第4話 双星・蒼世/日輪

「ただいま到着しました!」

「お、5分内での到着やるじゃねえか」


 エリックがそう気さくに返事をする。とても落ち着いて、とても血まみれで────


「エリック先輩!?!?」

「ん?あ、あーだいじょぶだいじょぶ。ぜーんぶ返り血だよ」


 水も滴るなんとやら、優しくセロに微笑むその姿はとても凛々しい。水ではなく血であるためホラーチックであるが。


 甲板には首のない竜の死体が積もっている。セロにとっては初めて見るはずの生命の終着点である姿だが、特に恐れは抱かない。むしろ、血まみれのエリックのほうが怖かった。


「セロ、こいつはワイバーンっていう魔物だ。単体だとよえーが大体群れをなしている、んまぁ…群れたとしても烏合の衆だけどな。」


 ──ワイバーン

 単体c級の魔物。竜種の中でも下位の存在である。エリックの解説の通り殆どが群れをなして生息している。緑色の外皮をもち鮫肌のようにザラザラとしていることが特徴で、火を吐くことも可能。竜種の中では弱い方ではあるのだがそれでも竜は竜である。ベテラン冒険者でもワイバーンを討伐する際は、はぐれ個体を狙う。集団で襲われたら確実に命を落としてしまうだろう。ただそんな魔物をエリックは一人で捌き切っていた。


「こいつの肉はうめぇんだ、程よい脂が酒のつまみにちょうどいい。」

「G"a"a"u"""ーーーー!!!」

「よっと!」

「a"a'────」


 鳴かねば撃たれぬが鳴いてしまうのが獣の定め。エリックに近づいた者から切りを切りを落とされる。否、刀身から数十メートル離れていたとしてもその斬撃からは逃れられていない。


「(剣の長さよりも遠いのになんで切れているんだろう)って思ったか?」

「だ、だんちょー!心読まないでよ…」

「ふふ、すまんすまん。あれはな、剣に魔力を帯びさせて放っているんだ。属性の込めていない魔力は特殊な目を持っていないと見えないからな、ほとんどの人にとって不可視の一撃となるわけだ。」

「へー!すごいね、エリック先輩は」

「エリックでいいぞー!そしてセロ来い!」


 エリックから呼ばれたセロ。甲板が血まみれで滑りやすいため慎重に彼の下へと向かう。転がっている竜の首が少し生臭い。少しで済んでいるのは新鮮だからだろう。


「どうしたのエリック?」

「お前もやってみろ」

「え」

「なーに、サポートしてやるから。」


 そう言って剣を握らせる。セロの背中を包み込むようにして柄をともに握るエリック。その剣は刃渡りが1mほどの直剣であった。峰の部分が朱く、その上血がついているため禍々しい雰囲気を放っている。重量もかなりあり片手だと振れないことを実感する。


「いいか?まず臍の下のところに意識を向けろ。丹田ってところだ」

「んー…」

「そこに熱く、じんわりと広がる水のようなものを感じ取れ」


 言われた通り、臍の下を意識する。ほんのり熱く、丸まっこい何かがそこにあるような──

 そんな感覚を掴み取れた。


「見つけた気がする」

「それを魔力っていうんだぜ」



 魔力

 魔力は人それぞれに総量があり、年齢をかさねるほど総量が増えると考えられている。


 魔力腺を通して魔術、魔法を使う。

 その時に通る魔力が粘性が強いかどうかも個人差がある。粘性が強いと火力が高いが燃費が悪い。粘性が弱いと火力は低いが燃費よく使える。

 ほとんどの亜人は粘性が低い。食生活にも関わっている可能性があるらしいが真意は不明である。



 ☆



「全身の血管(魔力腺)に巡らせるんだ」


 目を瞑る。瞼の裏のはずだが自分の体の中を見ているような気持ちになる。足先から脳天へ、熱い液体を心臓とともに巡らせる。


「体ぜんたいが火照ってる気がする」

「センスあるじゃねえか!よし、最後のステップだ。手に持っている剣に魔力を纏わせな」


 そうすると剣が青白い光を纏う。魔力はなのに。


「「!!!」」


 全員が注目する。


「(まじかよ…)」

「(魔力濃度が濃いから見えているのか?それとも属性が付与されている?)」

「(珍しく私以外にもみえているのかな?)」

「(初めてみたー!!!!)」


 各々が感動し、考察する。普通じゃない少年の普通じゃない魔術反応。軍人である彼らは目の前の興味から目を離せない。


「こ、これどうしたらいいの?!」

「…よし!あの一番でけぇ奴に叩き込むぞ!」


 そう言ってセロの手を包むように柄を持つエリック。そして剣を掲げて狙いを定めて


 ──振り下ろす


 ワイバーンはその斬撃を回避しようとし体を捻じ曲げる。獣の感が当たり、急所を避ける形となり胴に少しの切れ込みが入る程度となった。


「g"a"a〜〜〜!」


 敵意を向けられて冷静な者はいるだろうか。すぐさま自身を傷つけた子供を始末しようと船に向かう…はずだったが


「〜〜?……ga"?…!!!!」


 翼をどれだけ動かそうと前には進まない。それどころが高度がどんどんと下がってゆく。


「ga"g"agag"〜!!!」


 息を切らせ翼がもげ落ちそうなほどばたつかせるが、姿勢をキープできない。体からを感じるのだ。それも、時間が経つことに増している。


「なるほど!空呪の付与か…!!」


 ついに堕ちた竜。この高さから落ちれば下が海で水だろうと反作用の力から死を免れることはできない。


「下に落ちちゃった…。」


 そうやって船の外を覗き込むセロにエリックが近づく。


「やるじゃねえか!セロ」

「わ」


 頭を雑にワシワシと撫でられるセロ。少し痛いが褒められた喜びのほうが大きい。


「じゃ、セロのスゴ技を見せてもらったんだ。次は俺が見せねぇとな」


 そう言ってもう一本の剣を抜く。こっちは刀身が青白く、波紋が美しく刻まれている。


「起きろ『双星・蒼世/日輪』」


 銘を呼ばれ、刀身が脈動する。

 蒼世から青い、日輪からは赤い霊気が纏われる。


 竜共の雰囲気が変わる。慌てて背を向けて逃げ出すが、エリックと双剣は許さない。


「蒼を持って紅を絶ち、紅を持って蒼を絶つ。」


「『創星・赫碧そうせい あやめ』」


 二藍色の一閃の斬撃。

 そこには赦しも憎しみもない、全てを平らにすることのみを求めた、まさに隕石の如き一刀であった。


 竜達は全て果物のように綺麗な真っ二つとなり、落下していく。


「どーだ?セロ、これが先輩の実力よ」


 目を見開いて、カタカタと震えるセロ。

 青紫になった唇で話す。


「ごはん…ぜんぶ海に落ちちゃった…」

「…そっちかい!もっと、すごーいとか、かっこいい!とかさぁ!褒めることあるだろ!?」


 褒められることを期待していたエリック。しかし、食べ物への心配に負けてしまい、悔しい思いで唇を噛む。


「エリックが強くてかっこいいのは知ってたもん」

「そ、そうか///」


 その一言で機嫌を直す。それを見て──


「(ヒゲは本当にちょろいな…)」


 桃色の髪を揺らしながらリナはそう思う。しかし、口にはしなかった。理由は単純明快、突っかかれてもめんどくさいからである。触らぬ神に祟りなし。


 そんな中ソフィアがセロの心配を杞憂に変える。


「大丈夫だよ、セロ。私達が倒した竜の死体はぜんぶ倉庫に転移されてるの」

「え、すごい。どうやって?」

「船にそういう魔術理論を組んでるの。ちょと待っててね」


 そう言って船の中から紙とペンをもって、トコトコとセロの元へ駆け寄る。


「簡単に説明すると───


 命を奪って死体となる。

 ↓

 生命的活動をしていないため物となる。

 ↓

 物である時点で誰かの所有物である。

 ↓

 その物に最後触れた人物がその物の所有物であると考えられる。

 ↓

 所有権が最後に触れた人物にわたる。

 ↓

 その人物がその物体の移動(今回は船の倉庫)を許可している

 ↓

 移動完了!


 ってことになるの。移動の際の魔力は船が払っているよ。」


「すごい…だね」

「でも、船って魔力を持っているの?」


 セロがさらに疑問に思う。無論、物体でも魔力を持ってる魔道具が存在しているが、そのことをセロは知らない。


「機関室見せたよね?あそこで作っているんだよ。エネルギーは熱と魔力。あ、風力でも動かすね」


 ソフィアの回答を聞いて納得した。自分の妄想と一致してないことを安心したためか口に出す。


「なーんだ。この船が生きてるのかと思ったよ。」




















「いや?生きてるよ?」

「え」


 知らないがゆえに聞いた疑問。だが、その回答は魔道具という一般的な常識のものでなく特殊な例での回答であった。


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