帝国編
第6話 抜錨
ぱたぱたとプロペラの音が鳴り響く。つぎはぎだらけの外装。鉄の板を雑に張り付けたようにしか見えない我らが飛行艇、バビロン。
船底にはオールが大量に取り付けられている。雲海の中を進むバビロン。海と名がついているが水はないため、その代わりとして風を漕ぐ。叢雲を一つ一つ押しのける力強さは眺めていて飽きが来ない。
上を見上げると目が痛むほどに明るい太陽。それを反射して煌めく海。まさに───
「絶好の飛行日和だなぁ」
「そうだね〜」
船の操縦室の窓を開け風を感じるエリックとセロ。潮風でほんのりべとつくが不快じゃない。むしろ爽快。
「んふふっふふ〜♪」
「んふふ〜♪」
二人仲良く鼻歌を風に乗せる。その歌は船の船首まで届いた。そう、美しく色づいた桃の花のような髪色を持つリナ・ダーツまで。
「二人揃ってへたくそー!」
あまりに下手で気に障ったのか、少し怒りを帯びた声で男達に叫ぶ。
「…へた、かな?」
「下手だったんだな、俺たち…」
歌っている自分たちの声は美化されるものだ。だが、第三者からすると酷い不協和音。相手がご機嫌なのがよりたちが悪い。
「まったく、もうそろそろ帝国につくんだから気を引き締めるんだぞ〜?」
「はーい」
「うーい」
ふたりそろって気の抜けた返事を返す。ただ音痴だったことを告げられて少しショックだったのか、そのまま大人しくなったその時だった。
「ビバ?ビバ!帝国〜♪ビッバてぇこくぅ〜♪」
テンション高めの団長、アリス・ルド・マーガレットの参上。腕を90度に曲げ、スキップしながら音痴を極めし歌声で甲板に出てきた。その後ろをクスリと笑いながらついて行く少女、ソフィア・リリック。
「ふふ、団長?そのお歌は?」
「私が今考えた曲…その名もビバ†帝国」
「素敵な曲名だね☆」
引きつって笑うリナ。その光景を見ていたセロとエリックは思う。あれよりはマシだと。
そんな出来事から30分。正面を見ていたセロがなにやら見つけたのか目を細めエリックに報告する。
「なんか、おっきな影みたいなものが雲から透けて見えるけどもしかして…」
「おう!あれこそが帝国──」
「人の国アルマだぞ!」
操縦室の扉を乱暴に開け入ってくる団長。だが、セロにとってそれどころではなかった。
なんという大きさだろうか。雲を抜けた先には巨大な空島、いや帝国があった。下には宝石のように見える蒼い鉱石がむき出しになって突き刺さっており、引いて見ると逆正三角形のような形となっている。しかし、注目すべきは上半身だろう。上側の平らな土地に建てられた城。白亜の城と言うには似合っていない重厚感のある鈍色であった。それを囲うように作られた防壁がより彼を畏怖させる。まさに空中要塞である。
「でっか!」
「ふふ、初めてみたらそりゃ驚くよね。ソフィアちゃんも初めて見せた時はセロくんと同じ反応してたんだよ〜☆」
「ちょ、ちょっとリナ!」
ぽかぽかと背中を叩くソフィア。しかし、リナには効果がないようだ。まるでマッサージされているかのような爽やかな表情をしている。
そんな緩んだ空気の中、団長アリスは手をたたき団員たちの気を引き締めさせる。
「全員注目!!」
皆が一斉にアリスへと視線を向ける。
「よし、お前ら着陸の準備を始める。浮き立つのは帝国についてからだ」
「全員持ち場に着け!」
「「サーイエッサー!!」」
そういってそれぞれが蜘蛛の子のように散る。それぞれの団員が決まった役割をこなしてゆく。
「フォア、ミズン・マスト下げましたよ〜!メインは徐々に下ろしてくね!」
「ハーフ・スローダウン!」
「298度!針路を298度へ!」
「了解!」
「両舷マイナス5!」
「おっけー!」
「操縦支援AI機能作動させます」
「針路を305度へ変更」
「おう!」
「半速前進に減速」
「さらに速度下げます!微速前進に減速!」
空島がかなり近づいてきた。飛行場らしきものが見え、赤く光る棒を持った人達が案内してくれる。
「ストップスターボード!」
右側のプロペラのスピードが弱まり始めた。そのため、左側への旋回がよりスムーズとなる。
「右舵45度へ!前進速度5ノットで固定!」
「ストップポート、左舷側も停止します」
「メインマスト完全に閉じてパラシュート展開完了!エンジンの熱が移動次第高度下げれるよ~!」
「メインエンジン停止。熱移動十分、浮力が船の質量を満たしてます!」
「よし、エリック頼んだ!」
「任せなぁ!」
エリックがマイクを爪でたたき飛行場とつながっているか確認する。接続の不安を抱く前にスピーカーは金切り音で返事をした。
『あー、テステス。よし、今から
『了解。30秒後展開します。』
そうアナウンスするエリック。それを聞いた現地の通信担当が返答する。誘導係たちは下がり無線で連絡を取り合う。そして床がきれいな円周を描き、時計の針が回るかのように大きな穴が顔をのぞかせた。
赤いランプの棒を水平にし、座標に問題ないという指示を受ける。
そして───
「投錨!」
団長の指示を受けソフィアがうなずき、レバーを下げる。錨を一気に空中へと放り投げた。錨が空気を切り裂く音が心地よく響き、風がその周りで小さな渦を作る。錨が穴の底に着くと、船はゆっくりと安定し、まるで新しい土地に根を下ろしたかのように感じられる。
「よーし、あとは高度を下げ、ともづけしておしまいだ。どうだったか、セロ?」
「すっごくかっこよかったよ!」
鼻息を荒げながらそう答えたセロ。綺麗な銀髪を縦に揺らす。逸り立つこの心は抑えられない。
「(けど…)」
しかし、その場に居合わせていながらも何もできなかったことを恥じていた。すこしでも助けになれることをしたかったが彼はまだ無力で逆に迷惑となってしまうと考えたため大人しくしていた。それは正しい行いではあったが自分自身を傷つけてしまうこととなった。
「(僕もみてるだけじゃなくて役に立てるようになりたいな)」
いつかは肩を並べてその一員になりたい。そう思うほどに彼らの後ろ姿に魅せられたのであった。
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