第5話 インパクトのある自己紹介とは
──燈が事故紹介をかましたからか否か、誰一人として緊張する様子も見せず自己紹介というのは流れるように行われていった。
「んじゃ次」
先生のその言葉を受けて、俺の目の前に座る天崎が「はい」と凛とした声を鳴らす。
おぉ、とうとう天崎の番か……次が肝心の俺の番なわけだが……いやはや、マジでなんて言えばいいんだコレ。
別にただインパクトを残す自己紹介をする。というのは簡単な話だ。
極論、変顔でもしながら立ち上がったり、あるいは裏声を使って不気味すぎるような甲高い声で言葉を発せば絶対に印象には残る。
しかし、誰しも思うようにそんなのではダメなのだ。
変な印象を与えた所で「アイツやばくね」だの「うん、絶対に関わっちゃいけないよ」なんて思われてしまえば自分から話しかけに行ったとして誰も友達になってくれはしない。
むしろ、全力で避けられるか目も合わせてくれなくなる事は目に見えている。
故にそんな極論はアウト――燈レベルの事故紹介リスト入りになるのは避けられない。
であるならば、天崎のようなまぁちゃんとしていそうな人間の自己紹介の仕方というのも取り入れてキチンとしたものを完成させる他ない。
さて――どのような自己紹介が飛び出す……?
俺は今か今かと、席から立ち上がる天崎の様子を眺めながら、彼女の口から飛び出す言葉を待つ。
そうして――――――。
「私の名前は天崎詩音。以上です」
…………は?
俺が抱いた感想は、困惑と理解が出来ないという意味での混乱の二つであった。
いやいや、他にも何か言わないのか?なんて事を一瞬考えたが、そんな事は一切無く、彼女はそのまま席についてしまった。
「簡潔で実に効率的な自己紹介だな、まぁそれもアリだ」
燈の時といいめちゃくちゃフォローみたいなの入れてくれるじゃねぇか!?あの先生やっぱりいい人だろ、当たりに分類される先生だろごめんなさいハズレに分類される先生とか思って。
「それじゃあ最後、そこのオス」
「普通に男で良くないすか!?」
急に動物の性別を言う時の文言で呼ばれ、口から言葉が出てしまった。
普通男か女って呼ぶくね…………?おかしい、俺がさっきから出会う女性は全員どこか少しネジがぶっ飛んでいるぞ。
何て事を思いながらも、俺は席から立ち上がり数多の視線に晒される。
……いや、マジでなんて自己紹介すりゃいいんだコレ。
てか、俺なんでこういった自己紹介の場が設けられるって知ってたのに事前に考えてなかったんだよ〇ねよ。
「俺の名前は徒篠玄斗って言います。あー、趣味は悔いのない学園生活を送る為に奔走する事です。悔いのない学園生活は人それぞれあると思いますが、俺は友達を作って毎日を賑やかに出来ればそれでいいかなって思ってます。えー、ですので、仲良くしてください」
オイオイオイオイオイ!!無難過ぎて逆にダメじゃねぇか!!…………いや待てよ?思えば、皆趣味は剣の腕を磨く事だったりゲームだったり裁縫だったりコスメだったりなんだったり色々あったけど、悔いのない学園生活を送るなんていう物珍しいであろう事を言っている人間は俺一人だけじゃないか?
――――そうだ、記憶を振り返って見れば誰もこんな事は言っていない。
故に、唯一無二の言葉なわけだから……逆に考えてみればこれは良い印象付けになったのではないだろうか?うんきっとそうに違いない。
「剣の鍛錬を怠り友達との遊びにうつつを抜かさないようにな。さて、これで全員の自己紹介が終わり、今日はこれで解散となるわけだが……寮に行ってみるなり学校内を探索するなり交流するなり自由にしていいが――くれぐれも他の生徒に迷惑をかけぬようにしろ。後、寮の部屋番号は建物の入って右側にあるカウンターに居る筈の人間に自分の名前を言えば教えてくれる筈だ。以上、好きにしろ」
そこまで言うと、先生は教室内から出て行った。
思ったよりも優しい先生なのかと思ったのに、急に俺の事をオス呼ばわりするなんて……全く、変な先生だったな。
さて、これで俺も晴れて自由の身なわけで、一体どう行動をしようか…………っていっけね!!そうじゃん!!燈のケアをしようと思ってたやんけ!!
「しかし天崎、お前は逃がさん」
放課後が訪れるなり、そそくさとバッグを肩にかけ席から立ち上がった天崎の肩に、俺は左手を置いて呼び止める。
「キッショ。私の事を呼び捨てして、挙句の果てには肩に手を置く……普通にセクハラよねこれ」
あれ?キモとかじゃなくてキッショって、これ割とマジのやつじゃない??てか呼び捨てもセクハラ判定なの?手厳しくない??
「いや待ってくれ俺の話を聞いてくれ。とりあえず、これから暇だろ?」
「私、暇でも貴方とは関わらないって今決めたの」
蔑んだ目を保ちながら、心底嫌悪感を示す声でそんな事を言う天崎。
あ、これマジで嫌われてる……なんて心に傷を負いながらもしかし、俺には使命があるのだ、こんな所でへこんでなんていられない!!
「じゃあ勝手に話す。さっきあの柊とかいう奴の後に事故紹介かましちゃった子いただろ?」
「居たわね、稲刹燈さんだったかしら」
あ、なんかあんなハプニングあってもコイツ無関心っぽいしどうでもいいんだろうなとか思ってたけど、一応覚えてるんだ。
「あぁその子その子。実は今朝出来たばかりの友達なんだよ。だから、慰めたいんだ」
「そう。律儀な事ね、けれど女の子に優しくした所で惚れられもしなければ褒められもしないわよ」
え?何、俺の善意100%の行動をそんな下心ありき前提だと思ってるの?悲しいよ?普通に泣けるよ?
「いや違げぇよ!!ほら、俺が慰めた所であと一押し足りないと思うんだ。だから、天崎には『そんなの気にしなくていいわ。私も聞いていたけれど、気にならなかったもの』ぐらい言ってくれよ」
「何で私が見ず知らずの人間のフォローなんてしなくちゃいけないのよ。後私の声真似上手すぎて逆に怖いわ」
確かにごもっともだが……こういうのは一人の意見よりも二人同じ意見の方が良くない?良くないかな??良いよね?だから、ここで立ち止まっているわけにはいかないのだ!!
「マジ頼むよ天崎様詩音様紫髪ロング様~」
「………………………………はぁ、ここで断り続ける方が時間を取る気がするわね」
頭を手で押さえながら、ため息をしつつも辛うじて了承の言葉が得られる。
よっしゃあ!!これで、燈を慰める事が出来るぜ!!
「それで、その稲刹さんは何処に行ったのかしら?」
「…………え?」
天崎が何気なく発言したその一言により、俺は急いで視線を燈の席の方へと向けた。
……しかし、映るのはあの優等生爽やかイケメンに群がる女子と男子の群れだけで燈の姿は確認できなかった。
「居ねえじゃねぇか!?!?」
「マジで殺すわよ、お前」
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