第8話 輝き
伸びてきた触手へ木のスタンド看板を投げて対処する。投げた看板には穴が空いたが触手の軌道ずらし、セロの命を守るという立派な役目を果たすした。
「縺疲ゥ溷ォ後>縺九′?」
「なにいってるかわかんないよぉ!」
紫色の目玉…ゲイザーの咆哮に律儀に返すセロ。その声には怒りと焦りが帯びていた。
「(とりあえず逃げるしかない…!)」
商店街を歩いてきた方向に逆走する。通行人と何度もぶつかるが皆無反応。
逃がすまいとゲイザーがさらに触手をセロに向かわせる。
鞭を撃つかのような轟音。なんとかしてしゃがみ、避ける。
しゃがんだ先に電灯。触手に掠ったその電灯が折損する──そう思われたが答えは逆であった。触手の方が弾かれたのだ。
「!」
「(看板に穴をあけるほどのぱわーがあるのに弾かれた…?)」
疑問を持ち、頭を必死になって回転させる。
その答えは今のセロにとって最大の武器になる、そう考えたからだ。
しかしその思考中にノイズがかかる。彼女、タルタロッサによって。
「諦めたらどうだい?本当は私が直接手を出したいんだが…そしたら体ごと台無しになってしまう。それは互いに望まないだろう?」
タルタロッサが筆を肩に乗せてそう話す。トントンと筆を上下に揺らすせいで顔に絵の具が飛び散っているが彼女は特に気にしていない。
「まずこの状況をのぞんでないよ〜!」
さらに伸びてくる触手。電灯を盾に防ごうとするが貫通。鳩尾あたりを掠め、血で服が滲む。
「ぐっ…!」
セロにとって初めての損傷そして痛み。しかし、動く事に支障をきたさない程度だ。手をグーパーし体が痺れていないことを確認する。
「(今度は電灯を貫いてきた。なぜ?なぜさっきの電灯は弾かれたんだ…?!)」
思い返す。投げた看板は貫かれ、さっきの電灯は触手を防ぐ事ができた。しかし、今回は失敗。
「(勉強したとか…?いや、そしたらもっと乱暴に辺りをこわし続けた方がずっと早く僕を倒せるはずだよね)」
「(違いだ…違いを見つけるんだっ…!)」
その思考を邪魔するように触手がセロの頭を狙う。前転して、路地裏の方に入る。触手は壁に当たって弾かれた。
「(また弾かれた…!違い…さっきの隠れた電灯との違いは──)」
同じ現象が起きる。法則があると確信した。ヒントは何度も経験したのだ。あとは思考するのみ。
様々な可能性を肯定し、否定する。何度も何度も頭の中でシュミレーションし予想と結果を照らし合わせる。繰り返して繰り返して…そして、閃く。
「なるほど」
「なにを理解したかい?自分の運命?寿命?それなら考えるまでもないじゃないか」
「違うよ。僕が勝つ方法さ」
ポケットに手を突っ込み食べ終わったクレープの袋を出す。
「?」
そしてそのクレープの袋についていた生クリームを頭に塗る。
「???」
「ふっふっふ」
「(とち狂ったのか?)」
ニヤけた笑みを浮かべて、路地裏へさらに深く潜るセロ。
「きみは馬鹿だねぇ。一本道だったら逃げれるわけないだろうに」
ゲイザーの触手が真っ直ぐ向かってくる。
不可避の一撃。セロの後頭部を貫こうとした次の瞬間に弾かれる。
「!?なぜ…!」
触手はたかがハエ一匹によって止められていたのだ。
「なるほど、バレてしまったか」
頭をポリポリとかくタルタロッサ。筆を肩に叩く動作は止まっていた。
「うん。そいつ、僕が触れたものじゃなきゃ干渉できないんでしょ」
その通り。ゲイザーは対象者が触れたものしか干渉することができない。又、生命の場合は触れたとしも不干渉状態となる。
その理由は、生命に触れて術の対象者となってしまうと、数の暴力で負けてしまう可能性があることを進化の過程で学んできた。
しかし、セロはその抜け穴を突く。生命であれば絶対的な盾ということに気づいたのだ。
「そこまでわかっていてなぜ路地裏にきたのかい?別に大通りで通行人を盾にすればいいじゃないか」
「それだとゲイザーを倒すことができないでしょ」
「路地裏なら倒せると」
「うん」
タルタロッサはセロを見つめ、笑う。それは侮蔑であった。彼女は思うのだ。虚勢を張って不可能に挑む人間の姿は何度見ても醜く、そして愚鈍であるのだろう、と。
「ならばやってみるといい!セロ・ゴーシュ!」
「言われなくてもね!」
彼はゴミを漁っていたネズミを掴む。普通なら逃げられてしまうが、今は呪われている。
ボールを投げるような姿勢をとる。しかし、投げるのはボールではなくネズミ。
エリックに教わった物体に魔力をまとわせる方法。生命に対して行う場合、高度な技術が求められる。
しかし特殊な状況下であり、セロの魔力濃度によって
ゲイザーは己の命の危険性に気づき触手をセロに伸ばすが、ハエが邪魔で触手が届かない。
体への攻撃は主人からの命令で禁止されているため、ハエが飛び回っている顔を狙うのは触手の太さ的にほぼ不可能。
そして、セロは片足を上げる。
下半身を使って力を作り出し、上半身、
教えてもらったことはない。しかし、なぜか体が知っている。
足を踏み込み、投げる。
青い魔力で発光しながら飛ぶネズミはまるで隕石のようで────
「縺セ縺…」
でかい目玉にブルズアイ。水晶体を割り、硝子体の内部まで砕く。その攻撃はもはや、致命傷では済まずに即死であった。
浮遊していた肉体は地に落ちて、紫色の絵の具になってゆく。
「…まじか」
唖然とするタルタロッサ。ハエを顔にまとわせ、ドブネズミを投げてゲイザーを殺す。現実は小説より奇なりとはよくいったものだ。
「みたか!タルタロッサ!お前の使い魔はこのとおりだ。大人しく逃げたらどうだ!」
精一杯の虚勢を張って、威嚇するセロ。正直立っておられず、足元がふらつく。
魔力酔いだ。高濃度の魔力を持つものによくある症状。普段魔力を使わぬ者が急に多量の魔力を消費することによって起きやすい。
「まさかまさか。本当に殺してみせるとは」
拍手をしながら目を細めるタルタロッサ。
「今回ばかりは諦めるしかない…かな?」
良かった。
そうほっと安心し、息を吐いたと同時に地面を見る。
そして──────
目が合った。
ああ…この目は知っている。
ゲイザーだ。
ただ、前と異なる点がある。
床、壁、ネズミ、カラス、そしてハエまでもがその目を宿していた。
「なーんてね。諦めるわけ無いじゃん」
満面の笑みで話す。手を宙に上げ、セロに語りかける。
「もしかして、生き延びたとか思ったのかい?たかがゲイザー一匹倒して喜んでしまったかい?」
「ざーんねん。子供らしいその甘い考えに反吐が出るよ」
地面から壁から生物から目玉が飛び出し、セロを、僕を見つめる。
「(がんばったんだけどなぁ…)」
もう、体力も気力もない。死が近づいているのに体が焦らずそれを受け入れている。戦いの中で諦めてしまったものに残された道は一つしかない。
「思いのほか楽しかったよ、セロ」
そう告げて、触手がセロの頭を貫こうとしたその時。
ひんやりとした風がセロを包む。
目の前いたゲイザー達は触手ごと氷漬けにされていた。
「ああ、すまない。おくれてしまった」
「にゃにゃ!出血してる!」
サングラスをかけた長身の男性が上から降ってきた。
日焼けが染み付いたかのような浅黒い肌でスキンヘッド。赤ん坊が見ただけで泣いてしまうような存在感がある。
それに続けて降ってきたのは猫耳の少女。こげ茶の髪で、弧を描くアホ毛のようなものが印象的であった。
「癒しあれ『天使の息吹』にゃ」
ほんのりと温かい感触が鳩尾から体全体に広がってゆく。怪我していた部位からは痛みが引いて血も止まった。
「ありがとうございます…ふたりの名前は───?」
そう聞くとサングラスをずらして彼は話す。
「第三飛空挺団バビロン所属ライアン・ゼミールと」
「ナグノレア・メメントにゃ!」
スキンヘッドが太陽の光で反射して燦然と輝く。
「つまり君の先輩というわけだ、セロ。よくここまで堪えたな」
その輝きは死への暗い暗い一本道ですら照らすのであった。
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