第3話 尊敬と恐怖は紙一重

「とまぁ…団長が仕切ってくれたところで船の紹介でもしますかね」

「じゃ、じゃあ私が案内したい…」 

「…!」ビクッ


 きゅうりを後ろに置かれた猫のように跳ねるセロ。よっぽど叱られた事が響いているのかソフィアの名前を聞いただけで反応してしまう。


「はっはっは!そんな怖がらなくていいぞ、セロ。ソフィアは普段から優しいからな。」

「…わかりました。よろしくおねがいします、そふぃあ」

「先輩に呼び捨てはだめでしょ〜?」


 そう言ってセロの頬をつつくリナ。痛くはないがこそばゆい。少し恥ずかしくなったのか突かれている方の頬に空気を膨らませ小さな抵抗をする。


「ちゃんとお姉ちゃんとか、先輩ってつけなきゃ!」

「じゃあ、ソフィア先輩」

「…!(せ、せんぱい?!)」

「はい、ソフィア先輩に任せてください!」


 なだらかな胸板をトンと叩く先輩。目を瞑ってフンスと鼻息をたてる。


「(先輩…先輩かぁ…ふふふ)」


 普段から背が小さいため、可愛がられることが多かったソフィア。それが逆転した事が嬉しく、先輩という言葉に感銘を受ける。


「じゃあ先輩について来て!」

「はーい」


 部屋からバタバタと出ていく二人。その勢いでカーテンが揺らいでいる。残された団員たちは目を細めてセロ達を眺めていた。


「ソフィアちゃん、すごく嬉しそう☆」

「うんうん。これなら仲良くやっていけそうだな!」

「はは、事情を知らずに見たら子供同士がじゃれ合ってるようにしか見えないな(笑)」


「「…。」」


 二人の鋭く、そして冷めた視線がエリックに向けられた。アリスとリナが顔を見合わせて、ため息混じりで無作法な彼に作法を説く。


「エリック…その言葉本人の前で絶対言うんじゃないぞ?親しき仲にも礼儀あり、だ」

「ほんとにそう。これだからエリックはモテないんだよ。少しは女心とか周りの空気を読むとかさぁ…。」 

「うむ。もっと相手のことを考えてだな」


「「ガミガミ!ガミガミ!」」 


「はいはい、わかりましたよぉーだ」


 女性陣から総バッシングを受け自嘲気味に笑うエリック。ただ、モテないって言葉は引っかかったそうで…


「ただな?別にモテないって訳でもないんだけどな。この前なんて酒場で麦酒を飲んでたら女の子数人が俺を囲ってさぁ…。『お兄さんかっこいいね!』って言われたんよ。そこでおれは、『どうしてもって言うなら一緒に飲んでもいいぜ』って返したんだ。そしたら女の子たちが恍惚とした表情で俺を挟むように座って…」


「これって聞かなきゃいけないのかな?」

「聞き流していいと思うぞ!」


 ー

 ーー

 ーーー

 ーーーー

 ーーーーー


「じゃあセロくん!次は最も重要な施設を案内したいと思います!」

「もっとも…じゅーよー!」ゴクリ


 そう言って部屋の奥の奥の方へと案内するソフィア。先に進むたびに空気の熱い層にぶつかっているような感覚がある。


「なんか、すごく、あつい」

「ふふ、そうだね。でもこのが重要なんだよ?」

「あつさが…?」

「でもセロくんにはちょっと辛いかも。だから先輩が少し楽にしてあげよう!」


「『火除ノ加護』」


 そうソフィアが話した瞬間、青白い光がセロの周りに漂う。そして冷風に吹かれたかのような感触が服を通り抜け、体の熱が背中に押し流される。


「すずしい…。ソフィア先輩はだいまじゅつしだったのか!」

「えー褒めすぎだよー///」


 照れ隠しなのか、こめかみをを掻くソフィア。


「これはね、初級中の初級の魔法。セロくんも水魔法の適正があればすぐ習得できるようなるよ。」

「てきせい?」

「そう、適正。自分の体に向いている属性…っていうと難しいかな。簡単に言うとセロくんの得意なことって意味だよ」

「ソフィア先輩の得意な属性って?」



「知りたい?」

「うん」




、だよ」


 そう言ったソフィアからは叱られたあの時と似た気迫があった。虹のように何色も混じったようなオーラから、敵にしてはいけないという命令が脳から伝わって心臓が激しく躍動する。目を逸らしたら殺される、そう思ってしまうほどに彼女の瞳から目を離せなかった。


「なーんて。少し怖がらせちゃったかな?」

「うん…さっき暑かったのがうそみたいにさむくなっちゃった。」


 ごめんね、と申し訳なさそうに謝るソフィア。

 長いまつげの奥に隠れた紅い瞳からまるで狼のような美しさと悍しさを連想する。底の見えぬ先輩にまた新たな恐怖心を植え付けられたセロであった。


「先輩はなかま…だよね?」

「うん、もちろん」

「なら、こころつよい…かも」

「ほんと?なら嬉しい。そして、はい到着だよ」


 真っ黒い重厚感のある扉。そこには銀のハンドルみたいなものが中央に鎮座している。


「これがちょーじゅうようなへや…!」

「ここは機関室。この船の、そして私たちの心臓。」


 中からはピストンが作動するような振動と水が蒸発するような金切り声に似た音が聞こえる。

 油のような匂いが溢れ出ており、その香りで酔ってしまいそうだ。


「ココだけは一番に守り抜かなきゃいけないからセロくんに紹介したの。」

「なるほど…!なかに入ることはできる?」

「うーん、私もセロくんも入った瞬間焼き焦げになっちゃうね。」

「やきこげ…!」

「入れるのは団長とほんの少しならエリック副団長もいけるかも?」

「団長はよゆーなんだ」

「うん。強すぎるからね、団長は。」


 あのソフィアですら、そう話す団長アリスの強さ。関心を抱いたセロは団長が戦う姿を妄想する。


「団長はなんか武器とか魔法とかじゃなくパンチで戦ういめーじ。」

「そのイメージで間違いないよ。うん…あの人は大体拳で解決してる」



 セロとソフィアがそんな会話に花を咲かせている時、船内についているスピーカーからマイク特有の金属音が聞こえた。



[えーテステス。こちらエリック、ワイバーンの群れを発見。お小遣い稼ぎとセロの歓迎会に使う肉のため狩ることとなった。直ちに前甲板に集合せよ。[もちろんセロくんも来るんだよー!]]


急遽かかってきたアナウンス。団員である以上向かわなければならない。


「なんか呼ばれちゃったね。船の案内はまた後でにしよっか!」

「わかりました!」


 そう言って二人は甲板へと向かうのであった。

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