第7話 額縁に触れる

「セロ、帝国の中を見てきていいぞ」


 白い歯を見せて親指を立てて僕に行動の許可を与える。つい先程、荷物の運搬作業に一区切りついたからである。


「え、いいの?!」

「じゃあ私もついてく〜!」


 後ろからリナに抱きつかれる。豊満な果実がセロの背中に触れてドギマギとしてしまう。


「いや、お前は手伝えよ」

「セロくんを一人にするの〜?」


 おねが〜いといいながら体をくねらせるリナに少し腹が立つ。


 しかし、手痛い反論だ。確かに8歳の子を放置しとくのは問題であろう。


「しゃーねぇーなぁ、仲良く行ってこい」

「やった〜☆セロくんいくぞーー!」

「おおー!」


 そうしてセロとリナのデートが始まったのであった!


 *


「──でね!あのお店のクレープが美味しくて〜」

「はい…」

「よし、食べよう☆」

「さっきもクレープ食べませんでした?」

「べつばら!」



「どっちの服のほうが似合うと思う?」

「こ、こっちのほうがリナ先輩のイメージにあってると思います」

「えー?セロくんのえっち!」

「???」



「あの、先輩そろそろ違うところ行きませんか?」

「ちょっと待って!どっちのイヤリングにするか真剣に悩んでいるの」

「そ、そうですか」


 地獄である。yesといってもnoと言ってもバッドエンド。答えは沈黙?そしたら一生その場に居続けることになっちゃうよ。


 そういえばエリックも言ってたな。


「いいか、女の子とデートするっていうのはs級の魔物と戦うことと同意義で捉えていい」

「s級と…」ゴクリ

「ああ、むしろそれ以上の難易度だ。なぜか分かるか、セロ?」

「…わかりません」


 なぜ…。女の子とのデートはこう、華々しくしてキャッキャウフフとしているイメージがある。s級の魔物なんかとはかけ離れているのではないのだろうか。


「それはな、女の子の質問には答えがないからだ」

「どういうこと?」

「例えば、『この服どっちが似合ってる?』そう聞かれたとする」


 エリックが女性の声を真似して高い声でモノマネする。リナ先輩のマネだろうか。


「ここに白と黒の服があったとして、セロだったらどっちを選ぶ?」

「じゃあ白!」

「ここが戦場デートじゃなくてよかったな。じゃなきゃ死んでいた」

「死…!?」

「答えはどっちも似合ってる、だ!そもそも俺らの意見は鼻から聞いてねぇ。女の子の頭の中ではすでに答えは決まってんだ。本当に求めているのは『どんな服にでも私は似合うよね?』という確認だけだ!」


 …そうだった。エリックから助言は過去にもらっていたんだ。知識を武器に、このデートを乗り越えてみせる!


「リナ先輩!」

「んー?」


「どっちも先輩ならにあうと思います!!」

「(ふふふ、きまった。これは確実にきまった)」


 確信するセロ。それの言葉にリナは少し驚いた顔をして、彼を見つめる。桃色の髪を人さし指で弄りながら話す。


「嬉しいけど…そういう意見は求めてないかなー☆」


 もうデートわっかんない!


 結局両方買ってホクホク顔な先輩。悩んでいた時間は何だったのだろうか。


「あ、お店に忘れ物しちゃった!」

「ではお店にもどりましょ」

「いや大丈夫。セロくんは先に行ってて!」


 そう言って来た道を戻る先輩。先行っててと言われたが…どこに行けば良いのだろうか。


「とりあえず先に進もう」


 商店街の奥へと進むことを決意したその時だった。





「そこの銀髪のおにいちゃん。ちょっといいかな?」


 横から話しかけられる。その声の主はすぐに見つけることができた。


 背もたれのない丸い椅子に座り、水彩画を描いている女性。水色の髪で身長はソフィアと変わらないぐらい低い身長だ。


 とても綺麗な顔立ちで特に目が綺麗だ。まるで目の中に星空を飼っているみたいだとセロは思う。


「はい、なんでしょうか」

「おにいさん可愛いから今描いてる絵のモデルになってほしいな」

「も、もでる!」

「そう…モデル。どうかな」


 先輩が来るまで時間がかかるだろうと思い了承。別にモデルという言葉に引っかかってしまったからではない。本当だぞ!


「名前を教えてくれないかな」


 絵を描きながら、そう僕に訪ねてくる。そういえば言ってなかったな。


「セロです!」

「ラストネームは?」

「らすとねーむ…というのは分かりません」

「そっかじゃあ、というのはどうだろう」


 いきなり名前を与えられたセロ。ここの国の人たちはすぐ名前を与えたりしなきゃ死んでしまうのだろうか。


「た、たしかにいい名前ですね」

「そうだろう?」

「絵師さんは名前を考えるのがじょーずなんですね」

「あーいや、私が考えた訳じゃない。もとから君の持っている名だよ」


「『セロ弾きのゴーシュ』のセロ・ゴーシュくん」


『セロ弾きのゴーシュ』…。なぜかそれを知っている気がする。遠い昔のことだろうか。確かに私とそれは関係があったはず。だがなぜだろう、それを思い出そうとすると頭が痛くなる。


「お姉さんの名前はなんですか?」

「あぁ…私?私はタルタロッサ。ただのタルタロッサさ」


 虚ろな目でそう話す。綺麗な真っ黒な目で見つめられると吸い込まれそうで少し怖い。


「よし、できた」

「ほんとですか!みたいです!」

「ああ、いいとも」


 キャンバスを僕に向ける。とても綺麗で美しい絵だ。後ろの建物の細かいディテールまで繊細に書かれている。道を歩く人達の表情さえも読み取れる。中央には椅子に座っている僕が書かれていた。まるでその景色を切り取ったみたいに服から足先まで正確だ。


 ただ一つ問題があった。それは僕の顔。






 僕の顔が大きい目玉一つのみになっている。


 そして、のだ。


 絵から抜け出そうともぞもぞと動く。目の輪郭線から紫色の神経のようなものが生えて来たいた。


 おかしい。これは絶対におかしい!


 脳がそう判断し、絵を描いた本人に直接問う。


「タルタロッサさん…これはなんですか?」

「君だよ」

「僕には目が二つに鼻と口が一つずつあります!」 


そう宣言するセロ。その言葉が最後のご歓談であった。


「ごめんごめん。君の肉体以外には興味ないんだ」


 タルタロッサの雰囲気が変わった。そう気付いた時、すでに絵から目の化け物が飛び出していた。


 紫色の目玉だけの魔物。肌は爛れており、血のような青い液体が常に垂れている。


「!」


 こんな化け物がいるにも関わらず誰もこちらに意識を向けない。


「こいつの目をしっかりみてしまっただろう?だから君は誰からも認識されない。この魔物、ゲイザーはそういう能力を持ってんだ」


「…ッ!」


「大丈夫、傷つけはしないさ」














「頭以外はね」

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