Chapter 2

第12話 蠢く影

「あらあら~。無影さん、タイホされてしまったようですよ~?」


朗らかで上品な女性の声が、陽の光すら遮断する森の奥深くに位置する廃屋の中から蠢くように響く。

声を発したのは、白色の髪をベースに、毛先が赤、青、黄色、紫、黒、ピンクといった多種多様な色が入り乱れた異質な髪色を持った糸目の少女。


「ふ〜ん。まっ、分かり切ってたけどね~。実力は認めるけど能力が弱かったし。あんなの、広範囲攻撃でもし続けていれば誰でも勝てるからね〜」


ドラム缶の上に座り込み、両足をゆらゆらとさせながらまるで興味が無さそうな軽い口調で言い放つのは、フクロウの仮面を被っている黒髪の小柄な少女。

そんな少女の揺れる足が微かに音を立てる中、彼女の口調が一転してご機嫌な声のトーンになる。


「でもでも、別にどうだっていいじゃん。失ったのなら、また新たな人間を犠牲にして補充すればいいだけなんだから。だってそうでしょ?いつだって人間の世界は、数多の犠牲を排出して成長を遂げてきたんだからさ~♪」


仮面の下で、確かに口角が上がる。


「ふふ。相変わらずご機嫌ですね~。ですが、無影さんが捕まってしまったと言う事は、彼女を捕えるに至った優秀な方がいらっしゃるという事ですし、何かしらの情報が警察に渡る事は避けられないですよ〜?」

「分かってるって~。はぁ……せっかく気分を上げて忘れようとしてたのに思い出させないでよね、もう」


白髪の少女の現実へ引き戻される発言にふてくされながら、仮面の少女は「よっと」と言葉を漏らしながら軽い身のこなしで管から立ち上がり地に足を付ける。


「あら。それは失礼な事を致しました~」


口に手を当て、しまったという言動をしているが――その顔は貼り付けられているかのように不気味な笑顔を浮かべていた。


「もし邪魔だと言うのなら、私が直々に消してさしあげますよ~?」


彼女はお詫びの代わりに、魅力的な提案を提示する。

しかし、そんな謝意を仮面の少女は「いやいい~」と一蹴し言葉を続ける。


「だってぇ、私達が出向かなくても相手から出向いてくれそうでしょ~?だから、座して待てばいいんだよ♪」


座して待てばいい。

その言葉が真に意味する事は、放置していてもなんら脅威にすらならない――彼女が活動する分にはなんら問題無いと思っているという事。


「ふふっ、それは名案ですね~。流石です、天才です」

「でしょでしょ~?」


得意気な声を漏らす仮面の少女は、両手を軽く上げて伸びをする。


「さあ~って、暇だし新しい仲間でも探しに行ってこよかっな~」


そう言うと彼女はポケットに手を突っ込み、ドス黒く禍々しい光を放つ水晶を取り出し、顔を近づける。


「次は“当たり”を引ければいいですね~」

「だね~」


まるで、アリを踏み潰す無邪気な子供のように。


「あぁ~。にしても、暇だから早く熟してくれないかなぁ」


躊躇いも悪気も罪悪感も、何も持たず。


「そしたら、すぐにでもぶっ殺してあげるのに」


“黒い雷”をビリッっと鳴り響かせながら。


「燈ちゃん」


彼女はただ、人の死を願うのだった。




***




学園都市の中心に位置する警察本部、その内部にて。

一人の髭を生やしたベテラン感を漂わせている検察官は、取調室という狭い空間内にて彼女と相対していた。


「お前の身元は全て調べ上げたぞ、無影の剣客」


警察が総力を挙げたった6時間程で作り上げた彼女についてまとめた資料を片手に持って目を通しながら、検察官は静かに告げる。


「透明化ねぇ……確かに、そりゃあ見つからねぇわけだ。いやはや、良い能力に恵まれたなぁお前さん」


しかし、その声色は羨ましいとも何も思っていない心の籠っていないものであった。

それを受けて、無影の剣客は手錠で固定された両手をわずかに動かしながら、唇を微かに歪めて呟く。


「あら、感じ悪いわね。嫌味な男性は嫌われるわよ」


その言葉に対し、検察官は「そうかよ」と返し――数秒の沈黙の後、次第に据わっていた目つきを鋭く光らせると、ゆっくりと口を開く。


「なら、手早く本題に入ってやる」


検察官の瞳が、彼女の闇より暗い黒き瞳を貫くかのように真っ直ぐと合わせられると――その一言を述べる。


「お前、元は無能力者だったようだが……これは一体どう言った案件だ?」

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