第5話 Do you like the sky?

「すごいこと聞いちゃったな…」


 そうつぶやきながら自室に戻るセロ。頭の中で反芻するのはソフィアの言葉、この船は生きているということ。


 そもそも生きている生命の定義とはなんだろうか。お腹が空くこと?身長が伸びること?自分にとっては難しすぎる議題だ。そう思って次の思考に移す。


「エリック、すごくかっこよかった」


 先程目にした剣豪の一撃。竜を切り裂き、先にある積乱雲の中身まで露出させた彼の御業は子供のセロにとっては衝撃的で憧れるのもおかしくない。


「ぼくもできるようになるのかな」

「そうせい!あやめ〜!」


 近くにある木の枝を振る。布団にその勇敢なる一振りは吸われてしまうが、心の高鳴りは強張るばかり。ただ───


「いい一振りじゃあないか!」

「だ、だんちょ!いつから見てたの?!」

「すごいこときいちゃったな…からそうせい・あやめ〜!までだぞ!」

「やめてよぉ!」


 ドキドキのベクトルが変わってしまった。顔から火を吹きそうなほど真っ赤になってしまうセロ。子供とはいえ、妄想の中の自分をみられてしまう恥ずかしさに年齢は関係ない。


「それで!だんちょうさんはなんで僕の部屋に来たの!」


 気を取り直して団長に聞く。プライベートをのぞかれたのだ。理由ぐらい聞いてもいいだろう。


「ああ。食事をとろうと思ってな」

「あのワイバーンのお肉?」

「そうだ。そうせい・あやめ〜!で倒したやつだな!」

「…団長きらい」

「すまん、すまん(笑)」


 ちょっといらっときた。スタイルの件は反省している。ただ、それとこれとは別。

 絶対いつか仕返しするんだとそう心に誓う少年であった。


 ー

 ーー

 ーーー

 ーーーー

 ーーーーー


「うまーい!!」


 先程の憎しみはどこへやら。今はもう肉しか見えていない。憎しみの『憎』の字が肉に見えてしまうぐらい肉に溺れる。


「こっちの部位も美味い…よ?」


 ソフィアが丁寧に切り取ってくれて口元に持ってく。星空の光で反射する肉の脂。これに食いつかぬものは人いや…生命ではない。あ、生きてるってそういう意味だったのか!


「はいあーん」

「あーん」


 少し恥ずかしいが食欲には関係ない。目前に肉が来たのだ。食べないとだめだろう。


「いいぞいいぞ、食べろ食べろセロ!」

「はーい」

「これから成長期なんだからなー!」

「もぐもぐ」

「食べないとそうせい・あやめ〜!は打てないぞぉ!」

「…それ団長から聞いたの?」


 酒を仰ぎながらそう話すエリック。アルコールで喉越しがよくなり、うっかり出てしまった一言。セロが団長に鋭い視線を向ける。目を逸らし横を向く団長。長い髪で視線の先がわからなくとも、こっちを向いていないことは確かだ。


「だんちょー!」

「いや、エリックが喜ぶとおもってー!」


 甲板でのおにごっこ。夜風を切りながら走るのはすごく気持ちいい。高度が高いためすこし風が冷たいがこの熱気は、この高鳴りは風程度では冷めない。


「団長もデリカシーないよね」

「ちょっとだけ…ね?」


 女性陣の中でもすこし思うところはありそうだ。眉を八の字にさせて見合うソフィアとリナ。それが少しおかしくて互いに笑ってしまう。


「捕まえたぁ!」

「捕まっちゃったな」


 団長の肩に飛びのったセロ。背が高くなったようで少し気分がいい。あの一番輝いている星も手を伸ばしたら届きそうだ。そんなことを考えていると───


「セロ」

「どしたの?だんちょう」

「明日、帝国に着くんだ」

「帝国?」

「そう、帝国。帝国アルマ。人が人のために作った王国だよ。この世界で最も大きい空島国さ」

「すごい」

「そこで君は選択するんだ」


 わたしたちとくるか、王国で暮らすか。


 団長─アリスはセロを見つめる。偶然目が合う。同じ目の色、同じ髪色。


 加えて空呪の効かない特殊体質。


 運命としか言いようがない。アリスは神を信じる。だからこそ、運命というものを信じる。この縁はきっと切ってはいけないと心が叫ぶ。

 ずっと、ずっと叫ぶんだ。


 しかし、殆どの人間は空を嫌う。この呪われた空を。セロもきっとそうではないだろうか。それに魔物との戦闘は子供に見せるものじゃない。命のやりとり。命の中身。トラウマになってもおかしくないのだ。見せてしまったパンドラの箱。帝国で暮らすとそう言われそうで不安が募る。


「どうだ?セロ好きな方を選んでいいんだ」


 視線がセロに向けられる。


「じゃあ…」


「乗っていたい、この船に。」


 天真爛漫な蒼い目。まるであのころの青空のようなそんな目でアリスの目の奥まで覗き込まれる。


「だって、空に一番近いもん」


 呪われた空が燦然と輝く。しかし彼にとっては祝福のようにしか思えないのだ。


「セロ!」


 喜びを表しているのかくるくると回るアリス。顔は幸せで満ちていた。先程の不安がまるで嘘のようで。


「えへへ」

「セロは空が嫌いじゃないのか?」

「むしろ好き」

「わたしもだ」


 二人の意見が重なり合う。他人と同調するというのは、心地よい。


「いやー空が好きなやつはもう年寄りばっかだから、若いやつが好きって言ってくれるとこう…来るものがあるな」

「エリックなんか、じじいみたい」

「まだピチピチの20代」

「えぇ!そうは見えなーい!(悪意)」

「よし、喧嘩するか」

「も、もう!喧嘩はだめ!」


 それを眺めてた彼らもまた数少ない空を愛する同類なのだ。


 今日も星が彼らを見ている。その船、バビロンの行く末を。


 ───そう見られているのだ。



 ☆



「新しく墜ちた『童話』を見つけました」

「そうか」


 30M以上の望遠鏡を覗き込んでいた男が、白ひげを蓄えた巨漢にそう話す。


「神を降ろす依代としては最適かと。なにせ空呪が効かないそうですぜ」

「そうか」


 同じ返事しないため、退屈しているよう想像できてしまう。だが、それは断じてNO


 彼の持つ蒼い目からは闘志があふれ、口を歪ませていた。


「ようやくだ。ようやく母なる地を取り戻す時が来た。このくそったれな空を裂く日が待ち遠しい…!」


「童話『セロ弾きのゴーシュ』!お前は俺の野望の踏み台となってもらうぞ」


 杖に力を入れて立ち上がる。2mを超える巨体。

 そして見えるはずのない魔力が目視できる特殊体質。その2つが相まって、望遠鏡を覗き込んでいた男が彼の威圧感で震え上がる。


「『不思議の国のアリス』は失敗した。今度こそだ。タルタロッサいるか」


 暗闇から身長の低い女性が現れる。


「ここに」

「依代をさらってこい」

「御意」


 彼らの話す童話とは。依代とは。神とは。そして母なる大地を取り戻すその真意とは。


 ───全ての物語が今動き出す。






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 ここで第一部(ほぼプロローグの延長)は完結です。少しでもいいなと思ってくださったらぜひコメントと星の評価をお願いします。


 いや、ほんとやる気に繋がるんですよ!!

 星やコメントが一個増えると小躍りしちゃうぐらい嬉しいんです。







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