第8話 無影の剣客

「貴方は一体、何者ですか」


警戒は解かず、彼女の一挙手一投足に全神経を注ぎながら、問いかける。

しかし、実際の所彼女が何者かなんて事はどうでもいい。


相手が素直に話に乗っかってくれるというのなら、彼女が話している間に子供達を逃がすすべを考える――それが出来たら儲けものと考えての事だ。


「アタシ?アタシはそうねぇ……世間様では“無影むえい剣客けんかく”なんて名前で呼ばれているかしら」

「――――!!」


その名前を聞いた瞬間、私は思わず目を見開いてしまった。

無影むえい剣客けんかく――その通り名はテレビや新聞、ネットニュースなんかを少し覗いただけでも一度は目にする機会があるであろう、警察が公表した今世間を騒がしている連続殺人犯についた異名。


故に、驚愕が隠せない。

半年前突如として現れ、現在に至るまで誰しもがその実態を一切掴めず、捜査の進展は困難であるとされていた最悪の犯罪者が今、自分自身の目の前に居るという事態に。


「べっつに、アタシについた通り名なんてどうでもいいけれど……もう少しマシな名前をつけてほしかったわぁ」


少し気だるげな声のトーンと口調で、ため息を吐きながら無影の剣客は呟く。

そんな彼女を前に、私は驚いている場合じゃないと急いで脳を回転させる。


この子達を私の傍から離れさせたとして、その後は? 無影の剣客は背景と完全に同化するレベルに高度な透明になれる能力を持っている。下手に私の傍から離れてしまえば、それこそ危険である事は明白だ。


であるならば、この子達を守りながら戦う?――いや、勝算は不明。

この戦いが確実に勝てるものであったとするのなら、その選択は正しい。

しかし、この戦いでの負けは死を意味する。


私がもし負ければこの子達を守る人間は居なくなり、最悪殺されかねない。

それだけは絶対に避けなければならない話だ。

しかし、背中に子供達が居る都合上、私は現剣の力をフルには発揮できない。

もしフルに発揮したとして、それで巻き込んでしまえば本末転倒というやつだ。


という事は――――無理に勝ちを狙いに行かず、私がこの子達が逃げられる程の隙をどうにかして作る。それがいま最も最善な選択肢なはず。

状況は類を見ない程に最悪。私に出来る…………?否、やるしかない!!


「一応言っておきますが、強いですよ。私」


剣を構え、精神を落ち着かせる。


「うふふ、嬉しいわ。そうでなくっちゃあ斬り甲斐がないもの!!」


刹那、彼女の姿が背景に溶け込むかのように消え失せる。

来た……!!心の眼なんて大層なものは持っていないけど、対応するしかない!!


足音は完璧にない。

空間の淀みも殺気も一切ない。

だけど――――風だけは誤魔化せない!!


「そこ!!」


真横から現れた風を断つ壁のようなものに向かって、私は思いきり剣を薙ぐ。

そこに居ると仮定して放つほぼほぼ直感のような攻撃。

これがもし外れていたとすれば……それは私自身の隙を生み出す事に繋がる。


「あら」


ヒット。

しかし、鋼がぶつかり弾ける音により防がれたのだと瞬時に分かる。


「なるほどねぇ、これでさっきのがまぐれじゃないっていうのが分かったわ。けど、どうして分かるのかしら?」


姿を再度現し、バックステップで私から距離をとった無影の剣客が問いかけてくる。

しかし、私はその問いには答えない。


今日は常に風が吹いている。

状況は劣勢である事に変わらないけど……なんとかなるかもしれない。


「……まぁ、答えないわよね。でもいいわ。だって、そろそろ本気。出しちゃうから」


そう言って妖艶な笑みを浮かべると――彼女はなんと、透明化を使用せず一直線に私に突っ込んできた。

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