第4話 自己紹介、事故紹介

赤より紅い真紅の長髪、そしてそれとは相反するであろう蒼い瞳を持った女性が、一切の軸のブレすら感じさせない足取りで教卓の前に立つ。

歳は20代前半であろうといった印象を受けるが――その風格は重く、並大抵の人間は一見しただけでもひれ伏してしまいそうになるほどだ。


「みな、席についているようだな」


前方をギラリと目を光らせて見渡しながら、女性は告げた。

入学式の前に、俺達生徒はあの女性と相対していたが――こうして改めて見ると、睨まれただけで並大抵の人間は気圧されてしまいかねない程の目力だ、恐ろしい人間かもしれんなこれは。


「先ずは祝福を。此度は我が風月学園にこうしてまたうら若き才能の塊達が入学出来た事を嬉しく思う、おめでとう。一教師として、一剣士として――将来有望な剣士達を拝められる事を快く思っているぞ」


その言葉に、教室内の生徒たちは息を詰め、静かに聞き入っている。

彼女が発する圧倒的な存在感に、誰もが見入ってしまっているのだろう。


「だが、入学出来たからと言って慢心はするな。確かにお前達は他者と比べれば比較的優秀な人間なのかもしれんが──鍛錬を怠る向上心の無い者は卒業すら出来ぬと知れ」


力強さを感じる低い声と共に、彼女の蒼き瞳が再度鋭く、熱く光る。

この言葉を受け、生徒達の気も自然と引き締まっているような感じが見受けられた。


「…………前置きはここまでにしておこう。私の名前は緋彩真夏ひいろしんか。今日からこの1-A組を担当する者だ」


……ふむ、まぁ世間一般的にはハズレに分類されるであろう性格をしていそうな教師である。


――しかし、この風月学園は剣の道に生き剣の道を極める事を志した根っからの剣士が蔓延る名門校。


故に、彼女のようなザ・厳しい系教育熱心教師はここの生徒達にとっても満更ではないだろう。


厳しくもあり気高い、そして実力まで備わった人間の指導を直に受ける事が出来れば、剣の腕だけではなく、精神的な成長にも繋がるはずなのだから。


「先に言っておくが、この学園にはクラス替えが存在しなければ、担任が変わる事などあり得ない。要するに、今日より三年間、私はお前達の成長を見守り促すわけだ。そして再度先に言っておこう。私は、この学園に勤務するどの教師よりも厳しく、甘くないと」


厳しい教師が言いそうな言葉ランキング第一位“私は甘くないぞ”が飛び出て来たぞ、生で聞けるなんて軽く感動ものだな。


「――さて、私は話したい事が話せて満足した。というわけで、ここらでお前達の自己紹介を挟みたいと思う。先ずはそうだな…………ひいらぎ、お前からだ。入試において、このクラス内でトップの成績を納めた優等生だからな、一番手としてふさわしい筈だ」


よっしゃあ早速来たぜこのときがよォ!!!!

俺は心の中で飛び跳ねながらガッツポーズをかまし、溢れ出る気持ちを脳内で解き放つ。


さて、ここからどのように立ち回るか……俺の高性能CPUである脳をフル回転させて最適で最善な解答を俺の番が来る前に導き出さなくては。


「分かりました」


流れるような心地の良い返事をして立ち上がったのは、先ほど天崎に絡んでいた爽やかイケメン。

ほえ~、アイツこのクラス内で一番の優等生なのか……まっ、確かにそんな顔してるわ。


「僕の名前は柊弥人ひいらぎやひと。このクラス内でトップの成績を納めた優等生……なんて紹介をされて、ちょっと関わり辛く感じてしまう人もいるかもだけど、僕自身このクラスの皆とは仲良くしたいと思ってるから、気軽に話しかけて欲しいな。一応、剣には多少腕に覚えがあるから、練習相手にもなれるかも。これから三年間、よろしくね」


最後に爽やかスマイルを俺達観客に浴びせ、柊弥人と名乗ったイケメンは緊張を感じさせること無く綺麗に席へとついた。


……くっ!!これが優等生の自己紹介かよッ!!完成されすぎだろッッッ!!

てか何、あの最後のスマイルは、アイドルかよ。隣に座ってる女子なんて完全にメスの顔しちゃってるよ貞操狙ってるよ羨ましいよ!!


「うむ。模範とするべき自己紹介ありがとう。では、ここからはお前達から見て右の一番手前の席から徐々に左に向かって自己紹介を行ってもらおう。どうぞ」


その言葉を受けて、該当する席の女性が「は、はい」とどこかで聞いたおどおどとした声を上げ立ち上がった。


「わ、私の名前は……あ、あ、――稲せ、せ、せせせせせせせ」


おい待て燈じゃねぇか!!てかなんだよあのたじろぎ方最早ギャグの領域じゃねぇか!?

完璧な自己紹介の後に事故紹介かますなんて……友達のよしみだ、後で慰めにいこう。


「落ち着け稲刹、深呼吸しろ」

「し、しんこきゅう、深呼吸。口から吸って鼻から吐くくくくく」

「逆だ」


まるで彼女の性格を初めから知っているかのように、動じず冷静にツッコミを入れる先生。


「わた、私の名前は稲……刹、燈と申しまっ、す。あ、あ、えっと、趣味、趣味は、あ、えっと、お菓子、作る事……で、あ、でも、全然上手く、なく……て、だから、その、最近始めたばかり……で」


……おぉ、なんかもう色々と悲しくなってくるな。話の順序がゴチャゴチャだ。

割とマジで彼女がこの一件で不登校にならないように、後で俺なりにケアしてみよう、うん。


「おーけー私が悪かった。彼女は稲刹燈だ。まぁ見ての通り可愛らしい性格をしているわけだが、実力だけは保証しよう」


――あれ?この先生意外と優しくね?

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