゃ」

「だからこそ、きな臭いのですよ」


漣さんは眉をひそめながら間髪入れずに告げる。

きな臭いか……だがやり方がどうあれ、もし仮に後からそのゲートを解放させる事に成功したという話が事実なのだとしたら……それは確実に革新の一歩となり、新たな争いの火種の元になるかもしれんな。


「この一件と、ここ数年起きている“無能力者のみが変死体として”見つかっている事件……とても関連性が無いとは思えません。ですので、わたくしも炯眼の剣聖として調査に乗り出そうと思っています。恐らく、その果てに――ヤツ魔王が居るはずなんです」


そこまで言うと、漣さんは「ですから」と前置きをし、告げる。


「貴方様には、わたくしにもし不測の事態が起こった時に、不条理の魔王を殺すという意思を継いでほしいなと」


彼女の瞳が、真っ直ぐと俺の目を射抜くかのように合わせられる。

信念が宿っている良い眼だ、翠色の瞳が情熱の赤色に見えてくる。


「なんでそんな覚悟ガンギマリなんだ。まだ高校二年生なんだぜ?別に追わなくても――」

「不条理の魔王をこのまま生かしておけば、遅かれ早かれこの学園都市は火に包まれます。大切な者を守る為に、害する者を先んじて打ち倒すのは実に合理的でしょう?」


食い気味に「ふふっ」と笑いながら彼女は答えると――屋上の扉の方へ向かい一歩、歩を進める。


「では、これにてわたくしは失礼いたしますね。意思を継ぐというお話の返事はどちらでも構いません。どちらに転んでも貴方様には話しておいて損はないと思った……というのがこのお話をした主な理由ですから」

「そっか……まっ、安心してくれ。意思を継ぐかどうかは分からんが、漣さんがピンチの時は助けに行くよ」


その俺の言葉に、漣さんは虚を突かれたのか驚いた表情をすると……どこか頬を赤く染めながら口を開く。


「そ、そのような事を人に言われたのは初めて……。あ、えっと…………期待、しておりますね」


そう言って、漣さんはゆっくりと歩きだしたのだが――。


「うぎゃっ」


刹那、障害物の一個も無いコンクリートで形成された地形であるはずなのに、漣さんは顔からうつ伏せになるようにダイブしてしまった。


「漣さん!?」


そんな唐突すぎる光景に、俺は思わず驚きの声を上げながら駆け寄ろうとしたのだが――すぐに漣さんはバシュッと起き上がった。


「え、大丈夫っすか……?」


どこかプルプルと肩を震わせているその背中に、俺は心配しながら優しく問いかけたのだが……。


「う、うえええええええん」

「!?!?」


突然、まるで幼稚園生かと疑いたくなる泣き声がこの屋上に響き渡ったので、俺はまたしても驚いてしまいその反動で体が硬直した。


「し、しーちゃん。来て、きてぇええええ」


泣き声を上げている当の本人は、誰か人を呼んでいる。

いや待て、なんでここまでカオスになるんだカオスに!!


「透歌様、只今ただいま


そうして姿を現したのは、先程廊下で情報をくれたメイドさん。

登場する速度が速すぎてずっと傍に居たんじゃないか疑うレベルだ。


「うぅ、せっかく威厳ある風に立ち回れたのに、最後の最後でドジしちゃったよお」


涙ぐんだ声を隠そうともせず、メイドさんにそう告げる漣さん。

あ、あれ立ち回ってただけなんだ、もしかして素じゃないのか?


「安心してください。私、他者の記憶を部分的に飛ばす事は何よりも得意でございます」


そう言うと、メイドさんはどこからか小型のナイフを人差し指と中指の間に挟んで取り出した。


「おい待て、その特技は大変貴重だと思うが一学生いちがくせいにしていい事じゃないって事だけは理解してるよな?大丈夫だよな?」


記憶というより命の危険を感じた俺は、すぐさま諭すように告げた。

しかし、それが響いていないのか否か、メイドさんはまるで壊れた人形かとツッコミたくなるような程の不気味な首の動かし方を用いて俺の方を捉える。


「一瞬で終わりますよ」

「あ、やめて!!助けてぇぇぇぇぇぇ!!!」


ナイフと眼光を光らせながら、立ち上がり歩み寄ってくる彼女に、俺はただただ叫んで抵抗するのだった。

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